湖のナマズに広がる「うつるがん」——魚では初めての報告

生物
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アメリカとカナダの国境にまたがる湖で、ナマズの一種にできた黒い腫瘍が、魚から魚へ乗り移っていることがわかりました。がん細胞そのものが感染するという、魚では初めての報告です。先に書いておくと、これは人にうつる話ではありません。

ただ、この結論はきれいに決着したわけではありません。研究チームの内部から異論が出ていて、長年この病気を追ってきた研究者のひとりは、論文から自分の名前を外しています。

湖に現れた黒い斑点

舞台はメンフレマゴグ湖。米バーモント州とカナダ・ケベック州にまたがる、長さ50キロほどの細長い湖です。周辺の17万5千人以上の飲み水をまかなっている湖でもあります。

2012年ごろから、釣り人や生物学者が妙なものに気づき始めました。ブラウンブルヘッド(Ameiurus nebulosus)というナマズの一種の体に、盛り上がった真っ黒な斑点ができているのです。ひれ、えら、唇、ときには目のまわりまで覆われている個体もいました。調査にあたったバーモント州魚類野生生物局のピーター・エマーソン氏は、皮膚に黒いタールが乗っているようで見た目がよくない、と表現しています。

2014年にはすでに、調べた魚の3匹に1匹近くで見つかるようになっていました。2014〜2017年の個体群調査では、採集した魚の23〜37%に病変が確認されています。現在も湖の個体群のおよそ3割が抱えているとみられます。

組織を顕微鏡で調べたところ、この斑点の正体はメラノーマ——皮膚の色をつくる細胞(メラノサイト)が制御を失って増える、悪性の皮膚がんでした。ナマズにメラノーマが出ること自体は他の水域でも報告がありますが、これほど高い割合というのは前例がありません。

しかも、腑に落ちない点がありました。人のメラノーマの主な原因は紫外線です。ところがブラウンブルヘッドは主に夜に活動し、濁った湖の底で暮らす魚で、日光をほとんど浴びません。日焼けと結びつくはずのがんが、なぜ底にいる魚に、という疑問が残ったわけです。

研究者たちが最初に疑ったのは汚染でした。ブラウンブルヘッドは水質の指標にされるほど環境の影響を受けやすい魚で、2011年の熱帯低気圧アイリーンによる大規模な洪水で、汚染された水が湖に流れ込んだのではないかという見立てもありました。近くの埋立地からの浸出も候補に挙がりました。次に疑われたのはウイルスです。バーモント大学のジュリー・ドラゴン氏のチームが遺伝子を調べましたが、病気の魚に特有のウイルスは見つかりませんでした。

ゲノムが示した意外な系図

そこでチームは、腫瘍と、同じ魚の健康な組織の両方を全ゲノム解読(細胞のDNAをまるごと読み取ること)にかけ、突き合わせました。予想していたのは、この魚たちががんになりやすくなるような遺伝子の変化が見つかることでした。

出てきた答えは、まったく別のものでした。

ふつう、腫瘍は宿主自身の細胞が変異して生まれるので、遺伝的には持ち主の魚とよく似ています。ところがこの湖のナマズでは、腫瘍のDNAは持ち主の魚とかけ離れていて、そのかわり別々の魚から採った腫瘍どうしが、互いにほとんど同じだったのです。

ドラゴン氏は、これは何かの間違いだと思い、解析を最初からやり直したと振り返っています。それでも結果は変わりませんでした。

つまり、この湖で起きているのは「それぞれの魚が自分のがんを発症している」ことではありません。ずっと昔に一匹の魚で生まれた一つのがん細胞の子孫が、魚から魚へと渡り歩きながら増え続けている——腫瘍そのものが、寄生虫のようにふるまっているということになります。

共有された変異の多さ

この結論を支えているのは、数の重みです。

チームはまず、細胞の中でエネルギーを作る小器官ミトコンドリアのDNAに注目しました。数が多くて読み取りやすいためです。すると、腫瘍のミトコンドリアだけが持つ変異が32〜37か所見つかり、そのほとんどが調べたすべての腫瘍で共通していました。しかも、2015年・2019年・2023年と別々の年に採った標本が、採取年に関係なく一つのまとまりを作りました。少なくとも2015年より前から続く単一の系統だ、ということです。

次に核のDNAでも同じ比較をしています。腫瘍と、同じ魚の正常組織のペア16組を突き合わせたところ、腫瘍にだけある変異は24万5189か所、正常組織にだけある変異は6万1699か所でした。数が4倍近く違うだけでなく、中身の散らばり方がまるで違います。腫瘍だけの変異は、その59%が16匹中14匹以上で共通していました。一方、正常組織だけの変異は、その83%が1匹にしか見られませんでした。

これがどれくらい異常なことなのかは、人のがんと並べるとわかります。チームは公開データベースにあるヒトのメラノーマ463例を同じやり方で調べました。変異の94%はたった1人にしか現れず、10人以上で共有されていた変異は49万8648か所のうち40か所、割合にして0.008%でした。別々に生まれたがんは、変異をほとんど共有しないのです。

DNAの大きな並べ替え(欠失や重複といった構造の変化)でも、同じ傾向が出ました。腫瘍と持ち主のコピー数の一致度は0.22ほどしかないのに、腫瘍どうしの一致度は0.83に達しています。がんを引き起こすウイルスや細菌がいないかも念のため探しましたが、腫瘍に特有の微生物は見つかりませんでした。

伝染するがんの先例

がんがうつるという話は、これが初めてではありません。自然界で確認されているものが、これまでに三つあります。

一つはイヌの伝染性性器腫瘍で、数千年前に生まれた系統が交尾を通じて世界中に広がっています。宿主を殺すことはあまりなく、放っておいても自然に退縮することが多いタイプです。

もう一つはタスマニアデビルの顔面腫瘍で、こちらは生まれてまだ数十年。かみ合う習性を通じて広がり、ほぼ確実に宿主を死なせます。地域によっては個体数を9割減らし、絶滅が心配される事態を招きました。しかも、独立に二度発生しています。

三つ目は二枚貝の白血病に似たがんで、アサリやムール貝など10種以上で、少なくとも10回は独立に発生・拡散しています。海水を介して受け渡され、元の種とは違う種にまで乗り移っている例もあります。

今回のナマズは、これに続く4例目にあたります。魚で初めて、そして淡水の生き物で初めてです。淡水というのが実は驚きどころで、体の外に出たがん細胞は生き延びるのに塩分を含んだ液体を必要とするのが普通だからです。この分野の専門家であるノースウェスト研究所のマイケル・メッツガー氏は、この発見はがん細胞の生き延び方についての考え方を改めさせるものだ、と述べています。

感染経路の見立て

では、細胞はどうやって隣の魚へ渡るのでしょうか。ここはまだ確かめられていない部分で、いくつかの筋道が挙がっています。

手がかりの一つは、病変が繁殖できる年齢の大きな魚にしか見つかっていないことです。ブラウンブルヘッドはふだん単独で暮らしますが、産卵期だけは浅瀬に密集して群れ、体をぶつけ合います。ドラゴン氏によれば、この魚は胸びれの後ろに鋭いトゲを持っていて、群れの中で互いをうっかり引っかいてしまう。その傷が、がん細胞が新しい宿主に入り込む入口になっているのではないか、という見立てです。

直接の接触だけとも限りません。ブラウンブルヘッドはうろこを持たない底生の魚で、湖底の泥と常に体が触れています。二枚貝のがんが海水を漂って移るように、泥の中に漂うがん細胞が、通りかかった魚のえらや皮膚、口から入り込む可能性もあります。

もう一つ、宿主側の事情も指摘されています。魚の免疫は繁殖ホルモンの影響を受けて変化します。産卵期に免疫が緩むこと、あるいは化学物質による負荷で弱ることが、他人の細胞の居座りを許してしまう条件になっているのかもしれません。

名前を取り下げた共著者

ここからが、この話のもう一つの側面です。

米地質調査所(USGS)にいた魚病理学者ヴィッキー・ブレイザー氏は、当初この研究チームの一員でしたが、途中で離れ、論文の著者一覧から自分の名前を外しました。伝染性の腫瘍だという結論に、まだ同意できないというのが理由です。Science誌の取材に対して、伝染する腫瘍という説明にはまだ乗れない、だから名前を外した、と語っています。

ブレイザー氏は外野の批判者ではありません。この病変を悪性のメラノーマだと最初に突き止め、2020年の論文で「23〜37%」という有病率の数字を出したのは、ほかならぬ彼女のチームです。今回のNature論文も、その数字を引用する形で議論を始めています。

彼女の根拠は、腫瘍がはっきり形になる前の段階の組織にあります。そこにはすでに、細胞がストレスを受け炎症を起こしている痕跡が見えていて、それはヒ素のような汚染物質による負荷と結びつくものだ、というのが彼女の読みです。実際、魚からは異常に高い濃度のヒ素が検出されています。汚染が免疫を弱らせて感染しやすくしているだけという説明も成り立ちますが、彼女は環境毒物のほうが主因だとみています。

一方で、外部の専門家からは論文を支持する声も出ています。ケンブリッジ大学で伝染するがんを研究するエリザベス・マーチソン氏は、遺伝的な証拠は決定的で、単一のクローンが個体群の中を広がっているのは疑いようがない、との見方を示しています。

ヒ素と埋立地をめぐる検証

興味深いのは、ヒ素の存在自体は両者の間で争点になっていないことです。研究チーム自身、がん細胞に高い濃度のヒ素が含まれることを確認しています。ヒ素は強い発がん性を持つ元素で、ニューイングランド地方には天然に多く含まれています。共同代表のマーク・ヘンダーソン氏は、バーモント州北東部やメイン州で濃度が高く、そこはこのがんが見つかっている地域と重なる、と述べています。つまりチームも、ヒ素が何らかの役割を果たしている可能性は認めているわけです。

意見が分かれるのは、ヒ素が「がんを生み出している元凶」なのか、それとも「もともと存在していたがん細胞が広がりやすい状況を作っている要因」なのか、という点になります。

チームが埋立地由来という説を退けた理由も、あわせて紹介しておきます。もし近くのコベントリー埋立地が原因なら、病気は埋立地に近い南側の湾に集中するはずです。ところが実際には、長さ50キロほどの湖のほぼ全域で、行き来のない別々の群れに一様に見つかります。水質検査でも、汚染物質の濃度は近隣の他の湖と変わらない低い水準でした。そして、その近隣の湖にこのメラノーマは出ていません。

さらにチームは調査範囲をバーモント州・ニューハンプシャー州・メイン州・ニューブランズウィック州へ広げ、いくつかの池や湖で同じがんを見つけています。エマーソン氏によれば、新たに見つかった場所の多くは水がきれいで、埋立地も有害物質の排出源も近くにありません。

核DNAの解析にも、これと符合する結果が出ています。腫瘍の系統は、メンフレマゴグ湖の魚たちよりも、ニューハンプシャー州やメイン州の魚に近かったのです。このがんの系統はもともとこの湖の外で生まれ、あとから入ってきたものらしい、ということになります。

ソローの日誌に残る記述

この病気がいつからあるのかは、まだわかっていません。ただ、ずいぶん古い記録の候補があります。

『ウォールデン』で知られる作家・博物学者のヘンリー・デイヴィッド・ソローは、1852年7月、マサチューセッツ州のコンコード川で観察した魚について、大きなナマズの一匹が右の胸びれを含む広い範囲にビロードのような黒い斑点を持っていた、この種の病気は何度も見かけている、という趣旨を日誌に書き残しています。ちなみにソローがこの魚を指して使っている「pout」という呼び名は、現在も地元で使われているものです。

6年後の1858年には、支流のアサベット川で、岸辺の底に横たわる明らかに病気の一匹を書き留めています。ボートが2フィート(約60センチ)まで近づいても逃げず、鼻先から斜め後方へ、頭の半分近くがインクのように黒い、地衣類のようなものに覆われていた——という記述です。

文献としてはもう少し確かなものもあります。1925年、研究者のオズバーンが「ナマズの黒い腫瘍」と題した報告を出しており、マサチューセッツ州の池で起きた黒い腫瘍の流行を記録しています。この人物は、腫瘍細胞に接触させることで健康な魚に小さな腫瘍を作ることに成功しました。伝染するものだと示唆する結果でしたが、当時は伝染させている当のものを特定できませんでした。

一世紀前の記録が今回と同じ系統なのか、独立に生まれた別の系統なのか、あるいはただのふつうのがんなのかは、まだ判断できません。研究チームは現在、マサチューセッツ州の池や川を調べていて、そこがこのがんの出発点かどうかを確かめようとしています。

参考までに、他の伝染するがんの年齢は、タスマニアデビルの数十年から、二枚貝の数百年、イヌの数千年まで幅があります。数百年の歴史を持つ系統があってもおかしくはない、という程度には前例があります。

人への影響

冒頭で書いたことを、あらためて整理しておきます。

研究チームは、この病気に人への既知のリスクはない、としています。がん細胞が別の種に感染したり、別の種の体内で生き延びたりすることはできず、魚に触れたり扱ったりしても問題ないという説明です。ドラゴン氏も、同じ湖にいる他のナマズや他の底生魚にこのがんは見られておらず、他の種に移るようには見えない、公衆への脅威があるとは考えていない、と述べています。ただし、そこは実際に試したわけではない、とも付け加えています。

食用については、ケベック州の環境省が、人体への害を示す証拠はないとしつつ、腫瘍のある魚は食べないよう勧めています。共同代表のヘンダーソン氏も、個人的には腫瘍のある個体は食べない、と述べています。

それから、これは「人のがんがうつるようになった」という話でもありません。伝染するがんが成立するには、細胞が体の外に出て生き延び、別の個体の免疫をかいくぐって定着するという、かなり特殊な条件が必要です。人を含む哺乳類の免疫は他人の細胞を強く排除するので、こうしたことは通常起こりません。

解釈上の留意点

この研究はNature誌に掲載された査読済みの論文で、示された遺伝的な証拠は多くの専門家が説得力を認めるものです。ただ、いくつか押さえておきたい点があります。

まず、この論文が示したのは「腫瘍が一つのクローン系統である」ということです。細胞が実際にどうやって魚から魚へ渡っているのかは、産卵期の接触や湖底の泥といった見立ての段階にとどまっていて、実験で確かめられてはいません。

次に、伝染性か環境要因かという対立は、まだ決着していません。両者は必ずしも排他的ではなく、環境の負荷が免疫を弱らせて感染を助けている、という組み合わせもありえます。ブレイザー氏が指摘する初期段階の細胞ストレスは、遺伝的なクローン性の証拠とは別の層のデータなので、どちらか一方だけで話が終わるとは限りません。

また、この系統がいつ生まれ、どこから来て、いま北米にどれだけ広がっているのかは未解明です。分子時計による年代推定や、より広い範囲の採集はこれからの課題とされています。

最後に、湖のナマズの数がこの先どうなるのかもわかっていません。タスマニアデビルのように個体群が崩れる場合もあれば、イヌや二枚貝のように共存が続く場合もあります。メンフレマゴグ湖では、重い病変を持つ魚も何年か生き延びていて、いまのところ個体数はまだ豊富です。ドラゴン氏らは、こうした伝染するがんは思われているほど珍しくなく、単に探されていないだけかもしれない、との見方を示しています。他の魚で似た黒い病変が知られている例もあり、クローン性の検査をしてみる価値がある、と論文は締めくくっています。

出典・もっと知りたい人へ

Emily E. Curd, Samuel F. M. Hart, James Lubkowitz, Kirsten M. Tracy, Lucas Milazzo, Matthew Bodnar, Tom Jones, Mark J. Henderson, Peter Emerson, Julie A. Dragon「Brown bullhead catfish melanoma represents a novel transmissible cancer」Nature, 2026年7月22日. DOI: 10.1038/s41586-026-10828-6(オープンアクセスで全文が無料で読めます)

バーモント大学プレスリリース:More Like Parasites Than Tumors: Vermont Scientists Discover Transmissible Cancer in Catfish

Smithsonian Magazine:A Strange, Never-Before-Seen Cancer Seems to Be Spreading Among Catfish in a New England Lake

病変を最初にメラノーマと同定した論文:Vicki S. Blazer ほか「Malignant melanoma of brown bullhead (Ameiurus nebulosus) in Lake Memphremagog, Vermont/Quebec」Journal of Fish Diseases, 2020年, 43巻. DOI: 10.1111/jfd.13112

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