国立公園でいちばん人とぶつかる動物は、クマではなくシカだった

生物
スポンサーリンク

カナダの国立公園で「動物が人に攻撃的にふるまった」として記録された事例を14年分集計すると、その6割強を占めていたのはクマではなく、エルクだった。イギリスのヨーク大学の研究チームが、パークス・カナダ(カナダ政府の国立公園管理機関)が公開している記録を分析し、2026年7月2日付で学術誌 Frontiers in Conservation Science に発表した内容だ。

エルクは日本語ではアメリカアカシカ、あるいはワピチとも呼ばれる北米のシカで、オスは体重300kg前後、肩までの高さが1.5mほどになる。ニホンジカよりはるかに大きく、成人男性4人ぶんくらいの重さがある。ただしシカはシカで、草を食べる群れの動物である。クマと違って、見ただけで身構えるような相手ではない。そこが数字の意味するところとつながってくる。

集計の範囲とデータの出どころ

使われたのは、パークス・カナダがオープンデータとして公開している「人と野生動物のあいだで起きた、管理側の介入が必要になった出来事」の記録だ。対象期間は2010年1月14日から2023年12月31日まで、対象地域はカナダの国立公園と国定史跡あわせて25か所。動物の行動を記した記録と、そのとき人が何をしていたか(レクリエーションの種類)を記した記録を、事案番号でひもづけて1つのデータにまとめている。

攻撃的と分類された事例は全体で3,458件あった。そこから、人の活動の種類が不明・欠損しているものを除き、さらに件数の多かった5種——エルク、クロクマ、グリズリー(ハイイログマ)、ミュールジカ、コヨーテ——に絞って、最終的に2,878件を解析にかけている。この5種で、活動の種類が判明している事案の88%を占めていた。

「攻撃的」に数えられたふるまい

ここは数字を読むうえで先に押さえておきたいところで、パークス・カナダの分類でいう「攻撃的」には4段階が含まれている。歯をむく・足を踏み鳴らす・前脚で払う・突進の構えを見せるといった「示威行動」、実際には接触しない突進(ブラフチャージ)、速度をもって追いかけてくる「追跡」、そして人にけがや死をもたらす接触である「攻撃」の4つだ。

この内訳が興味深い。2,878件のうち、実際に接触があった「攻撃」は47件で、全体の1.6%にとどまる。いちばん多いのは接触しない突進の1,866件で、次が示威行動の819件、追跡が146件。つまり「攻撃的な遭遇」と集計されている事例の98%以上は、動物がおどしたり近づいたり追いかけたりしたものの、体は当たっていない、というものだ。研究チームも本来は接触あり・なしを分けて解析したかったが、接触ありがあまりに少なく、統計的に安定した結果が出せないため一括で扱った、と論文に明記している。

だから「エルクが62%」という数字は、「エルクに62%の確率で襲われる」でも「エルクが人を最も多く負傷させた」でもない。国立公園の職員が対応にあたるほどのトラブルを、いちばん多く起こしていたのがエルクだった、と読むのが正確だ。

種ごとの件数の偏り

そのうえで内訳を見ると、偏りははっきりしている。エルクが1,803件で62.6%。次がグリズリーの413件(14.4%)、クロクマの377件(13.1%)、ミュールジカの199件(6.9%)、コヨーテの86件(2.9%)だった。グリズリーとクロクマを足しても27.5%で、エルク1種の半分にも届かない。

統計モデルにかけても、エルクの多さは他の4種すべてに対して有意だった。一方で意外だったのが、クロクマとグリズリーのあいだには有意な差がなかったことだ。グリズリーのほうが危険という一般的な印象とは、少なくとも件数の上では合っていない。研究チームは、グリズリーは生息密度が低くて分散しているため、そもそも出会う機会自体が少ないのではないかと考えている。

エルクが最多になる背景

研究チームの見方では、エルクが上位に来る理由のひとつは、人がエルクを警戒しないことにある。肉食動物のように一目で恐怖を呼び起こす相手ではないため、訪問者はどれだけ攻撃的になりうるかを過小評価しやすい。データ収集に協力したパークス・カナダの野生生物管理の専門家デイビッド・ガマー氏は、地元紙のインタビューで、エルクは体が大きくて硬いひづめを持っており、踏みつけや蹴りで深刻なけがを負わせることがある、と話している。よく見られるけがとして骨折・裂傷・脳の揺れ(脳しんとう)を挙げていた。

もうひとつ、論文が重く見ているのが、エルクの反応が読みにくいという点だ。過去の研究では、エルクは昼間は人を強く避け、その警戒の度合いは本来の天敵に対するものを上回ることさえある——つまり人を「超捕食者」として扱っている——と報告されている。ところが同じエルクが、夜になると人の多い場所のほうへ寄っていく。オオカミやクーガーといった天敵を避ける盾として、人の存在を使っているらしい。人を脅威として避けるのか、隠れみのとして使うのかが状況次第で入れ替わるため、こちらから見て「今このエルクは怒っているのか」を読み取りにくい。それが遭遇を悪化させる方向に働いているのではないか、という見立てだ。

季節の重なりも指摘されている。カナダでキャンプのピークになるのは6月から9月。一方エルクは、5月から7月が出産期で、母親が子を守るために攻撃性が上がる。8月から10月は繁殖期(ラット)で、オスが気が立つ。つまり人がいちばんテントを張る時期と、エルクがいちばん気を張っている時期が、ほぼそのまま重なっている。ここは論文が「そうであろう」と説明として挙げている部分で、月ごとの件数の増減を測って示したものではない点は補っておきたい。

実際、キャンプ場で起きた攻撃的な遭遇427件のうち、83.6%がエルク絡みだった。公園内の町場(宿泊施設や商店、ゴルフ場などがある区域)での643件でも73.3%、公園職員の作業中に起きた事例でも78%がエルクである。ある活動でエルクの割合が飛び抜けて高い、というより、どの活動でも一貫して上位に来ているのがエルクの特徴だった。

活動の種類による違い

この研究のもうひとつの結果は、人の側が何をしていたかで件数が変わる、というものだ。そして最も件数が多かったのは、いちばん穏やかそうな部類だった。ハイキング、野生動物の観察、写真撮影、ピクニックといった「低負荷の活動」が704件(24.5%)で最多。次が町場での活動の643件(22.3%)で、キャンプが427件(14.8%)。逆にマウンテンバイクやカヤックのようなアドベンチャースポーツは120件(4.2%)で最も少なかった。

とりわけグリズリーは、この低負荷の活動中に攻撃的な遭遇が有意に多かった。研究チームは、ゆっくり静かに歩くとお互いに気づきにくく、不意の遭遇(サプライズ・エンカウンター)になりやすいことを理由に挙げている。ハイキング道は見通しの悪い森の中を通ることが多く、しかも動物側も歩きやすい道を好んで使う。人にも熊にも相手が来るのが分からないまま距離が詰まる、という状況が生まれやすい。

犬の存在も効いていた。犬の散歩や乗馬のような「動物を連れた活動」では、ミュールジカとの攻撃的な遭遇が有意に多かった。ミュールジカは本来、コヨーテやオオカミといった捕食者に対して守りの姿勢で立ち向かう行動を見せる。連れて歩いている犬が、それと同じ反応を引き出しているのではないか、と論文は書いている。

コヨーテはどの活動でも件数が少なく、しかもキャンプ・公園作業・低負荷の活動では有意に少なかった。人を避ける戦略が、他の4種よりうまく機能しているらしい。夜行性を強めるなど、時間をずらして人との接触を減らしていることが過去の研究で示されている。

14年間の推移

数字の伸びについては、意外な結果が出ている。カナダで最も訪問者の多い10公園では、2010年から2018年のあいだに来訪者数が8〜68%増えた。それにもかかわらず、攻撃的な遭遇の件数は2010年から2023年を通じて統計的に有意な増減がなく、ほぼ横ばいだった。

研究チームは、2020〜2021年のコロナ禍でバンフやジャスパーなどの来訪者が大きく減り、2023年になっても完全には戻っていないことが、それ以前の増加を打ち消した可能性を挙げている。同時に、件数が人の多さだけで決まるわけではないことの表れでもある、と述べている。実際この研究が見つけたのは「人が増えたから増えた」ではなく、「どの種と、どの活動が組み合わさったときに起きやすいか」という構造のほうだった。

研究チームが挙げた対策

論文が書いているのは、訪問者向けの心得というより、公園を運営する側への提案である。ただ、そこから訪れる人が何をすればいいかも読み取れる。

エルクについては、特定の活動だけが危ないわけではないため、人との距離を近づけないことそのものを狙うべきだとしている。具体案として挙がっているのは、出産期や繁殖期といった気の立ちやすい時期に、夜間の道路を一時的に限定して閉じること。バンフではすでに行われているが、これを他の公園にも広げる余地があるという。あわせて、町場とキャンプ場での掲示を増やすこと、キャンプ場の受付時の説明や配布物で伝えることを求めている。

グリズリーと低負荷の活動という組み合わせには、別の手当てが必要だとしている。見通しの悪さと過去の遭遇頻度からハイキング道ごとに危険度を割りふり、危険度の高い道ではクマ撃退スプレー・笛・鈴の携行と最少人数での行動を、推奨ではなく義務にすること。それでも見通しが確保できない道は、周辺の下ばえを一定の幅で刈るか、季節閉鎖や恒久閉鎖を検討する、という踏み込んだ提案も入っている。

犬については、カナダの国立公園では現在、長さ3mまでのリードにつなぐことが法律で決まっている。論文はこれを、大きな群れがいる場所や時期にはもっと短くできるはずだと提案している。ミュールジカやエルクの防御反応を引き出さないための措置だ。

なお、パークス・カナダが訪問者に求めている距離の目安は、シカ類やヘラジカから30m、クマやオオカミから100mとされている(上のガマー氏のインタビューによる)。実務の感覚としては、トラブルの多くは人が近づきすぎたところから始まっている、というのが同氏の見方だった。

解釈上の留意点

この論文は査読を経てオープンアクセスで公開されており、本文は誰でも読める。ただし、数字の性質にはいくつか差し引くべき点がある。

まず、元になっているのは「職員の介入が必要になった」記録なので、危ない側の出来事に偏っている。公園の奥まった場所で起きたことは記録に残りにくく、実際より少なく写っているはずだ。

より大きいのは、件数が人の活動量で割られていないことだ。ハイキングはカナダの国立公園でとくに人気のある過ごし方で、参加する人が多ければ、それだけ記録される件数も増える。研究チームも、活動ごとの参加者数や滞在時間のデータが25か所すべてでそろわなかったため補正できていない、と認めている。したがって「低負荷の活動が最も件数が多い」は、「ハイキング1回あたりの危険度がいちばん高い」ではない。同じ理屈はエルクにも当てはまり、そもそも人の生活圏の近くで多く見られる種であることが、件数を押し上げている面がある。

データの地理的な偏りも大きい。ジャスパーとバンフの2公園だけで、記録全体の80%を占めている。25か所のうち20か所は30件未満で、公園ごとの違いをモデルに組み込もうとすると計算が収束しなかったという。結果は相関を示すもので、因果関係を示したものではない、と論文自身が書いている。

そして日本に引き寄せて読むときの注意点。この研究の対象はカナダの国立公園で、エルクはニホンジカとは別の種である。国内のシカによる人身被害の傾向を知りたい場合は、環境省や各自治体が出している国内のデータを別に見る必要がある。この数字をそのまま日本の話として使うことはできない。

出典

研究論文(Frontiers in Conservation Science、査読済み・オープンアクセス):Aggressive encounters with large mammals vary by recreational activity type in Canadian national parks(DOI: 10.3389/fcosc.2026.1764328)

ヨーク大学プレスリリース:Study shows how to minimise dangerous wildlife encounters in Canada’s national parks

元データ(パークス・カナダ、オープンデータ):Human-wildlife interactions in Canada’s national parks

Smithsonian Magazine:Heading to a National Park? Watch Out for Elk.

Cowboy State Daily(パークス・カナダ担当者へのインタビュー):In Tourist Areas, Aggressive Elk Attack Far More People Than Grizzly Bears

コメント

タイトルとURLをコピーしました