2023年11月23日、アメリカにある重力波望遠鏡LIGO(ライゴ)の2台が、ごく短い揺れを同時にとらえた。GW231123と名づけられたこの信号は、解析の結果、これまで観測されたなかで最も重いブラックホール同士の合体だとわかった。2つのブラックホールの質量は太陽のおよそ100倍と140倍。合わせて太陽の190〜265倍という規模になる。
ところがこの数字は、記録である以前に「困った数字」だった。いまの星の理論では、この重さのブラックホールは作りにくいからだ。2026年8月、ドイツのマックス・プランク重力物理学研究所のチームが、この困りごとに別の角度から答えを出した。ブラックホールが本当に重かったのではなく、地球に届くまでの途中で信号が重力レンズにかかり、重く見えていただけではないか、という提案だ。
星からは作れないはずの重さ
ブラックホールの多くは、重い星が一生の最後に自分の重さでつぶれてできる。重い星ほど重いブラックホールを残す、と言いたいところだが、途中に抜けがある。
星がある程度以上に重くなると、中心部が高温になりすぎて、星を内側から支えていた光のエネルギーが電子と陽電子のペアに変わってしまう。支えを失った星は一気に縮み、その反動で起きる爆発で星全体が吹き飛ぶ。「対不安定型(ついふあんていがた)超新星」と呼ばれる現象で、あとにはブラックホールすら残らない。このため、太陽のおよそ60〜120倍のブラックホールは星から直接は生まれないと考えられていて、この範囲は「質量ギャップ」と呼ばれている。
GW231123の2つのブラックホールは、少なくとも片方がこのギャップの中にいる。しかも2つとも、理論上の上限に近い速さで自転していた。小さなブラックホールが合体を重ねて育った「2代目以降」だとする説や、銀河中心のガス円盤の中で太ったとする説などが出たが、どれも決め手を欠いていた。信号を解析する計算モデルを替えると結果が食い違う、という技術的な問題も残っていた。
重さの測り方にある前提
今回の研究は、ブラックホールの作り方を新しく考えるのではなく、「重さをどう測ったのか」に戻っている。
重力波からブラックホールの質量を読み取る手がかりは、波の周波数、音でいえば高さだ。重い連星ほど低い周波数でゆっくり回り、軽いほど高い周波数になる。ただし、遠くから来る重力波は、宇宙の膨張で波長が引き伸ばされて、もとより低い周波数で届く。研究所のプレスリリースは、チェロの録音を低く再生するとコントラバスに聞こえてしまう、と説明している。引き伸ばされたぶんを補正しないと、実際より重い天体だと判断してしまう。
補正には距離が要る。重力波の場合、距離は信号の強さ(振幅)から割り出す。弱ければ遠い、強ければ近い、という理屈だ。ここに前提がひとつある。途中で信号が強められていない、という前提だ。
もし途中で増幅されていたら、発生源は実際より近くにあると見積もられる。近いと判断されれば、引き伸ばしの補正は小さくて済むと判断され、そのぶん質量は大きく出る。見かけの近さが、そのまま見かけの重さになる。
重力波にもかかる重力レンズ
信号を途中で強める仕組みとしてチームが考えたのが、重力レンズだ。重い天体のまわりでは時空がゆがみ、そばを通る光の進路が曲がる。奥にある銀河の光が手前の銀河で曲げられて、明るく見えたり、輪や複数の像になったりする現象は、光の観測ではすでに日常的に見つかっている。
一般相対性理論によれば、重力波も同じように曲げられ、増幅され、複数の信号に分かれる。390件まで増えた重力波の検出のうち何件かはレンズを通っているはずだと予想されているものの、はっきりレンズと確認された信号はまだ1件もない。GW231123は、観測チーム自身が当初の論文で「レンズでゆがんだ信号である可能性が、これまでで最も強く示唆された」と書いていた信号でもある。

光のレンズと違う点もある。GW231123の重力波の波長は数千kmあり、太陽の数百倍程度の天体の重力的な大きさと同じくらいになる。波長と同程度の大きさの障害物に出会った波は、まっすぐ曲がるだけでなく回り込み、自分自身と重なって波形に独特の模様を残す。回折と呼ばれる現象だ。この模様が波形に見つかれば、レンズを通ってきた証拠になる。
チームは、銀河全体による大きな増幅と、その銀河の中にある小さな天体による回折を、ひとつの式で同時に扱うモデルを作った。この2つを組み合わせた解析は初めてだという。論文の題名「Across the Universe」はビートルズの曲名からとられていて、宇宙を渡ってくるあいだに信号の見え方が変わる、という内容に掛けてある。
レンズを入れて解き直した結果
公開されているLIGOのデータをこのモデルで解析し直すと、結果はだいぶ変わった。
2つのブラックホールを合わせた質量は、レンズなしの解析で太陽の約232倍だったものが、約137倍(幅をとると100〜180倍)まで下がった。個々の質量はおよそ93倍と44倍。軽いほうは質量ギャップの下に出る。重いほうはまだギャップの中に入りうるので、きれいに外へ出たとまでは言えないが、これまでに見つかっている他の合体と並べて浮かない値になった。
ほかの不自然さも一緒に消えている。極端に速い自転を仮定しなくてもデータに合うようになり、計算モデルごとに食い違っていた結果もそろった。波形を分解すると、本体の信号から約0.02秒遅れて、回折による成分が重なっていたという。
かわりに、発生源は遠くなる。宇宙の膨張による引き伸ばしの度合い(赤方偏移)は、レンズなしの約0.4から約1.2へ。光や重力波が旅してきた時間に直すと、ざっと40億年から80億年あまりに延びる計算だ。本来ならいまの検出器では届かないかもしれない距離の合体が、銀河による5倍前後の増幅のおかげで見えた、という筋書きになる。
レンズありの仮説がどのくらい確からしいかも調べられている。レンズを通っていない模擬信号を100個作って同じ解析にかけたところ、GW231123ほどレンズ説に有利な結果が出たものはひとつもなかった。偶然である確率は1%未満、統計の言い方で2.6シグマ以上にあたる。ただしチーム自身がこれを「興味深いが、まだ決定的ではない」と位置づけている。物理学で発見と呼ぶには普通5シグマが求められるうえ、信号が極端に短いので、検出器の雑音が回折に似た模様を作ってしまう可能性も残っているからだ。
残されたレンズ天体の謎
質量の問題がこれで片づくとしても、話は終わらない。謎はレンズの側に移った。
解析から逆算すると、回折を起こした小さいほうのレンズは、太陽の190〜850倍の質量をもつコンパクトな天体でなければならない。いちばん素直な解釈は、中間質量ブラックホールだ。星からできるブラックホールと、銀河の中心にある超大質量ブラックホールのあいだを埋める存在で、確実な発見例はごく少ない。つまり、「作りにくいブラックホール」を説明するために、「ほとんど見つかっていないブラックホール」が、地球と発生源を結ぶ線のすぐそばにたまたまあった、と仮定することになる。

共著者のミゲル・スマラカレギ氏も、100〜1000太陽質量のコンパクトな天体が単独で存在するのはきわめてまれなはずで、レンズの正体はこの解析で最大の謎だと認めている。
ほかの候補も検討されている。ひとつは球状星団の中心部のように、広がりをもった質量のかたまり。もうひとつは、たくさんの軽い星の効果が重なって、ひとつの重い天体のように見えている可能性。暗黒物質でできた天体という案も論文では計算されているが、その場合は暗黒物質全体の5%以上がこうした天体でなければつじつまが合わず、天の川銀河などの観測から得られている上限とぶつかる。
レンズを銀河の中に置いたモデルにしたことで、事情はいくらかましになっている。銀河なしで単独のレンズを考えた場合、必要な質量は太陽の468〜1184倍で、しかも発生源とほぼ一直線に並んでいなければならなかった。銀河の重力場を加えると必要な質量は2〜4割軽くなり、多少ずれた位置にあってもよくなるので、偶然の並びが起きる確率はおよそ10倍に上がる。
決着をつける2つ目の信号
この説には、検証の手段がある。手前の銀河が強いレンズとして働いていたなら、同じ合体の重力波が、別の経路を通って遅れてもう一度届くはずだ。チームの見積もりでは、2つ目の像ができる確率は約75%、それが検出できる強さで届く確率は約55%。遅れは、典型的な銀河なら数日程度になる。
いまのところ、それらしい信号は見つかっていない。観測チームによる探索でも、対になる候補は出なかった。ただし、検出器が止まっていた時間帯に届いた、地球の向きの関係で感度が落ちていた、2つ目の像のほうがゆがみが強く通常の探し方では拾えなかった、といった理由でも説明がつくため、見つからないことがそのまま否定にはならない。レンズが銀河ではなく銀河団だった場合、遅れは年単位になる。
まとめると、GW231123の質量の問題は、解けたというより、形を変えて残っている。「重すぎるブラックホールがなぜあるのか」という問いが、「そこにどんなレンズがあったのか」という問いに置き換わった。どちらが正しいかは、検出器の感度が上がり、レンズを通った重力波が何件も見つかるようになれば、判断しやすくなる。論文は、検出器が次の段階の感度に上がれば、多めの見積もりで年に10件ほどの増幅された重力波がとらえられるとしている。
レンズを通った重力波が確認できるようになれば、使い道は広い。増幅のおかげで、本来は届かない遠方の合体を調べられる。回折の模様からは、光を出さないコンパクトな天体や暗黒物質のかたまりが、途中にどれだけあるかを探れる。
出典
同論文のプレプリント(arXiv:2512.17631、無料で読める)
Do black holes pretend to have large masses?(マックス・プランク重力物理学研究所 プレスリリース、2026年8月26日)


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