裁判の公式記録に紛れ込んだAIの誤り、米インディアナ州の判事が脚注で指摘

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アメリカ・インディアナ州の控訴裁判所が2026年7月23日に出した判決文に、事件の中身とは別の指摘が脚注で書き添えられていました。審理のために手元に届いた裁判記録に、生成AIの文字起こしが生んだとみられる誤りが混じっている——というものです。

裁判記録(トランスクリプト)は、法廷でのやり取りを一言一句そのまま書き起こした文書です。作るのは法廷速記者(コート・レポーター)と呼ばれる担当者で、控訴審の裁判官はその法廷にいなかったため、誰が何をどう言ったかを知る手がかりはこの文書しかありません。正確さがそのまま判断の土台になる書類だといえます。

判決文の脚注に書かれた指摘

問題の指摘があったのは、インディアナ州控訴裁判所(Court of Appeals of Indiana)の Paul Felix 判事が執筆した「Williams v. State」の判決文です。Tavitas 首席判事と Bradford 判事も同調しています。形式はメモランダム判決——後の裁判を拘束する先例にはならない、簡略な形式の判決文です。

脚注はまず、州最高裁の過去の判決を引きながら「裁判の記録が完璧であることはめったにない」と前置きしたうえで、それにしても今回の記録は出来がよくない、と書き出しています。判事が問題視したのは、単なる誤字の多さではなく、誤りの種類でした。

記録に残っていた誤りの種類

脚注が挙げているのは、大きく分けて三つの傾向です。

ひとつは、意味が変わってしまう誤字が複数あったこと。証言・質問・異議のいずれについても、書き間違いによって発言の意味そのものがずれてしまう箇所が見つかっています。もうひとつは、証人や弁護人の名前が違う名前で記録されていたこと。判事は該当する行番号まで具体的に示しています。

そして、いちばん目を引くのが三つ目です。発言した人が入れ替わっている箇所が、少なくとも三か所ありました。検察側が出したはずの申立てが裁判所(裁判官)の発言として記録され、被告側が述べたはずの異議は廷吏(ていり)——法廷の秩序維持を担う職員のものになっていました。さらに、検察側の最終弁論までが裁判所の発言として記録されていたといいます。

誰の発言かが入れ替わるというのは、その場に座って聞いていた人には起こしにくい誤りです。声の主を目で追える立場なら、検察官の弁論を裁判官のものと取り違える理由がありません。逆に、録音だけを頼りに機械が声を割り振っているなら、十分に起こりうる間違いでもあります。

生成AIの関与という見立て

判事が「生成AIが関わったのではないか」と考えたのは、まさにこの誤りの傾向からでした。脚注では、確認した誤りの種類からすると、この記録の作成には生成AIが関与した可能性があるように見える、という書き方をしています。

ここは押さえておきたい点です。判事は速記者に確認を取ったわけでも、AIの使用を事実として認定したわけでもありません。あくまで、出てきた文書の性質から推測している段階です。それでも、判決文という公式の文書にこの見立てが書き込まれたこと自体が、この件が広まった理由になりました。最初に気づいたのは弁護士の Rob Freund 氏で、SNSへの投稿から話が広がっています。

判事が示した責任の所在

脚注の締めくくりで、判事は道具そのものを否定していません。AIは効率を上げるし、多くの専門職にとって生産的な道具になりうる、と認めたうえで、こう続けています。そうしたシステムを使う人には、出てきたものを読み返し、正確さを確かめる責任がある、と。

つまり指摘されているのは「AIを使ったこと」ではなく「使ったあとに確認しなかったこと」です。そして脚注は、インディアナ州の控訴審規則28条(B)を引いています。この規則は、記録が正しいことを速記者自身が証明すると定めたものです。最後に「これは正確です」と保証する役割が制度上その人に割り当てられている以上、道具が何であれ、確認の工程は省けない——という筋道になっています。

先例として引かれた別の事件

この脚注が一回きりの苦言でないことは、判事が挙げた引用先からもうかがえます。同じインディアナ州控訴裁判所は2026年3月6日にも、別の刑事事件(Orr v. State)の判決で似た種類の誤りを指摘していました。その事件は州最高裁への移送申立てが退けられ、判断が確定しています。

今回の脚注は、その先例を並べて示すことで、一人の担当者の不注意という話に閉じないようにしています。判事が「速記者に念のため伝えておく」という形で書いたのも、名指しの叱責ではなく、記録を作る職務全体への注意喚起として読める書きぶりです。

インディアナ州司法部のAI方針

もっとも、インディアナ州の裁判所が無防備だったわけではありません。州最高裁は2024年秋にAIガバナンス委員会を立ち上げ、2025年秋には各地の裁判所がそれぞれのAI方針を作るための資料一式を公開しています。手元に置く早見カード、導入手順のチェックリスト、規程のひな形、そして調達時の確認事項をまとめたガイドです。

掲げられている原則は、透明性・説明責任・認識・守秘の四つ。委員会は、AIの出力を自分の成果物に取り込む前に、人が責任を持って見直す工程を組み込むよう推奨しています。個人を特定できる情報や非公開の裁判データを、誰でも使える一般向けのAIに入力しないこと、といった具体的な線引きも示されました。

そして、文字起こしへのAI利用はすでに現場に入っています。州最大規模のマリオン郡上位裁判所では、会議メモの要約や調書の作成にこの技術を使っていることが公表されています。委員会に加わったハミルトン郡の判事は、AIについて「仕事そのものの代わりにはならず、腕を磨くことの代わりにもならない。そこへ至るための道具であって、最終的な成果物の責任は自分にある」と語っています。今回の脚注は、その方針が現実の記録の上でどう試されたかを示す一例になりました。

日本の裁判記録づくりとの違い

日本の裁判所にも、法廷でのやり取りを速記する裁判所速記官という職種があります。裁判所法60条の2第1項は「各裁判所に裁判所速記官を置く」と定めており、制度としては法律に根拠を持つ仕組みです。

ただ、実際の人数は大きく減りました。最高裁判所は1997年、人材の確保や専用機器の製造を続けることの難しさを理由に新規養成の停止を決め、翌年度から実行されています。ピーク時に825人いた速記官は、2025年4月1日時点で126人程度になる見込みだと、養成再開を求める団体が調べています。全国50か所ある地方裁判所の本庁のうち、速記官がいない本庁が22にのぼるという状況です。

代わって主流になったのが録音反訳(ろくおんはんやく)方式です。法廷のやり取りを録音し、その音声データの文字起こしを民間業者に委託して、上がってきた原稿を裁判所書記官が校正して調書に仕上げるという流れになっています。

ここが、今回の一件と対比すると分かりやすいところです。インディアナ州の規則では、文字起こしをした本人が「この記録は正しい」と証明します。日本では、文字起こしをする人と、最終的に内容を確かめて調書にする人が分かれています。責任の置き所が違うぶん、確認が抜け落ちたときに誰の手元で止まるかも変わってくる、という設計の違いです。

なお、日本の弁護士会は録音反訳方式について、完成までに日数がかかること、法廷に立ち会っていない人が音声だけを頼りに文字化するため誤字や訂正漏れが目立つこと、プライバシーの管理に懸念が残ることなどを繰り返し指摘し、速記官の養成再開を求めています。これらは制度改善を求める立場からの主張ですが、指摘されている論点は今回の事例と重なる部分があります。裁判員裁判向けに導入されていた音声認識システムについても、正確性の問題から2022年に開発が断念されたと説明されています。

読み返す工程の位置づけ

AIによる文字起こしは、いまや会議の議事録でも取材メモでも当たり前に使われています。精度も上がり、下書きとしては十分に使える水準になりました。だからこそ、この事例で起きたことは他人事になりにくいところがあります。

誤字であれば、読み返したときに文脈から気づける可能性があります。ところが「誰が言ったか」の取り違えは、文章としては自然に読めてしまいます。検察官の発言が裁判官のものになっていても、その一文だけを見て違和感を持つのは難しい。音声に戻って照らし合わせるか、その場にいた記憶をたどるかしないと表面化しません。

そして、確認の工程を通らなかった文書でも、証明の判が押されれば公式の記録になります。今回の場合、その乱れに最初に気づいたのが、記録を読んで判断を下す側の裁判官だった——というのが、この話のいちばん重いところかもしれません。判事自身は、誤りによって審理が複雑にはなったが実質的に妨げられはしなかった、とも書き添えています。結論が左右されたわけではありませんが、気づかれなければどうだったかは分かりません。

解釈上の留意点

いくつか、押さえておきたい前提があります。

まず、生成AIの使用は確認されていません。判事は誤りの種類からの推測として書いており、速記者側の説明や調査結果が公表されたという報道は、現時点で見当たりません。「AIを使った」ことが認定された事案として扱うと、事実より一歩踏み込みすぎになります。

また、この判決はメモランダム判決であり、後の裁判を拘束する先例にはなりません。今後の実務にどう影響するかは、まだ分からない段階です。速記者個人に処分があったかどうかについても公表されていないため、この件は個人の落ち度というより、記録を作る工程のどこに確認を置くかという運用の問題として読むのが適切です。

日本側の人数や運用に関する記述は、弁護士会や関係団体の公表資料に基づいています。数字の基準日や算定方法は資料によって幅があるため、目安として受け取ってください。

出典

Court Notes Apparent AI-Generated Errors in Court Reporter’s Transcript(The Volokh Conspiracy / Reason、判決文の脚注全文を掲載)

A Court Reporter Submitted AI-Generated Errors in Official Court Transcript, Judge Says(404 Media、Samantha Cole)※途中から有料

Indiana Supreme Court offers AI guidance for trial court judges(Indiana Capital Chronicle)

「速記録を用いて適正な判決を」速記官の養成再開求め、守る会と埼玉弁護士会が最高裁に要請書(弁護士ドットコムニュース)

裁判所速記官制度の維持と裁判における審理の充実を求める会長声明(札幌弁護士会)

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