翼に風を当てて浮く——シコルスキーの無人機「Nomad 100」が飛行試験を完了

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ヘリコプターは滑走路がなくても飛び立てます。そのかわり、速度でも航続距離でも飛行機に及びません。飛行機はその逆で、速く遠くまで飛べる反面、離着陸には長い舗装路が要ります。この二択をひとつの機体でまかないたい——航空の世界で長く追われてきた願いに、また新しい試作機が挑みました。

ロッキード・マーティン傘下のシコルスキーが開発した無人機「Nomad 100(ノマド100)」です。2026年7月22日、英ファーンボロー国際航空ショーの会場から、初期の地上試験と飛行試験を終えたと発表されました。米国防高等研究計画局(DARPA)のEVADE計画という、軍用の枠組みで作られた機体です。

採用しているのは「ローター吹き下ろし翼(rotor blown wing)」と呼ばれる方式。名前は物々しいのですが、中身は拍子抜けするほど単純です。回るプロップローター(プロペラと回転翼の中間のような羽根)が起こした風を、そのまま翼の表面に浴びせる。それだけで、機体が前へ進んでいなくても翼に揚力(上向きの力)が生まれます。

垂直離着陸に付きまとう代償

翼というのは、空気の中を進むことではじめて揚力を出す部品です。だから飛行機は、滑走路を走って速度をつけないと浮けません。ヘリコプターはそこを、翼のほうを回してしまうことで解決しました。ローターは細長い翼を回転させたもので、機体が止まっていても翼の側が空気を切っているので浮けます。

便利な代わりに、失うものがあります。同じローターで浮く力も前へ進む力も作らなければならず、速度を上げていくほど効率が落ちる。だからヘリコプターは、飛行機ほど速くも遠くも飛べません。積める重さでも不利です。逆に飛行機のほうは、舗装路がなければ飛べない。無人機なら射出装置と回収用のネットが要ります。船の甲板や、整備されていない野原から飛ばしたい場面では、この差がそのまま効いてきます。

そこで長年こだわられてきたのが、垂直に上がれて、かつ飛行機として巡航できる機体です。オスプレイのようなティルトローター機も、いま各国で開発が続くeVTOL(電動の垂直離着陸機)も、狙っているところは同じ。ローター吹き下ろし翼は、そのなかでもとりわけ部品の少ない解き方といえます。

ローター吹き下ろし翼の原理

やっているのは、発想の逆転です。翼を空気の中で動かすかわりに、空気のほうを翼へ当ててしまう。扇風機の前に下敷きを少し傾けてかざすと、後ろへ押されるだけでなく上へも持ち上がろうとします。ローター吹き下ろし翼は、あれを機体の規模でやっているようなものです。

Nomad 100は、離着陸のときに尾を下にして直立します。左右の翼に付いた2つのプロップローターが真上を向いて回り、その風が翼の全面を洗う。機体は自分の重さを、ローターの推力と翼が生む揚力の両方で支えながら真上へ上がります。そこから機首をゆっくり前へ倒していくと、浴びせていた風が飛行の向かい風に置き換わり、いつのまにか普通の飛行機として翼で飛んでいる。この乗り換えが、この方式の肝です。

水平に落ち着いてしまえば、あとは固定翼機と変わりません。ローターは前へ進むためだけに回り、機体は翼が支えます。羽根の角度を飛行中に変えられる関節付きのローターを使っており、上がるとき・巡航するときのそれぞれで効率のいい角度を取れるようにしてあります。「上がるときだけヘリ、飛ぶときは飛行機」という切り替えが、うまくいけばいいとこ取りになる——というのが理屈です。

1950年代のテールシッター機との違い

押さえておきたいのは、この飛び方が新発明ではないことです。尾を下にして直立し、垂直に上がってから機体を倒す設計は「テールシッター」と呼ばれ、系譜は1950年代までさかのぼります。

アメリカ海軍は1951年、空母を持たない艦からも戦闘機を飛ばすことを狙って、コンベアとロッキードの2社に試作を発注しました。できあがったのがコンベアXFY-1「ポゴ」とロッキードXFV-1です。どちらも地上では尾を下にして立ち、大きなプロペラで真上へ上がる機体でした。1954年11月には、テストパイロットのジェームズ・コールマンがポゴで垂直飛行から水平飛行への遷移に成功しています。

それでも計画は翌1955年に打ち切られました。理由は着陸です。降りるときのパイロットは、機体を垂直に立て直したうえで、尾のほうから後ろ向きに降りていかなければなりません。正面を向いても空しか見えないので、肩越しに地面を確かめながらスロットルを操ることになります。コールマン以外の操縦者には、ほとんど扱えませんでした。

つまりテールシッターを潰したのは、空気の流れの理屈ではなく操縦のほうでした。ここが今回いちばん変わった点です。Nomad 100に人は乗っておらず、飛行の制御は自律飛行システム「MATRIX」が引き受けます。1950年代のパイロットが肩越しに苦闘していた部分を、いまはソフトウェアが担当している。ついでに言うと、XFV-1を作ったロッキードは、いまのロッキード・マーティンの前身です。70年越しに同じ形へ戻ってきたことになります。

先行機で積み上げた飛行実績

Nomad 100はいきなり出てきた機体ではありません。ひとまわり小さい試作機で、方式そのものを先に確かめてあります。

先行したのは、のちに「Nomad 50」と名づけられた機体です。翼幅は10.3フィート(約3.1メートル)、重さ115ポンド(52キロ)で、動力はバッテリー。2025年1月に40回以上の離着陸をこなし、そのうちヘリコプター姿勢と飛行機姿勢のあいだの遷移を30回繰り返しました。水平飛行での最高巡航速度は86ノット(時速およそ159キロ)です。あわせて実物大の模型を風洞(強い風を人工的に起こす装置)にかけ、新しく作った制御則(機体の姿勢を保つための計算の決まりごと)が現実と合っているかを照合しています。

シコルスキー・イノベーションズのイーゴリ・チェレピンスキー所長は、ホバリングから高速の巡航へ、そしてまた戻ってくる遷移を繰り返し予測どおりにこなせた点を成果に挙げ、そのためには新しい制御則が必要だったと説明しています。30回という数字が効いてくるのはここで、1回できたかどうかではなく、何度やっても同じように決まるかが問われる部分です。

今回のNomad 100は、これを翼幅18フィート(約5.5メートル)まで大きくしたもの。乗用車1台の全長より少し長いくらいの機体です。2025年10月の時点ではまだ製作中で、初飛行は「数か月のうちに」とされていました。そこから9か月ほどで、地上試験と初期の飛行試験を終えたという報告になります。

DARPA・EVADE計画の位置づけ

Nomad 100が作られているEVADE(Early VTOL Aircraft Demonstration)は、DARPAの計画です。もとは2022年に始まったANCILLARYという計画で、軍艦の甲板や整備されていない土地から、専用の射出装置なしに離着陸できる無人機を作ることを目指していました。その第2段階の飛行試験は当初2026年後半の予定でしたが、機体寸法の上限や荒れた海面での自動離着陸といった要求をいったん後回しにして、初飛行までを前倒ししたのがEVADEです。

参加しているのは5社。エアロヴァイロンメント、グリフォン・エアロスペース、カレム・エアクラフト、メソッド・エアロノーティクス、そしてシコルスキーです。5機とも最大離陸重量は330ポンド(150キロ)未満に収めることが条件で、性能面では「60ポンド(約27キロ)を積んで100海里先で12時間以上とどまれること」が共通の下限とされています。100海里はおよそ185キロ、東京から静岡あたりまでの距離です。

おもしろいのは、5機とも自律飛行のソフトウェアが同じという点です。DARPAは全機にシコルスキーのMATRIXを載せると決めました。もともとDARPAのALIAS計画で育てられた技術で、離陸から着陸まで飛行制御と航法をひととおり引き受けます。各社は自律飛行を一から作らずに済み、機体の形や動力、搭載機器の作り込みに集中できる——という狙いです。シコルスキーは競争相手であると同時に、参加全機の頭脳を供給する立場でもあります。

計画責任者のフィリップ・スミス氏は、EVADEの目的を「航空戦力の民主化」と表現しています。これまで大型の無人機でしかできなかったことを、陸軍や海兵隊の小さな部隊、あるいは1隻の艦の乗組員が、専用の地上管制設備なしに自分たちで使えるようにする、という意味合いです。

想定される任務と拡大構想

EVADEでDARPAが試そうとしている任務は5つあります。物資の輸送、通信の中継、兵器の投下、合成開口レーダー(電波で地表を画像化する装置)の搭載、そして偵察・監視です。シコルスキーがNomadについて挙げている用途はもう少し幅広く、偵察と目標捕捉、危険地域への補給、軽攻撃、捜索救難、洋上哨戒、通信の常時確保が並びます。国防関係だけでなく、国土安全保障や森林管理、民間組織での利用も想定に入れているとしています。

軍用の機体である点は、はっきりさせておいたほうがよさそうです。用途に軽攻撃と兵器の投下が含まれており、街の上を人が移動するための空飛ぶクルマとは、出自も目的も別のものです。同じ「垂直に上がる機体」という括りで並べると、話がずれます。

将来については、大きさを変えられることを設計の要点だとシコルスキーは説明しています。副社長のリッチ・ベントン氏は、小型のGroup 3(56〜1,320ポンド)からブラックホーク・ヘリコプターと同等の大きさまで広げられる、という言い方をしました。動力は小型なら電気とエンジンを組み合わせたハイブリッド、大型なら通常の駆動系を想定しています。ただし現時点で焦点が当たっているのはGroup 3とGroup 4で、ブラックホーク級は「そこまで拡大できる設計だ」という説明であって、実際に走っている開発計画ではありません。

受け止め方の留意点

今回の発表で公開された数字は、実はほとんどありません。Nomad 100そのものの速度・搭載量・航続距離は非公表のままです。「ヘリコプターの垂直離着陸と、固定翼機の速度・航続・滞空を両立する」というのはメーカーの説明であって、実測値として示されたものではない——その距離感で読むのが安全です。

先に挙げた「60ポンドで100海里・12時間」も、EVADEに参加する5機すべてに課された共通の下限であって、Nomad 100が実際に出した記録ではありません。公表されている実測値のほうは、ひとまわり小さいNomad 50の86ノットです。

公開の慎重さは、写真にも表れています。今回シコルスキーが出した飛行中の1枚には、独自技術にあたる部分は隠してあるという但し書きが添えられていました。機体の外観そのものが、まだ全部は見せられない段階ということです。

そして、これは「初飛行を成功させた」という一点ものの報告ではなく、途中経過です。発表のなかでシコルスキーは、次に政府の施設で本格的な飛行試験に入り、Nomad 100に想定されているさまざまな任務を模擬していくとしています。ローター吹き下ろし翼という70年来の発想が、自律飛行と組み合わさって実用の水準に届くのかどうかは、そこから先で決まります。

出典

Sikorsky Nomad™ 100 Completes Initial Flight Test Phase for DARPA’s EVADE Program(ロッキード・マーティン公式・2026年7月22日)

Nomad™(ロッキード・マーティン公式・製品ページ)

Sikorsky Successfully Flies Rotor Blown Wing UAS in Helicopter and Airplane Modes(ロッキード・マーティン公式・2025年3月10日)

Lockheed Martin Sikorsky Introduces Nomad™ Family of Long-Endurance, Runway-Independent Drones(ロッキード・マーティン公式・2025年10月6日)

DARPA to demonstrate revolutionary drone capabilities for warfighters(DARPA公式・2025年6月17日)

Nomad 100 marks breakthrough in blown-wing VTOL technology(New Atlas・2026年8月2日)

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