マンモスの牙から彫り出された、親指の爪ほどの鳥の像が2体。長さはおよそ2センチ、重さは1.3グラムと0.7グラムです。1円玉1枚が1グラムなので、片方はそれより軽い。彫られたのは、いまからおよそ4万年前でした。
目を引くのは、2体が別々の姿勢で彫り分けられている点です。1体は翼を大きく広げ、もう1体は地面に伏せている。伏せているほうは卵を温めているところではないか、というのが研究チームの見立てです。

洞窟にたまった氷河期の美術品
見つかったのはホーレ・フェルス洞窟。ドイツ語で「うつろな岩」という意味の名前で、ドイツ南西部のシュヴァーベン・ジュラという石灰岩の丘陵地帯にあります。似たような洞窟がいくつも点在するこの一帯は、2017年に「シュヴァーベン・ジュラの洞窟群と氷河期芸術」としてユネスコの世界遺産に登録されました。
ここが知られているのは、氷河期の美術品がまとまって出てくるからです。テュービンゲン大学のニコラス・コナード氏の隊が1997年から掘り続けており、これまでにマンモスの牙で作られた水鳥・馬・カワウソの像、2.5センチの「小さなライオンマン」、そして「ホーレ・フェルスのヴィーナス」の破片9点が出ています。ヴィーナスから70センチ離れた場所からは、ハゲワシの骨を使ったほぼ完全な笛も見つかりました。近くのホーレンシュタイン・シュターデル洞窟から出た高さ31センチの「ライオンマン」も、ほぼ同じ時代のものです。
いずれもオーリニャック期のものです。ヨーロッパに現生人類が広がりはじめた時期で、この地域の該当する層はさかのぼって4万2500年前ごろまでとされています。この時期を境に、ヨーロッパでは実物を写した彫像や、音を出す道具が急に増えます。
細部に残された観察の跡
今回の2体は、この地域でこれまでに出た氷河期の像のなかで最も小さいものです。寸法はおよそ2×1×0.5センチ。同じ時期の像は3〜9センチのものが多いので、ひとまわり以上小さいことになります。
それでいて、細部は省かれていません。伏せているほうは目がくっきりと彫り出されており、翼を広げたほうは、くちばしの形がはっきりしていて、羽根を表す線が刻まれています。コナード氏は、彫り方が様式化されておらず、その鳥ならではの特徴がいくつも入っている、と説明しています。細かい観察がそのまま形として残っているぶん、何の鳥で、何をしているところなのかを考える手がかりになる、というわけです。
シュヴァーベン・ジュラから出る象牙の彫刻は、動物を静止した姿で、力をためたように表すものが多いといいます。今回の2体は、そこから外れて「動作」が彫られている。伏せた姿勢の鳥は卵を抱いているところかもしれず、翼を広げたほうは飛んでいるのか、着地しようとしているのか、あるいは求愛のディスプレイをしているのか——複数の読み方が開かれたままです。
つまり、彫った人は鳥をただ「鳥」として彫ったのではなく、そのときどきの姿勢まで見分けて彫り分けていた。4万年前の人が、どれだけ鳥を見ていたかがうかがえます。
候補にあがったライチョウ
何の鳥かについても、手がかりがまったくないわけではありません。伏せているほうは、ライチョウ(雷鳥)に似ているとされています。キジのなかまで、寒い土地に適応した鳥です。
根拠は像の形だけではありません。ホーレ・フェルスからは大量の動物の骨が出ており、そのなかにライチョウの骨がよく含まれているのです。そこで暮らしていた人たちにとって、身近な鳥だった。目の前にいた鳥を彫った、と考えるのが自然というわけです。

翼を広げたほうは、はっきりしません。同じライチョウかもしれないし、ライチョウ科の別の鳥かもしれない。猛禽(もうきん)、つまりタカやワシのなかまである可能性も残ります。こちらは片方の翼が欠けているうえ、そもそも2センチの彫刻では作り込みに限度があるため、決め手に欠けます。
水でふるい分ける発掘
この大きさのものが見落とされずに出てくるのは、掘り方によるところが大きい。
コナード氏の隊が掘っているのは、洞窟の入口近くにある8メートル×9メートルほどの空間です。ここを細かく区切り、一度に2〜3センチずつという浅さで土を削っていきます。削り取った土は捨てず、あとから水を使って細かい網でふるう。
2体のうち1体を見つけたのは、テュービンゲン大学の古生物学者エリーザ・ルーツィ氏でした。ただし発掘の穴のなかではありません。ふるい終わった堆積物から、齧歯類(げっしるい)など小さな動物のミクロ化石を選び出す作業をしていて、そのなかから拾い上げたのです。片方の翼が欠けていたにもかかわらず、ひと目で鳥だと分かったといいます。
2体は同じ層から、約1.5メートル離れて出てきました。年代が近いことから、同じ人物が彫った可能性もある、と研究チームは考えています。
鳥に偏る遺跡の性格
今回の2体を加えて、ホーレ・フェルスから出た鳥の像は3体になりました。最初の1体は2001年に胴体、2002年に頭と首の部分が見つかったもので、長さ4.7センチ。ウやカモのような水鳥を表しているとみられています。
興味深いのはここからで、シュヴァーベン・ジュラの他の遺跡からは、鳥の像が1体も出ていません。この地域全体で見ると、彫られている動物はマンモスとライオンが圧倒的に多く、次いでクマ、ウマ、魚、バイソンと続きます。鳥だけがホーレ・フェルスに固まっている。
コナード氏は、彫像が出ている4つの世界遺産の洞窟にはそれぞれ個性があり、その場所ならではの地理的・社会的な背景と結びついている、と見ています。3体という数はまだ少なく、これで「鳥への信仰があった」とまでは言えません。ただ、偶然で片づけるには続きすぎている、というのが現時点での見立てです。
コナード氏はもう一歩踏み込んで、この地域に見られる表現力の高さが、氷河期のヨーロッパでこの集団が生き延びるうえで効いたのではないか、とも考えています。ネアンデルタール人など他の集団が姿を消していった時期だからです。ただしこれは仮説の段階で、本人も検証はこれからだとしています。次の手として、洞窟の堆積物から古代DNAを取り出す計画があるそうです。
2体の実物は、ブラウボイレンにある先史・氷河期芸術博物館(urmu)で、2027年4月4日まで特別展示されています。
解釈上の留意点
いくつか、押さえておきたいところがあります。
まず、この発見は「世界最古の芸術」ではありません。同じシュヴァーベン・ジュラからは同時代のライオンマンやヴィーナスが出ていますし、実物を写した美術という枠で見れば、インドネシア・スラウェシ島の洞窟壁画(5万1000年以上前)のほうが古いとされています。今回のものは「この時期の像としては最小」という位置づけになります。
次に、何のために作られたのかは分かっていません。お守りだった、持ち主の身元を示す印だった、通過儀礼に使われた——といった説はいずれも研究者の推測で、決着はついていません。
年代についても、公表されている資料では「約4万年前」とされるのみで、放射性炭素年代測定の誤差幅までは示されていません。オーリニャック期の層全体としては、さかのぼって4万2500年前ごろまでとされています。
最後に、発表の形式です。この発見はバーデン=ヴュルテンベルク州の発掘年報にドイツ語で報告されたもので、独立した査読論文としてはまだ出ていません。Nature に掲載されたのは記者による報道記事であって研究論文ではないため、そこは分けて読む必要があります。
出典・もっと知りたい人へ
発見の詳細は、テュービンゲン大学のプレスリリースで無料で読めます。学術報告はドイツ語の発掘年報 Archäologische Ausgrabungen in Baden-Württemberg 2025(2026年7月刊、46〜52ページ)に収録されており、著者はニコラス・J・コナード、アレクサンダー・ヤナス、モーセン・ゼイディの3氏です。
- テュービンゲン大学 プレスリリース(2026年7月29日):Two bird figurines found in World Heritage Site of Hohle Fels are declared „Find of the Year”
- Nature ニュース記事(Callaway, 2026, Nature 655, 1120–1122):40,000-year-old bird carvings provide clues to how ice age humans flourished(DOI: 10.1038/d41586-026-02312-y)
- Smithsonian Magazine(2026年7月31日):Archaeologists Discover Two Thumbnail-Size Bird Sculptures Carved From Mammoth Ivory 40,000 Years Ago
- 先史・氷河期芸術博物館(urmu)特別展:Federleicht und forschungsschwer(2027年4月4日まで)


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