摩擦のない流体の中で、分子を狙って回転させることに初めて成功した——そんな物理の研究が発表されました。光を当てて分子を”回す”新しい手口で、超流動体という不思議な状態のふるまいをのぞき込む道具になりそうです。ブリティッシュコロンビア大学(UBC)とフライブルク大学のチームによる成果で、専門誌『Physical Review Letters』に載っています。
摩擦なしで流れる不思議な状態
まず舞台になる「超流動体」から。液体ヘリウムを絶対零度に近いところまで冷やすと、粘りけ(ねばりけ)がまったくない状態になり、摩擦ゼロで流れるようになります。これが超流動体です。ふつうの液体では起きないふるまいで、量子力学が目に見える形で顔を出す、めずらしい状態のひとつです。
おもしろいのは、摩擦がないのに「ものを溶かす力」はちゃんと残っていること。つまり超流動体の中に別の分子を溶かし込むことができます。そこで気になるのが、溶けた分子の側から見て、ふつうの液体から超流動体に切り替わると何が変わるのか、という問いです。今回の研究は、まさにこの問いを調べるための新しい入口をつくりました。

光でつくる分子回転の制御
研究チームが使ったのは「光学遠心分離機(optical centrifuge)」と呼ばれる手法です。名前は遠心分離機ですが、実際に回っているのは装置ではなく光。特殊なレーザーの光を当てることで、分子そのものをコマのように回転させます。
今回の”初”は、この回転を超流動体の内部にある分子で実現したこと。しかも回転の向きも速さも、外から直接指定できます。研究者はこれを新しい「つまみ」と表現しています。回転数を自在に変えられる操作つまみが一つ手に入った、というわけです。つまり、量子の液体の中で分子がどう反応するかを、回転の条件を変えながら調べていける下地ができました。
回転を生み出した仕組み
光学遠心分離機自体は新しいものではなく、これまでも気体の中の分子を回して調べるのに使われてきました。回転するレーザーパルスを当てると、気体の分子が光の電場に沿って向きをそろえ、そのまま回り出す仕組みです。ところが、この手はこれまで超流動体の中の分子ではうまくいっていませんでした。
理由は、溶け込んだ分子が周りの流体とくっつき合ってしまうこと。実質的に大きく・重くなり、回しにくくなります。Milner准教授は雪玉にたとえています。小さいうちは転がすのは簡単でも、雪がくっついて大きくなるほど動かしにくくなる——溶けた分子にも同じことが起きるわけです。
そこでチームは、一酸化窒素(NO)の二量体(分子が2つくっついたもの)を液体ヘリウムの微小な液滴に仕込み、レーザーのパルスとパルスの間にごく短い時間差を入れました。この時間差が干渉を生み、結果として「低くて一定の回転」を作り出します。回転をゆっくり・そろった形にしたことで、回しにくかった分子の”回りやすさ”が上がった、という工夫です。
量子の未解明領域への入口
この手法が効く一番の理由は、これから調べたいことにあります。チームは次に、回転数を少しずつ上げていって、ある臨界の周波数を探そうとしています。その値を超えると、分子の回転が急に速く弱まっていくと予想されている——超流動性そのものが壊れ始める境目です。
この「いつ・どの回転数で超流動性が崩れるのか」は、これほど小さな原子スケールではまだよく分かっていません。回転数のつまみを手に入れたことで、その境目に向かって少しずつ近づき、直接調べられるようになります。量子物質の未解明の部分をのぞく、新しい観測手段になり得るということです。
現時点での位置づけ
とはいえ、これは超流動体の中で分子を制御して回せると示した、いわば入口の実証です。目当ての臨界周波数を実際に見つけたり、超流動性が崩れる瞬間をとらえたりするのはこれからの課題で、研究チーム自身も「いま調べている最中」と話しています。派手な結論を先取りせず、道具ができた段階として受け止めておくのがちょうどよさそうです。
出典・参考
論文:Ian MacPhail-Bartley, Alexander A. Milner, Frank Stienkemeier, Valery Milner, “Control of Molecular Rotation in Helium Nanodroplets with an Optical Centrifuge,” Physical Review Letters. DOI: 10.1103/5jnj-97vs
UBCプレスリリース:A new optical centrifuge is helping physicists probe the mysteries of superfluids(UBC Science)


コメント