2026年7月18日の朝、南極大陸の内陸にあるコンコルディア基地で、気温計が-84.1℃を示しました。現地時間の6時25分と6時34分、2回にわたって。地上の気象観測点で測られた気温としては、地球のどこを見ても2012年以来14年ぶりの低さです。
ただ、この話でいちばん引っかかるのはそこではありません。同じ南極大陸では、その6週間前に、冬としては前例のない暖かさが記録されています。同じ大陸、同じ冬に、正反対の極端な値が並んだ。ところがこの2つの数字は、意味の重さがまるで違います。

南極内陸で観測された-84.1℃
数字だけ見てもピンとこないので、並べてみます。日本の観測史上最低気温は、1902年1月25日に旭川で記録された-41.0℃。100年以上更新されていない記録ですが、今回の-84.1℃はその倍以上の低さです。ドライアイスの表面がだいたい-78.5℃なので、それよりさらに6℃ほど低い空気の中に基地があったことになります。
とはいえ、コンコルディアにとってこの寒さは異常事態ではありません。この時期の内陸は、ふだんから-80℃を下回ります。基地長を務めるガブリエーレ・カルガーティ氏(大気化学・氷河学が専門)も、-84℃を割るのは注目に値するが、南極の天候がどれだけ振れやすいかを示すものだ、という言い方をしています。
今回の値は、基地を共同運営するフランス極地研究所(IPEV)が報道機関に提供した生データにもとづくものです。基地の運営はイタリアの国立南極研究計画(PNRA)とIPEVが分担していて、ここの気象観測点にはWMO番号89625が振られています。
コンコルディア基地の立地と冷え込みの仕組み
基地があるのは、南緯75度06分・東経123度24分の「ドームC」と呼ばれる場所。東南極の氷床がゆるやかに盛り上がった頂上部で、標高は3,230メートルあります。足元には3,300メートル近い厚さの氷が積み重なっている。最寄りの海岸まで1,000キロ以上、隣の基地までも約600キロで、冬に入ると飛行機は飛べなくなります。
ここまで冷えるのには、条件がいくつも重なっています。カルガーティ氏の説明によれば、冬のあいだ太陽は何か月も昇らず、大気は極端に乾いていて安定している。そのうえ雲がないので、地表の熱が止まることなく宇宙へ逃げ続ける。標高が高く空気が薄いことも効いています。熱を抱え込む役をする水蒸気も雲も、ここにはほとんどないわけです。
この隔絶ぶりは、別の用途にも使われています。基地には欧州宇宙機関(ESA)の医師が常駐していて、越冬する研究者たちの身体や心にどんな変化が出るかを観察している。宇宙飛行士が長期ミッションで置かれる状況に近いからです。国際宇宙ステーションは地上から約400キロ上空にいるので、距離の意味では冬のコンコルディアのほうが孤立していることになる。ここで働く人たちが「氷の宇宙飛行士」と呼ばれるゆえんです。
過去の最低気温との距離
コンコルディア基地自身の観測史上最低は、2010年8月13日の-84.7℃。今回はそこに0.6℃まで迫りました。運営元であるイタリアの南極気象・気候観測所が公開している記録です。基地の自動気象観測装置は2005年1月から通年で動いているので、20年あまりの観測のなかでも上位に食い込む値ということになります。
地球全体の公式記録は、これよりさらに低い。1983年7月21日、コンコルディアから最も近い基地でもあるロシアのボストーク基地で観測された-89.2℃です。世界気象機関(WMO)が検証したうえで、いまも世界記録として維持しています。標高3,420メートル、南極点から1,300キロほどの地点でした。直近でこれを下回ったのは2012年9月のボストーク基地の-84.2℃だと伝えられていて、今回の「14年ぶり」はそこからの数え方です。
もっと低い数字を見たことがある、という人もいるかもしれません。人工衛星による観測では、東南極の一部で-98℃前後という値が出ています。ただしこれは氷の表面温度を宇宙から測ったもので、気象観測の作法にのっとって測った気温ではない。WMOはこの種の値を公式記録として扱っていません。「地球で14年ぶりの寒さ」というときの「地球」は、地上の観測点で測られた気温という枠の中の話です。
それから、南半球の冬はまだ終わっていません。南極の気温が底を打つのは例年8月下旬ごろなので、これより低い値が出る可能性は残っています。
6週間前の半島で起きた正反対の出来事
時計を6月6日に戻します。南極半島の北端にあるアルゼンチンのエスペランサ基地で、この日、気温が15.4℃まで上がりました。冬としては前例のない値です。
この基地の6月の平年値は-6.2℃。従来の6月の記録は1998年の13.3℃だったので、それを2℃あまり上回ったことになります。平年から見れば20℃ほど高い。要因分析を行った研究チームは、この日の15.4℃が、同じ日のイギリス・エディンバラの最高気温とほとんど変わらなかったと書いています。真冬の南極とスコットランドが、同じ気温だったわけです。
1地点だけの出来事でもありませんでした。6月5日から6日にかけて、同じアルゼンチンのマランビオ基地が11.8℃(従来記録9.2℃)、サンマルティン基地が9.4℃(同7.8℃)と、それぞれ記録を更新しています。エスペランサでは、日中の最高気温が3週間連続で氷点を上回り続けました。

エスペランサから160キロほど離れたキングジョージ島では、6月6日に4.6℃を記録し、雪と氷が溶けて地面が広く露出しました。チリの氷河学者ルイス・ムニョス氏は、ふだんならこの時期は20センチほどの雪と大量の氷に覆われているはずだと述べています。近くのコリンズ氷河では、標高500メートル地点で雨が氷を溶かしていた。本来なら雪が積もる季節です。
2つの極値がもつ意味の違い
同じ大陸で、6週間のあいだに、記録的な寒さと記録的な暖かさが出た。これを「振れ幅が大きくなっている」とまとめたくなりますが、一次情報を追うと、そう単純ではありません。
まず、この2か所は同じ「南極」というくくりで並べられるほど似ていない。コンコルディアは標高3,200メートルを超える内陸の高原にあり、冬は太陽が昇りません。一方のエスペランサは南緯63度、海に囲まれた半島の先端です。北半球に置き換えるとアイスランドやスウェーデン中部あたりの緯度で、周りの海の影響を強く受けます。大陸のなかではいちばん温暖な一角で、しかも地球上でもっとも速く暖まっている地域のひとつ——温暖化の進み方が世界平均の2倍に達すると見積もられています。
そして、2つの記録に対する科学的な評価がそろっていません。
寒さのほうは、いまのところ「珍しい値だが、その場所の変動の範囲内」という扱いです。基地の観測史上最低にも届いていないし、基地長本人が前例のない値ではないと言っている。この低温の背景を人為的な要因と結びつけた分析は、現時点で出ていません。
暖かさのほうは違います。IPSL/CNRSなどの研究者が参加するClimaMeterというプロジェクトが、6月5〜6日の高温について速報的な要因分析を公開しました。過去(1950〜1987年)と現在(1988〜2024年)で似た気圧配置の日を探し出して比べる手法です。結論はこうなっています。同じような大気の配置が起きたとき、いまは各基地の位置で最大3℃、半島の他の場所では最大7℃ほど気温が高くなっている。まれな気象条件が引き金だったのは確かだが、その強さは人為的な気候変動によって有意に押し上げられていて、エルニーニョなどの自然変動が果たした役割は副次的だった——。
つまり、片方は「南極の冬らしい寒さの、少し深いところ」であり、もう片方は「人の活動で底上げされた異常な暖かさ」です。同じ天秤に載せて釣り合いを見る、というたぐいの2つではありません。
6月の高温には、海氷の少なさも絡んでいた可能性があります。半島の西側にあるベリングスハウゼン海では、冬の海氷がおよそ65万平方キロ分足りていませんでした。日本の国土のおよそ1.7倍にあたる面積です。海氷が減ると、北や西から流れ込む空気を冷やす力が弱まり、暖かい空気がより南・より東まで入り込めるようになります。
同じ基地が2022年に出した最高値
この話をややこしくする——というより面白くする事実が、もうひとつあります。コンコルディア基地は、最高気温のほうでも記録を持っているのです。
2022年3月15日から19日にかけて、東南極を異常な高温が襲いました。氷床の広い範囲で平年より30〜40℃も高い状態になり、3月18日にコンコルディアは-9.4℃を記録します。この基地の観測史上いちばん高い値でした。
注目されたのは絶対値より、平年からのずれのほうです。この日のドームCの日平均気温は、平年より39℃高かった。地球上で観測された気温の平年差としては、過去最大の値です。オーストラリア方面の空気がわずか4日で南極内陸まで運ばれた「大気の川」が原因で、この現象を調べるために14か国から54人の研究者が集まりました。
今回の寒さの舞台になったのと同じ基地が、4年前には地球史上もっとも極端な高温の異常値をたたき出している。南極内陸の気温は、もともとそれくらい大きく振れる場所だということです。
解釈上の留意点
いくつか、割り引いて読むべきところがあります。
今回の-84.1℃は速報値です。世界記録の更新ではないので、WMOの正式な検証手続きにかかる種類の値でもありません。確定的な扱いを見たいなら、運営機関の公式発表を待つのが確実です。
「寒い記録が出たのだから温暖化は嘘だ」という読み方は成り立ちません。カルガーティ氏の言葉を借りれば、気候変動は長期の全球的な傾向を指す話で、個々の気象現象としては例外的な寒さも起こりうる。南極は複雑な大気の過程に左右されるので、1地点の極端な低温が全体像と矛盾するわけではない、ということです。
逆に、「温暖化のせいで寒くなった」と一本の線で結ぶのも早すぎます。今回の低温について、そうした因果を示した分析は見当たりません。
ClimaMeterの要因分析は速報型で、査読を経た論文ではない点にも注意してください(手法自体は査読誌に発表されたものにもとづき、分析結果にはDOIが付いています)。急いで出す代わりに、精密さでは後から出る研究に譲る種類のものです。
2022年3月の最高気温についても、値には食い違いがあります。査読論文は-9.4℃としていますが、基地の自動気象観測装置の記録には同じ日付で-11.5℃と載っている。計測系や設置高さの違いによるものと思われますが、どちらの数字を見たかで印象が変わるので、書き添えておきます。
出典
- Antarctica just experienced minus 119 F, Earth’s coldest temperature since 2012 — here’s why(Live Science)
- Antarctic Interior Hits Minus 119.4 Degrees Fahrenheit, Earth’s Lowest Recorded Temperature in More Than a Decade(Smithsonian Magazine)
- Concordia Station(Dome C)自動気象観測装置ページ(伊 南極気象・気候観測所)
- Concordia Station(フランス極地研究所 IPEV)
- National Antarctic Research Program(イタリア PNRA)
- Lowest Temperature(世界気象機関 世界気象・気候極値アーカイブ)
- High temperatures over the Antarctic Peninsula in June 2026 strengthened by human-driven climate change(ClimaMeter、DOI: 10.5281/zenodo.20809265)
- Antarctic Peninsula sees record high June temperatures(Phys.org/AFP)
- The Largest Ever Recorded Heatwave—Characteristics and Attribution of the Antarctic Heatwave of March 2022(Geophysical Research Letters)
- The Extraordinary March 2022 East Antarctica “Heat” Wave. Part I: Observations and Meteorological Drivers(Journal of Climate)


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