1997年から続く映画データサイトが落ちた日——バックアップから戻せなかった理由

AI
スポンサーリンク

1997年から続く映画興行データの定番サイト「The Numbers」が、2026年3月5日の未明にサーバーごと落ちました。目を引くのはそのあとです。運営チームは、そのサーバーを二度と立ち上げませんでした。バックアップから戻したところで、また数分で潰されるだけだと判断したからです。

サイトを崩したのは、AI関連の自動巡回プログラムによる大量のアクセスでした。創業者のブルース・ナッシュ氏が、映画業界のデータ分析で知られるスティーヴン・フォロウズ氏の取材に応じ、7月22日に経緯が公開されています。

The Numbersの成り立ち

The Numbersは、映画の興行収入・製作費・パッケージ販売・配信までを手作業で調べて積み上げてきたデータベースです。2026年初めの時点で、映画78,396本、劇場公開の記録178,375件、映画に関わった人物236,176人を収録しています。年間の訪問者は800万人を超え、記者や研究者、映画制作者がそのまま数字の根拠として使い、ギネス世界記録も参照先に挙げています。

始まりはかなり素朴でした。数学者で元IBMのソフトウェア開発者だったナッシュ氏が、1997年10月17日にジオシティーズ(当時の無料ホームページサービス)へ静的なHTMLを置いたのが最初です。追跡していたのは300本。映画の興行成績を売買する「ハリウッド証券取引所」という遊びの掲示板で告知して、取引の参考に使ってもらう、という程度の出発点でした。

そこから30年近く、アクセスの中身はおおむね穏やかだったといいます。ナッシュ氏の説明では、来ていたのは人間の閲覧者と、行儀のいい検索エンジンのクローラー(サイトを自動でめぐって内容を読み取るプログラム)と、個人の趣味でデータを集めに来る少数のアクセス。誰かが欲張りすぎたら、見つけて止めればよかった。

自動アクセスの二つの波

その前提が崩れたのは、この2年ほどのことです。The Numbersでは、変化が二段階で来ました。

一つ目は2024年ごろ。検索エンジンのクローラーに、AIの学習用クローラーが加わりました。ナッシュ氏によれば、AI側のクローラーは検索エンジンほど行儀がよくなく、サイトを普通に動かし続けるための管理作業がそのぶん増えた。

二つ目は2025年12月ごろで、こちらのほうが強く、そして痛かった。ナッシュ氏はこれを「エージェント型AI」によるものと見ています。人が指示を出すと、その場でサイトを読みに行って答えを持ち帰るAI。それに加えて、そういう巡回プログラムを自分で書ける人が増えたことも重なりました。

結果として、2026年初めのThe Numbersでは、人間がページを見ているアクセスは全体の1割にまで下がっていました。残りの9割は、AIのボットと自動化された通信です。

機械に向けた案内文という対策

ナッシュ氏のチームも、手をこまねいていたわけではありません。打った手のなかでいちばん面白いのが、機械に機械の言葉で話しかけるやり方でした。

サイトのなかに、大規模言語モデル(LLM)が読むことを想定した文章を置いておく。中身は「ここからデータをかき集める方法」ではなく、「データを正式に利用したい場合の手続きはこちら」という案内です。AIが人間に代わってサイトを読み、その内容を要約して伝える——という流れを逆手に取ったわけです。

これがよく効いたそうで、ライセンスの問い合わせは10倍ほどに増えたといいます。

ただ、負荷をやわらげることと、そこから抜け出すことは別でした。2025年12月から2026年3月初めにかけて、チームの時間のおよそ9割は、既存のサイトを動かし続けるためだけに消えていきます。新しい仕組みを作る作業は、その合間にしか進みませんでした。

事情を悪くしていたのが、サイトの年季です。30年ぶんのソースファイルは約16万個。そこから約200万ページが生成されていました。

3月5日のサーバー崩壊

そして3月5日木曜日の未明、サーバーが落ちます。

チームは当初、単純にAIのアクセス量に押し潰されたのだと考えました。ところがログを見ていくと、スクレイピング(サイトからデータを機械的に抜き出すこと)だけでは説明のつかない動きが混じっていたといいます。ナッシュ氏の説明では、正規のURLをたどっているものもあれば、裏口を探しているとしか思えないものもあった。目的として考えられるのは、データがサイトに載る前に手に入れること、あるいは表示されるデータをいじることです。

知り合いのセキュリティ技術者に相談したうえで、古いサーバーは停止したままにする、と決まりました。復旧させるなら、何か月も探られ続けた16万個のファイルを守り切らなければならない。それは現実的ではなかった、ということです。

3月11日、トップページに短い告知が出ます。全面的な作り直しの最中であること、旧サイトは新しい基盤とは互換性がなく戻せないこと、人気のあるページから順に復旧させていくこと。そして、有料化するつもりはないこと。

この最後の一文には理由があります。サイトが消えていた一週間あまり、ネット上には「無料版をわざと潰して有料サービスへ誘導する気だ」という見方が出回っていました。歴史チャートも、個別の映画のページも、愛用されていたレポート作成機能も消えたまま、説明が「作り直し中です」だけだったためです。ナッシュ氏のところには、あのページはどこへ行ったのかという怒りのメールがかなり届いたといいます。

予測市場という動機

ここで一つ引っかかることがあります。映画のデータを載せているだけのサイトに、わざわざ侵入して得をする人がいるのか、という点です。クレジットカード情報を預かっているわけでもなく、売れる個人情報があるわけでもありません。

フォロウズ氏が挙げているのは、予測市場との関係です。予測市場は、ある出来事の結果に賭ける形で売買が成立する仕組みで、そのなかにはオープニング週末の興行収入を対象にしたものがあります。代表的なサービスであるPolymarketは、決着をつける数字としてThe Numbersのページを名指しで指定していました。ひとつの週末に動く金額は、金融の世界の感覚では大きくありません。ただ、公開前にその数字を見られる人がいれば、毎週確実に有利な取引ができることになります。

ここは、はっきりさせておいたほうがいい部分です。ログに数か月ぶんの自動的な探索の痕跡が残っていたことは分かっています。一方で、最後にサイトを落としたものが何だったのか、誰がやったのかは分かっていません。フォロウズ氏自身も、予測市場で優位に立とうとした誰かがいたという筋書きは「じゅうぶんありうる」と書くにとどめています。Polymarketがボットでサイトを叩いた、という話ではありません。

同種の負荷を受けているサイト

The Numbersだけが特別に運が悪かった、という話でもありません。

オープンソースソフトウェアの文書をまとめて置いているRead the Docsでは、たった一つのクローラーが1か月で73テラバイトぶんの圧縮HTMLを持ち去りました。一般的なノートパソコンの内蔵ストレージが512ギガバイトだとすると、およそ140台ぶんです。通信費だけで5,000ドルを超えました。修理ガイドで知られるiFixitは、一日でAnthropicのクローラーから100万回のアクセスを記録しています。3Dスキャンデータを売る従業員7人の会社Tripleganggersは、営業時間中にOpenAIのボットでサイトが落ち、経営者がその状態を「実質的にDDoS攻撃だ」と表現しました。

もっと直接的な数字もあります。オープンソースプロジェクトのGNOMEが自分たちの通信を調べたところ、およそ97%がボットでした。ウィキペディアを運営するウィキメディア財団は2025年4月、ボットはページビューの約35%だが、負荷の重い通信では65%以上を占めると報告しています。クローラーは、人間がめったに開かない古いページまでまとめて読みにいくためです。

Cloudflareの計測では、2026年6月時点でウェブへのリクエストの57.5%が自動化されたものになりました。人間は少数派側です。

もともとウェブには、暗黙の取り引きがありました。検索エンジンのロボットにサイトを読ませる代わりに、読者を送ってもらう。この交換が成り立たなくなってきたことを示す指標として、Cloudflareは「1人の訪問者を送るために何ページ読んでいったか」という比率を公開しています。Googleはおよそ5ページ。対してAI各社のクローラーは桁が違い、公開されている数字のなかで最も高いのはAnthropicのクローラーで、時期によって1万から数万ページに達します。

ただしこの比率は、計測した期間によって大きく上下します。Cloudflare自身も、AIアプリからの訪問には参照元の情報が付かないことがあり、そのぶん比率が実態より大きく出うると注記しています。桁の感覚として読むのが妥当なところです。

六種類の読者を前提にした設計

いま、ナッシュ氏のチームは78,396本の映画と236,176人ぶんのデータを載せる新しいサイトを、ゼロから作り直しています。そこで直面しているのは、そもそも2026年の公開ウェブサイトとは誰のためのものか、という問いだといいます。

ナッシュ氏の整理では、The Numbersがかつて相手にしていた読者は二種類でした。人間と、検索エンジンです。それがいまは六種類ある。人間、検索エンジン、LLMの学習、プロンプトに応じて読みに来るAI、エージェント型AI、そして予測市場の参加者。それぞれ求めるものも、通信の量も違います。

本人の言い方を借りれば、サイト運営で考えるべきことは、中身・広告・SEOの三つから、八つか十の要素へと増えました。目標としては六種類すべてに対応したいとしつつ、人間の利用者がこれまで通りのデータに戻れるようにすることを重く見ている、と語っています。

ボットの足あとを商品に変える試み

ひとつ、しぶといなと思う続きがあります。

The Numbersは去年から、AIのエージェントから来るリクエストをすべて記録して、自社のデータベースと突き合わせる作業を始めていました。どの映画について、AIがどれだけ問い合わせに来ているか。それを「観客の関心の強さ」を測る新しい指標として使えるのではないか、というわけです。

2026年3月には有料のビジネスレポートにこの追跡を導入し、7月号では初期の分析結果を出しています。公開前28日間にChatGPTがその映画をどれだけ調べに来たかと、実際のオープニング週末の興行収入との相関を示すグラフです。

サイトを潰しかけたアクセスそのものを、売り物のデータに変えにいった。うまくいくかどうかはこれから次第ですが、対応としてはずいぶん前向きな方です。

解釈上の留意点

いくつか、書きながら気になった点を残しておきます。

ひとつ目は、原因の切り分けです。The Numbersが落ちた背景に自動アクセスの増加があったことは、運営者本人の証言としてはっきりしています。ただ、最後の一押しが単なる負荷だったのか、狙いを持った誰かだったのかは、いまも分かっていません。「AIボットがサイトを殺した」と一言でまとめてしまうと、実際より単純な話になります。

ふたつ目は、数字の扱いです。この記事に出てくる比率や割合は、それぞれ計測した相手も期間も違います。The Numbersの「人間は1割」は同社のサイトの話で、他のサイトに当てはまる数字ではありません。

三つ目は、ここまで挙げた事例が「被害を受けた側」の証言に寄っていることです。クローラーを運用している側の説明や、遮断した場合に何が起きるかについては、また別の検証が要ります。

そのうえで、ナッシュ氏の話でいちばん引っかかるのは、被害額でも技術的な詳細でもありません。個人や小さなチームが長年かけて積み上げてきた、古いコードで動いている無料のサイト——ネットにはそういうものが山ほどあります。The Numbersは本業が別にあったので生き延びました。そうでないところは、まだ数えられていないだけかもしれません。

出典

What just happened to TheNumbers.com should worry us all(Stephen Follows/2026年7月22日・ブルース・ナッシュ氏への取材記事)

The Numbers(公式サイト/2026年3月11日の告知「The new The Numbers」を含む)

How Film Industry Data Website The-Numbers.com Got Mauled By Bots(Hackaday/2026年7月25日)

The crawl before the fall… of referrals(Cloudflare・巡回数と送客数の比率について)

コメント

タイトルとURLをコピーしました