神経細胞の信号は0と1だけではなかった――1ミリ秒のパルスに残る0.5秒前の履歴

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脳の中の神経細胞は、電気の短いパルスを出して隣の細胞に信号を送ります。このパルスは「活動電位(かつどうでんい)」と呼ばれ、長さはおよそ1ミリ秒。神経科学では長いあいだ、この活動電位を「出たか、出なかったか」の2択で記録してきました。出れば1、出なければ0。あとは、いつ出たか、どれくらいの頻度で出たか、を数えます。

この扱い方には根拠があります。活動電位は、細胞への刺激がある強さを超えると必ず同じ形で出て、超えなければ出ない、という性質を持っています。刺激が強かったからといって大きなパルスが出るわけではない。この「全か無か」の性質が教科書に載っているので、パルスの中身は見ずに回数だけ数える、という方法が定着しました。脳をコンピュータにたとえて「デジタルな信号のやり取り」と説明されるのも、ここから来ています。

ところが2026年9月に公開された研究は、その1ミリ秒のパルスの「形」を拡大してみると、そこに細胞が直前に受け取っていた入力の情報が残っている、と報告しています。カリフォルニア大学サンディエゴ校のブラッドリー・ヴォイテック氏らのチームによるもので、現時点では査読前のプレプリントとして公開されています。

拡大すると見えてくるパルスの形

活動電位を遠くから眺めると、細い針のようなとがったスパイクに見えます。ただ、時間軸を引き伸ばして1ミリ秒の中を見ると、電圧が立ち上がって山を作り、下りていくカーブがあります。山の高さ、下りの速さ、山のあとに一度沈む深さ。こうした細かい特徴は、パルスごとに少しずつ違います。

研究チームがまず使ったのは、マウスの視覚皮質(しかくひしつ、目からの情報を処理する脳の部分)にある神経細胞2個の記録です。細胞の内側に電極を入れて電圧を直接測ったデータで、もともとは別の研究のために取られていたものを借りて解析しています。

この記録では、細胞に3種類の電流が流し込まれていました。一定の強さの電流、だんだん強くなる電流、そして「ピンクノイズ」と呼ばれる不規則に揺れる電流です。入力の種類が変わると、活動電位の山の高さや、電圧が下がる速さといった特徴が変わっていました。

上の図のように、遠目には同じスパイクの列に見えても、1本ずつ拡大すると入力によって形が変わっています。そこで研究チームは、活動電位の形だけを機械学習にかけて、「このパルスが出たとき、細胞はどの種類の電流を受けていたか」を当てさせました。結果は、片方の細胞で正解率78.4%。3択なので当てずっぽうなら33%前後ですから、形にはたしかに入力の情報が含まれていたことになります。もう片方の細胞は記録の数が足りず、同じテストはできませんでした。

形に書き込まれているのは0.5秒前までの履歴

ここからが、この研究でいちばん目を引くところです。

活動電位の形は、入力の種類だけでなく、入ってきた電流がどれくらい強かったか、どれくらい揺れていたか、も反映していました。そして、その反映は「パルスが出る直前」だけにとどまりません。解析では、パルスが出る最大で500ミリ秒前までの入力の情報が、形に影響していました。パルス自体の長さは1ミリ秒です。その500倍もさかのぼった過去の出来事が、1ミリ秒の中に痕跡を残していたわけです。

同じ細胞のパルスに、それほど違う形が本当に混じっているのか。人工的に電流を流した実験ではなく、自然に活動している状態でも同じことが起きるのか。研究チームは次に、ラットの脳から記録された神経細胞40個のデータで確かめました。こちらは細胞の外側に置いた電極で拾った記録で、動物が自分で動いているあいだの自然な活動です。

40個のうち30個で、同じ細胞から出たパルスの形が、はっきり分かれる複数のグループに分類できました。ほとんどの細胞では違いは小さめでしたが、ごく一部の細胞では、同じ細胞のパルスどうしが「別の細胞から出たのではないか」と思うほど違う形をしていました。

形が何を映しているのかを調べるために、研究チームはパルスの形と、その細胞の周りで起きている電気活動(近くの細胞たちがまとめて作る電位の揺れ)を突き合わせました。すると87〜90%の細胞で、形と周囲の活動のあいだに統計的に検出できる関係がありました。しかも、パルスとパルスの間隔だけを見るより、形を見たほうが周囲の活動をよく予測できていました。いちばん関係が強かった細胞では、周囲の活動のある指標の変動のうち約64%を、パルスの形で説明できています。ただしこれは最も強い細胞を選び出した数字で、大半の細胞では関係はもっと弱く、予測力は控えめです。

形の違いを細胞が使っているかという未解決の問題

ここまで読むと、「神経細胞はパルスの形を変えて、隣の細胞に隠れたメッセージを送っているのでは」と考えたくなります。研究チームはこの点について、はっきりと線を引いています。

この研究が示したのは、パルスの形が「細胞が直前に受けた入力」や「周りの活動」と結びついている、というところまでです。受け取る側の細胞がその形の違いを読み取っているのか、形の違いが次の細胞の反応を変えているのかは、今回のデータでは調べられません。ヴォイテック氏自身がScienceAlertの取材に対して、形が他の細胞に情報を伝えているかどうかは、このデータでは直接答えられない、と述べています。

手がかりがないわけではありません。パルスの幅を変えると、細胞に流れ込むカルシウムの量が変わり、それが次の細胞への伝達に影響する、という先行研究があります。形の違いが伝達に効く仕組みは、理屈のうえでは存在します。ただ、それが今回見つかった形の違いで実際に起きているかは、これから実験で確かめるべき別の問題です。

データの規模にも限りがあります。入力の種類と形の関係を調べたマウスの記録は、細胞2個だけです。ラットのデータもあわせて、どちらももともと別の目的で集められた既存の記録を借りたものです。脳のほかの部位や、ほかの種類の神経細胞でも同じことが起きているのかは、まだ分かりません。査読もこれからです。

0と1に丸めることで捨てているもの

それでも、この報告が投げかけている問いは小さくありません。

活動電位を0と1に丸めるやり方は、これまでの神経科学の記録・解析のほとんどの土台になっています。もし1ミリ秒の形に直近0.5秒の入力履歴が残っているのなら、0と1に丸めた瞬間に、その情報を捨てていることになります。ヴォイテック氏は、活動電位を二値の出来事に変換するとき、直近の入力についての情報を捨ててしまっている、と話しています。

もうひとつ、実務的な影響もあります。脳に電極を入れて記録すると、近くにある複数の細胞の信号が混ざって拾われます。研究者はそれを「パルスの形が似ているものは同じ細胞」というルールで仕分けて、細胞ごとの活動に分解しています。ところが今回の結果は、同じ細胞が複数の形のパルスを出すことを示しています。極端な細胞では、別の細胞と見分けがつかないほど違う。つまり、形で仕分ける方法は、これまで思われていたより難しい作業だった可能性があります。

脳を「デジタル」と呼ぶ言い方は、活動電位の全か無かの性質から来た比喩です。今回の研究は、その全か無かの「全」の中身が一様ではない、と言っています。細胞がそれを信号として使っているかどうかは、まだ分かりません。でも、記録する側が形を捨てるべきかどうかは、これで少し考え直す余地が出てきました。査読を経た版でどう評価が固まるか、続報を待ちたいところです。

出典

プレプリント(査読前):Martin-Burgos, B. et al. Action potential waveforms are state-dependent. bioRxiv (2026)

解説記事:Scientists Find Hidden Information in The Shape of Neurons’ Electrical Signals(ScienceAlert・2026年9月25日)

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