サンフランシスコから南へ70kmほどの丘陵地に、483ヘクタールほどの小さな自然保護区があります。ここに2015年ごろから、ピューマが顔を出すようになりました。住みついたのではなく、あくまで立ち寄るだけです。それでも、シカが保護区を使わなくなり、コヨーテとボブキャットがカメラに写らなくなり、入れ替わるようにハイイロギツネが増え、足元では若い木が育ちはじめました。
スタンフォード大学の研究チームが、20年近く動かし続けてきたカメラの記録と3回の植生調査を突き合わせて出した結果です。論文は2026年6月、査読誌『Ecology and Evolution』に掲載されました。全文が無料で読めます。
舞台となった483ヘクタールの土地
調査地は、スタンフォード大学が所有するジャスパーリッジ生物保護区(’Ootchamin ‘Ooyakma)です。サンタクルーズ山地の東側のふもとにあり、広さは483ヘクタール。いちばん長いところで東西約4km、南北約2kmという規模で、周囲は住宅地と幹線道路に囲まれています。
ここには20年ほど前から、動物が通ると自動で撮影するカメラ(カメラトラップ)が仕掛けられてきました。2015年以降、そこにピューマ(Puma concolor。マウンテンライオン、クーガーとも呼ばれます)が写る回数がじわじわ増えていきます。論文の解析では、ピューマの活動量は9年間にわたって増加しました。
ただし、ピューマがこの保護区に定住しているわけではありません。サンタクルーズ山地のピューマは1頭あたり20〜170平方キロの行動圏を持ちます。483ヘクタール=約4.8平方キロの保護区は、その下限にすら届かない広さです。カメラに写っているのは、広い山地を歩き回る個体が通りがかりに立ち寄った姿ということになります。
観測された二つの連鎖
研究チームは、ピューマの増加を起点として二種類の連鎖を想定し、それぞれを検証しました。
ひとつめは、ピューマ→シカ→植物という三段階の連鎖です。ピューマの活動が増えると、主な獲物であるクロオジカが保護区を使う頻度を下げる。とくに、ピューマがよく動く夜間を避けるようになる。その結果、シカに食べられたり踏み荒らされたりしていた木本(もくほん)植物、つまり木や低木が育ちやすくなる——という筋書きです。カメラのデータは、実際にこの通りの動きを示しました。

ふたつめは、中型の捕食者どうしの入れ替わりです。ピューマの活動が増えた時期、コヨーテとボブキャットの活動は減りました。自分より大きな捕食者との鉢合わせを避けて、場所を変えたか、動く時間帯をずらしたと考えられます。そして空いた場所に入ってきたのがハイイロギツネで、こちらは記録が増えました。さらにその下では、キツネが主に狙うヤブウサギの活動が下がっています。

頂点にいる1種の出入りが、食物網の何段も下まで届く。これが栄養カスケード(トロフィックカスケード)と呼ばれる現象で、今回はそれが二本、同じ場所で同時に走っていたことになります。
「恐怖の生態学」という枠組み
ここで効いているのは、ピューマが実際に何頭食べたか、だけではありません。「近くにいるかもしれない」という認識だけで、他の動物は出歩く時間や場所、餌の探し方を変えます。捕食者が直接手を下さなくても、その存在が周りの行動を変えていく。この考え方は「恐怖の生態学(ecology of fear)」と呼ばれています。
栄養カスケードの代表例としてよく挙げられるのは、1990年代半ばにイエローストーン国立公園へオオカミが再導入されたケースです。ただしそちらは、人がほとんど住んでいない広大な原野の話でした。今回の研究が示したのは、住宅地に囲まれた5平方キロ足らずの土地でも、同じ種類の現象が起こりうるということです。
植生に現れた食い違い
植生調査は2006年、2015年、2023年の3回行われました。この17年間で、木本植物の密度は64倍に増えています。増えたぶんの大半は背の低い個体で、要するに若い木が生き残れるようになった、ということです。調査区画で見つかった木本の種類も、2種から18種に増えました。シカがよく食べる植物としては、カリフォルニアヨモギ、コーストライブオーク(海岸性のオーク)、ポイズンオークが挙げられています。
一方で、同じ期間に植被率——地面が植物で覆われている割合——は16%下がっていました(95%信頼区間で10〜21%)。木は増えたが、覆いは減った。つまり「緑が回復した」の一言でまとめられる変化ではなく、草地から低木林へと植生の中身そのものが入れ替わりつつある、と読むほうが実態に近そうです。
因果を切り分けるための解析
ピューマが増えた時期に、たまたま他のことも起きていただけかもしれません。そこを詰めるために、研究チームは収束交差写像(convergent cross mapping)という手法を使いました。複数の時系列データを突き合わせて、どちらがどちらに影響しているのかを推定するやり方です。あわせて、カメラの撮影時刻から各種の1日の活動パターンを推定し、昼型・夜型のバランスがどうずれたかも調べています。
植物のほうについては、保護区内に柵を立ててシカを入れないようにする実験が並行して進んでおり、シカの食害が若い木の生存を大きく下げることは確かめられています。ただし、それが保護区全体の植生変化を引き起こしたという証明にはなりません。
小さな緑地がもつ意味
この研究の実務的な含みは、保護区の大きさをめぐる話にあります。米国の保護区のうち82%は5平方キロ未満です。小さすぎて生態系としては機能しない、と見なされがちな規模ですが、大きな山地とつながってさえいれば、頂点捕食者が通ってくるだけで群集の構造が動く。筆頭著者のChinmay Sonawane氏は、この種の現象が都市から遠く離れた場所だけのものではない、と述べています。
共著者のRodolfo Dirzo氏は、捕食者から獲物、その餌となる植物まで一式そろった場所を維持することの重要性を指摘しています。抜け落ちやすいのはたいてい頂点の捕食者で、広い面積を必要とし、人間の影響に敏感だからです。
ピューマがなぜジャスパーリッジに通うようになったのかは、まだわかっていません。調査期間中、子連れのメスがカメラに写っており、子育ての場として比較的安全だと判断された可能性が挙げられています。なお、ピューマは基本的に人を避けます。責任著者のElizabeth Hadly氏によれば、においも音も動きも嫌って距離を取るとのこと。実際、ピューマの死因の第一位は人間で、狩猟と交通事故が占めています。人間の側こそ、ほとんどの土地で最上位の捕食者としてふるまっている——というのがHadly氏の指摘でした。
解釈上の留意点
研究チーム自身が、連鎖の下流側——植生、キツネ、ウサギに関わる部分——を暫定的な結果と位置づけています。霧や気温といった環境の変化が関わっている可能性を排除しきれていないためです。根拠がはっきりしているのは、ピューマとシカ、コヨーテ、ボブキャットの関係までとされています。
手法の性質上、これは観察研究であって操作実験ではありません。ピューマを意図的に増やしたり減らしたりして比べたわけではないので、因果関係の推定にはどうしても幅が残ります。
もう一点、カメラのデータが測っているのは個体数ではなく「活動量」です。シカやコヨーテが減ったという表現は、死んだり数が減ったりしたという意味ではなく、その場所に来なくなった、あるいは撮影されにくい時間帯に移った、という可能性を含みます。
そして、比較対象としてよく引き合いに出されるイエローストーンのオオカミの事例も、実は決着していません。オオカミの再導入が植生にどれだけの効果をもたらしたのかについては、2026年になっても再解析と反論の応酬が続いています。頂点捕食者が生態系に影響を及ぼすこと自体は広く認められていますが、その効果の大きさをどう見積もるかは、まだ議論の途上にあります。
出典
Sonawane, C., Leempoel, K., Nova, N., Meyer, J. M., Hébert, T., Zuckerwise, A., Dirzo, R., & Hadly, E. A. (2026). Mammal Community Responses to Increasing Puma Activity in a Suburban Preserve. Ecology and Evolution, 16(6), e73775.
https://doi.org/10.1002/ece3.73775
スタンフォード大学プレスリリース(2026年6月17日)
Mountain lions have major ecological impact in small preserve | Stanford Report
ScienceDaily(2026年6月27日)
Mountain lions changed everything in this tiny California preserve
ジャスパーリッジ生物保護区 公式サイト
Jasper Ridge Biological Preserve


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