餌の前にハグ。チンパンジーとボノボが争いを未然に防ぐしくみ

生物
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けんかのあとに仲直りするのではなく、けんかが起きる前に抱き合っておく。チンパンジーとボノボは、餌が出てくる直前の数分間にハグやキスをかわしていて、そうした接触を多くしていた個体ほど、そのあと争わずに並んで食べていた——そんな研究が報告されました。触れることで場をととのえるやり方は、ヒトの系統が枝分かれするよりずっと前から使われていたのかもしれません。

和解研究では見えていなかった場面

チンパンジーやボノボが、争ったあとに抱き合ったりキスをしたりして関係を修復することは、以前からよく知られていました。当事者どうしが接触して関係を戻す「和解」や、そばにいた個体が負けたほうに寄り添う「なぐさめ」は、霊長類の社会行動でも長く注目されてきたテーマです。

ところが現地で観察を続けていた研究チームは、けんかが起きていないのに親しげな接触が増える場面があることに気づきます。何かが起きたあとではなく、これから緊張が高まりそうな手前で、彼らは触れ合っていた。だとすれば、この接触は「修復」ではなく「予防」として働いているのではないか。今回の研究はそこから始まっています。

ピーナッツ・スウィングによる検証

調べたのは、英ダラム大学の心理学部を中心とするチームです。コンゴ民主共和国のロラ・ヤ・ボノボ保護区と、ザンビアのチンフンシ野生動物孤児院。この2か所で暮らすボノボとチンパンジーの5つの群れ、計116頭が対象になりました。いずれも保護施設で半野生の状態で暮らす個体たちです。

使われたのは「ピーナッツ・スウィング」という、以前から使われている実験のやり方です。まず合図の音を鳴らして「これから餌が出る」と知らせ、ピーナッツを入れた竹の樋(とい)を柵の向こうから振り出して、限られた広さの場所にピーナッツをばらまく。おいしいけれど量は限られていて、しかも全員が同じ狭い場所に集まらないと食べられない。緊張が生まれるようにできた設定で、木の実が実った1本の木に群れが集まる場面を模したものです。

研究チームは、餌が出る前の5分間を撮影し、誰が誰にどんな接触をしたかを一つずつ記録しました。そのうえで、餌が出たあとに各個体がどれだけの時間ほかの個体と並んで食べていたか、攻撃的なやりとりが起きたかどうかを数えています。こうしたセッションを60回、のべ10時間以上ぶんを分析しました。

事前の触れ合いとその後の食事

結果は、ボノボでもチンパンジーでも同じ方向を向いていました。餌が出る前の5分間に、より多くの相手とより多く触れ合っていた個体ほど、そのあと餌場でほかの個体と並んで過ごす時間が長かったのです。

観察された接触は多彩でした。ハグ、手つなぎ、体を軽く叩く、キス、甘噛み。ボノボでは性器どうしを触れ合わせる接触もよく見られます。どれも、これまで「争ったあとの行動」として語られてきたものばかりです。それが、争いが起きる前の数分間にも同じように使われていた。つまり触れ合いは、もめごとを片づける道具であると同時に、もめごとを起こさないための道具でもあったことになります。

この研究のきっかけになったのは、いちばん寛容なチンパンジーの群れで見られたある光景でした。1頭のオスが別のオスを後ろから抱きしめ、そこに2頭目が加わり、3頭目が加わり、一列につながって落ち着いていく。チームはこれを「安心の列(reassurance train)」と呼んでいます。

寛容な群れに限られた効果

ただし、この関係がどの群れでも同じように見られたわけではありません。はっきり出たのは、社会的に寛容な群れ——価値のある食べ物のまわりに近い距離で集まっても、大きな争いにならない群れ——のほうでした。強い個体が場を仕切る度合いの高い群れでは、この傾向は消えていたと研究チームは報告しています。触れ合えば必ず場がおさまる、という単純な話ではないわけです。

組み合わせにも偏りがありました。ボノボではメスどうしで効果がいちばん強く、チンパンジーではオスどうしがいちばん強い。ボノボの社会ではメスの結びつきが、チンパンジーの社会ではオスの結びつきが中心になることが知られています。それぞれの社会の骨格にそう形で、接触が効いていたことになります。

あえて無防備になる行動

研究チームが驚いたのは、チンパンジー、とくにオスが、相手の口の中に指や手を入れる接触を高い頻度でしていたことでした。噛まれれば大けがをしかねない、明らかにリスクのある行為です。しかもこの接触は、寛容な群れのほうがはるかに多く見られました。

チームはこれを、あえて無防備な姿勢をとることで信頼を伝える信号ではないかと考えています。相手が噛まないと確信していなければできない接触だから、というのがその理由です。チンパンジーは攻撃性の高さで語られることの多い種ですが、緊張した場面でこうした賭けに出ている個体がいる、というのは意外な一面でしょう。

600万年前までさかのぼる可能性

目を引くのは、社会のつくりがかなり違う2種で、似た使い方が見つかったことです。ボノボはメス中心で争いが比較的少なく、チンパンジーはオス中心で攻撃的な場面も多い。それでも、緊張の手前で触れ合うという振る舞いは重なっていました。

ヒト、チンパンジー、ボノボが共通の祖先から分かれたのは、およそ600万〜800万年前とされています。分かれたあとの2種が同じような道具立てを持っているなら、その道具は分かれる前からあった可能性が高い。研究チームは、緊張をやわらげるための触れ合いが少なくとも600万年前にさかのぼると述べています。言葉が生まれるよりはるか以前から使われてきた、いちばん古い伝達手段のひとつだ、というわけです。

研究に加わったダラム大学のザンナ・クレイ氏は、この行動を試合前に選手たちが円陣を組む場面になぞらえ、「私」ではなく「私たち」になる感じだと表現しています。会議前の雑談、握手、ハイタッチ。人間がやっていることのいくつかは、同じ古い道具箱から出てきたものなのかもしれません。

解釈上の留意点

読むときに押さえておきたい点がいくつかあります。

まず、対象は保護施設で暮らす半野生の個体です。餌が人の手で与えられる環境ですし、群れの構成も野生とは違います。同じことが野生の群れでも起きるかどうかは、別に確かめる必要があります。

次に、確かめられたのは「事前によく触れ合っていた個体ほど、そのあと長く一緒に食べていた」という関係であって、触れ合いが原因で寛容になったと厳密に証明されたわけではありません。もともと関係のよい相手どうしだから触れ合いも多く、食事も並んでできた、という順序もありえます。研究チーム自身、特定のペアの事前の接触がその後の関係を予測するかどうかを次に調べたいとしています。触れ合いでストレスホルモンが実際に下がるのかどうかも、これからの課題です。

そしてもう一点。観察された行動と、そこにあてられた解釈は分けて読んでおきたいところです。「安心の列」も「信頼の信号」も、研究者が現象につけた呼び名であって、当の個体がそう考えていたかどうかまでは分かりません。

出典・もっと知りたい人へ

Brooker et al. (2026) Reassuring body contact promotes social tolerance in bonobos and chimpanzees, Proceedings of the Royal Society B, 293(2075): 20253190(査読済み論文・2026年7月22日公開)

ダラム大学プレスリリース:Want to keep the peace? Try a little tenderness

EurekAlert!:Try a little tenderness(研究者コメント全文)

Smithsonian Magazine による解説記事

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