クエーサーの分光データを81万個ぶんふるいにかけ、「重力レンズとして働いている」有力な候補を7個まで絞り込んだ、という研究が発表された。ふるいを担当したのは畳み込みニューラルネットワーク——画像や波形のなかからパターンを拾うのが得意なタイプのAIだ。
ただ、この研究でいちばん引っかかるのは、絞り込みそのものよりも一段手前にある。学習に使える本物の実例が、ほとんど存在しなかったのだ。研究チームは、実際の観測データ同士を足し算して「偽のレンズ」を大量に作り、それをAIに見せて鍛えた。
オハイオ州立大学の大学院生エヴェレット・マッカーサー氏を筆頭著者とする論文で、2026年7月22日付で The Astrophysical Journal に掲載された。使ったのは暗黒エネルギー分光装置(DESI)の第1次データリリースである。
明るすぎて測れない母銀河
クエーサーは、銀河の中心にある巨大ブラックホールが周囲のガスを激しく飲み込むときに輝く天体で、宇宙でもっとも明るいものの部類に入る。オハイオ州立大学の発表によれば、天の川銀河の10倍から10万倍という明るさのものまで見つかっている。
この分野で長く追いかけられているのが、ブラックホールの質量と、それを抱える銀河(母銀河)の質量とのあいだにある、妙にきれいな相関だ。相関があるということは、両者が互いに影響を与えながら育ってきた可能性が高い。ではその関係は、宇宙の歴史のなかでどう変わってきたのか。ブラックホールが吹き出すエネルギーが銀河の星づくりを抑えているのか、それとも合体を繰り返すうちに統計的にそろっただけなのか。答えを出すには、遠い時代のクエーサーで「ブラックホールの質量」と「母銀河の質量」を両方そろえて測る必要がある。
ところが、これがうまくいかない。クエーサーが明るすぎて、母銀河の星の光が完全に飲まれてしまうからだ。写真に写るのはほぼ中心の輝点だけで、まわりの銀河の姿を差し引いて取り出す作業には、どうしても仮定が入り込む。
レンズになるクエーサーの希少性
この行き詰まりを回避する手が、重力レンズである。クエーサーを抱えた銀河が、たまたまもっと遠くにある別の銀河の手前に重なると、その重力がレンズのように働いて、奥の銀河の光を曲げ、明るくする。曲がった光は、手前の銀河をぐるりと囲むリング状に見える。アインシュタインリングと呼ばれるものだ。
このリングの半径は、内側に入っている質量の合計でほぼ決まる。つまりリングの大きさを測れば、クエーサーの母銀河の質量が直接出る。星の光をモデル化する手間も、そこに紛れ込む仮定もいらない。ブラックホールの質量のほうはクエーサー自身のスペクトルから見積もれるので、レンズになっているクエーサーは、知りたい二つの量を一つの天体でそろえて測れる、たいへん都合のよい標本になる。

問題は、こういう並びがめったに起きないことだ。先行研究では、スローン・デジタル・スカイサーベイ(SDSS)が集めた29万7301個のクエーサーのなかから見つかった候補が12個。ハッブル宇宙望遠鏡の撮像まで進んで確認されたのは、別のグループの3個だけである。しかも12個のうち、今回DESIが観測している赤方偏移の範囲に入っていたのは、たったの1個だった。
探し方そのものは、意外と地味な理屈で成り立っている。DESIが星や銀河の光を吸い込む光ファイバーは直径1.5秒角で、この種のレンズが作る像の広がりより大きい。だから手前のクエーサーの光と、レンズで明るくなった奥の銀河の光が、同じ1本のファイバーに一緒に入る。結果として、1本のスペクトルのなかに、赤方偏移の違う二つの天体の情報が重なって記録される。奥の銀河は、クエーサーよりも高い赤方偏移の位置に、酸素の輝線([OII]という、近接した二本一組の線)として弱く顔を出す。これを見つければいい。
従来は、クエーサーのスペクトルをテンプレートで再現して引き算し、残りかすに輝線が立っていないかを調べていた。ところがクエーサーはスペクトルの個体差が非常に大きく、どのテンプレートも全部は再現しきれない。引き算しきれずに残った凸凹が輝線に見えてしまい、空振りが山ほど出る。銀河同士のレンズ探しでは通用した手が、クエーサー相手では効きが悪かった。
実例不足を埋めた合成スペクトル
そこでニューラルネットワークの出番になるのだが、冒頭で触れた壁にぶつかる。教えたい正解が世界に十数個しかない。1個しか手元にない見本で分類器を鍛えることはできない。
研究チームがとった方法は、正解を自分たちで組み立てることだった。DESIが実際に撮ったクエーサーのスペクトルに、DESIが実際に撮った輝線銀河のスペクトルを重ねる。重ねるときには、レンズによる増光の効果として倍率をかける。倍率は、銀河サイズのレンズで見込まれる典型値をふまえ、平均4・標準偏差2の正規分布から毎回ランダムに引いた。こうして作った「偽のレンズ」を正例、ふつうのクエーサースペクトルを負例として、正例1に対して負例9の比率で学習させている。
ポイントは、材料が両方とも本物だという点だ。装置のクセも、観測条件によるノイズも、天体そのものの個体差も、そっくりそのまま学習データに入る。計算機のなかで一から作ったきれいなスペクトルでは、この汚れは再現できない。
もうひとつ、細かいが効いている工夫がある。同じデータで学習と探索を兼ねると、探す前に答えを見てしまうことになる。そこで81万2118個をおよそ半分に割り、片方で鍛えたAIをもう片方に当てて探し、次に役割を入れ替えて同じことを繰り返した。どの天体も「学習に使っていないAI」に見てもらう格好になる。
分類とは別に、奥の銀河の赤方偏移を答えるための回帰型のネットワークも用意した。こちらが出した見当のまわりで[OII]の二重線に二つの山を当てはめて、位置を精密化する。DESI標準の赤方偏移推定パイプラインと比べたところ、信号が弱い領域では標準手法の的中率が3割を切ったのに対し、こちらの組み合わせは9割以上を保った。
81万個から7個への絞り込み
鍛え上がった分類器の性能は、テスト段階でAUC(見逃しと空振りのバランスを表す指標。1に近いほど良い)が0.99。判定のしきい値を0.7に設定して81万2118個に当てたところ、候補として上がってきたのが494個だった。

ここから先は人の仕事になる。494個のスペクトルを研究者が一つずつ目で見て、A評価とB評価に振り分けた。A評価は、[OII]の二重線がはっきり見えていて、赤方偏移が波長の範囲に収まっていれば水素や酸素の別の輝線も一緒に立っている、優先度の高いものだ。B評価は、見えている凸凹が本当に[OII]なのか判断がつかないもの。この選別を通ってA評価に残ったのが7個、B評価が4個だった。
つまりAIが担ったのは81万から494までで、そこから7つを選び出したのは人の目である。研究の売りは、人が全部を見る作業をAIが1600分の1まで減らしたところにある。
選ばれた7天体の内訳
7個の手前のクエーサーは、赤方偏移でいうと0.51から0.77のあいだに収まっている。オハイオ州立大学の説明では、地球から少なくとも50億〜60億光年は離れた場所にあたる。レンズで照らされている奥の銀河のほうは、赤方偏移0.77から1.30と、いずれも手前のクエーサーよりはっきり遠い。
7個すべてで[OII]の二重線が強く立っており、うち4個では水素のHβ線と[OIII]線も同じ赤方偏移でそろって見えている。輝線が複数そろうほど、偶然のノイズである可能性は下がる。
そして、この7個には注釈のいるものが二つある。ひとつは DESI J140.0528−02.3751 で、これは先行研究がSDSSで見つけていた12個の候補のうちの1個。DESIが観測しているのがこの1個だけだったのだが、今回のパイプラインはそれをちゃんと拾い直した。新発見ではないぶん、手法が正しく動いている証拠としては強い。もうひとつは DESI J215.0329+01.8025 で、ファイバーの視野のなかに別の赤い天体が写り込んでいる。地上の撮像の解像度では、それがレンズで曲がった弧なのか、たまたま近くにあるだけの銀河なのか区別がつかない。もし後者なら、余分な輝線はそちらから来ている可能性がある。
空間望遠鏡による確認と今後の応用
7個が本当にレンズかどうかは、今の時点では決着していない。この種の系はアインシュタインリングが小さく、しかも中心のクエーサーが猛烈に明るいので、地上の望遠鏡ではリングを分離して写せない見込みが高い。決着をつけるにはハッブル宇宙望遠鏡か、欧州のユークリッド宇宙望遠鏡による高解像度の撮像が要る。過去に同じような分光の手がかりから絞り込まれた候補では、ハッブルによる確認の成功率が75%だった。この数字をそのまま当てはめるなら、7個のうち何個かは落ちる計算になる。
論文には、著者らの知る限りでは、分光データに畳み込みニューラルネットワークを使って重力レンズを探したのは今回が初めてだ、と書かれている。撮像に対して機械学習を当てる研究はすでに数多くあるが、スペクトルの側からレンズを掘り出す試みは手薄だった。
そして、この方法のいちばんの利点は速さと拡張性にある。テンプレートを一つずつ当てはめる従来の手続きと違い、学習の済んだネットワークは大量のスペクトルを機械的に流し込める。DESIの観測はこの先も続き、扱うスペクトルは数百万規模になっていく。マッカーサー氏は、同じ枠組みは重力レンズに限らず、スペクトルのなかに現れるさまざまな珍しい異常を探すのにも広げられる、と述べている。
解釈上の留意点
いくつか、書き添えておいたほうがいいことがある。
まず、7個はあくまで候補で、重力レンズと確定した天体ではない。宇宙望遠鏡による追加観測が済むまでは、数え上げる対象としては暫定である。また7個のうち1個はすでに知られていた候補なので、新しく浮かび上がったものは実質6個になる。「これまでに知られていた数を倍増させた」という表現はオハイオ州立大学の発表によるもので、比較の相手を先行研究の候補12個に取るか、確認済みの3個に取るかで印象はかなり変わる。
「AIが7個の重力レンズを発見した」という言い方も、正確ではない。AIがやったのは81万から494への絞り込みであって、そこから7個を選んだのは人間の目視である。逆にいえば、人が現実的に見きれる量まで落とすところにこそ、この手法の値打ちがある。
見つかるものに偏りが出る点も、論文自身が認めている。学習に使った偽レンズは輝線銀河だけで組み立てられているため、AIが得意なのは[OII]を持つタイプの背景銀河だ。ライマンα輝線など、別の輝線で顔を出す天体を系統的に探すのは今後の課題として残されている。
誤検出の原因もはっきりしている。いちばん厄介なのは地球の大気が出す夜光で、とくに赤方偏移1.49付近では、二本の目立つ夜光の間隔が[OII]の二重線の間隔とたまたま一致してしまう。ほかにも、クエーサー自身の輝線を別の輝線と読み違えるケース、波長較正のずれや装置由来の欠陥が輝線に見えるケースがある。いずれも目視で弾ける種類のものだが、裏を返せば、目視の工程はまだ省けないということでもある。
出典
・論文(The Astrophysical Journal, 2026年7月22日):Quasars Acting as Strong Lenses Found in DESI DR1(DOI: 10.3847/1538-4357/ae8014)
・プレプリント全文(arXiv、無料で読める):arXiv:2511.02009
・オハイオ州立大学プレスリリース:Astronomers discover super-bright quasar lenses
・解説:How do supermassive black holes grow? AI finds 7 spacetime-warping ‘quasars’(Space.com)
・解説:Seven possible quasar lenses emerge from AI scan of 800,000 DESI objects(Phys.org)


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