宇宙服もパラシュートも布なのに、工学部で裁縫を教えないのはなぜか

テクノロジー
スポンサーリンク

宇宙服は、縫ってつくられている。パラシュートも、ヨットの帆も、炭素繊維を樹脂で固めた部品も、もとをたどれば布か布状の素材を切って、重ねて、留める作業でできあがっている。導線を織り込んだ電子繊維(eテキスタイル)のように、布そのものが回路になっている製品もある。

それなのに、工学系の学位課程で型紙の引き方や縫い方を習ったという話は、まず聞かない。この食い違いを正面から取り上げた講演が7月にイギリスであり、技術系ブログのHackadayが7月28日に紹介したことで、コメント欄を含めて議論が広がっている。

先に断っておくと、これは新しい研究成果の発表ではない。現場を知る一人が投げかけた問題提起であり、答えが確定した話ではない。

舞台衣装の現場から出た問い

講演したのはエイミー・ジェスキンズ(Amy Jeskins)氏。地方劇場やツアー公演、オペラ、ロンドンのウエストエンドの舞台で、衣装をつくったり、公演中の衣装まわりを取り仕切ったりしてきた人だ。

舞台はイギリスのイーストナーで7月16日から19日まで開かれた Electromagnetic Field(EMF)2026。技術好きが野外に集まって話を持ち寄る、キャンプ形式のイベントだ。ジェスキンズ氏の枠は3日目の7月18日、土曜の午後2時10分から33分間。録画はカオス・コンピュータ・クラブの動画サイトで、クリエイティブ・コモンズ(CC BY-SA 4.0)のもとに公開されている。

タイトルは「3D Modelmaking “for girls”」。日本語にすれば「”女の子向け”の3Dモデリング——見落とされてきた工学的技能としてのパターンカッティング」といったところになる。引用符付きの「女の子向け」が、この講演の狙いを先に示している。

告知文が並べている問いはこうだ。衣服や衣装をつくる、型紙を引く、縫うという作業には、具体的に何が含まれているのか。そして、なぜそれが工学系・技術系の学位課程のカリキュラムに載っていないのか。型紙づくりは歴史のなかでどう変わってきたのか。なぜ多くの人がそれを「女の仕事」と見なすのか。どこまでが手仕事で、どこからが芸術で、どこからが工学なのか。

立体を平面に開くという難問

まず技術の話から。型紙というのは、体という立体を、布という平面に開いた設計図だ。

ここで幾何学の厄介な性質が効いてくる。曲がった面は、歪みなしに平面へ開くことができない。オレンジの皮をむいてテーブルに押しつけると、必ずどこかが裂けるか重なる。世界地図の図法がどれも面積か形か方角のどれかを歪ませてしまうのも、まったく同じ理由だ。

人体は、肩も胸も背中も尻も、曲面の集まりでできている。だから平らな布をそのまま巻きつけると、あちこちに余りとつっぱりが出る。これを処理する代表的な手がダーツ——布から細い楔形(くさびがた)を抜き取って、その口を縫い合わせる操作だ。抜いた分だけ布が引き寄せられて、平らだった面が立体的に曲がる。どこにどれだけの楔を入れるかで、仕上がりの形が決まる。

板金加工で立体を展開図に開く作業も、解いている問題はこれと同じだ。ただし布には、金属にない条件がもう一つ加わる。伸びる方向が決まっているのだ。織物は縦糸と横糸で組まれているので、糸に沿った方向にはあまり伸びず、糸に対して斜め45度——バイアスと呼ぶ——に引くとよく伸びる。だから型紙には、この紙を布のどの向きに置いて裁つのか、という指定まで書き込まれる。

体という曲面をどこで分割し、継ぎ目をどこに置き、布目をどの向きに通すか。形の展開と、材料の異方性(方向によって性質が変わること)を同時に扱う設計になっている。講演が「これは工学だ」と言っているのは、この部分だ。

型紙づくりの二つの流儀と現代のCAD

Hackadayの紹介によれば、講演は自身の仕事の例を見せたあと、仕立てと型紙づくりの歴史をたどり、二つのやり方を扱っている。

一つは平面裁断。採寸した数値をもとに、紙の上で直接、製図する。決まった比率と作図の手順があり、寸法から線を起こしていく。

もう一つが立体裁断、いわゆるドレーピングだ。人台(じんだい)と呼ぶマネキン状の台に布を直接あて、ピンで留めながら形をつくり、できあがった立体を外して平面に写し取る。実物を先につくって、あとから展開図を起こす——リバースエンジニアリングに近い順序と言っていい。

そして現在は、衣服用のCADがある。画面上で型紙を引き、サイズ違いへの展開まで扱う。板金屋がCADで展開図をつくるのと、構図としては変わらない。呼び名まで似ていて、鋳造で使う型を設計する仕事も、英語では同じく pattern making と呼ばれている。

月面に立った手縫いの宇宙服

布の仕事が工学かどうかを考えるとき、いちばんわかりやすい例がアポロ計画の月面用宇宙服A7Lだ。

この服をつくったのはILCドーバー社(当時のインターナショナル・ラテックス社)。ブラジャーやガードル、おむつカバーを Playtex ブランドで売っていた会社の一部門である。縫ったのも、それまでブラジャーやガードルを縫っていた人たちだった。近隣の衣料メーカーや鞄メーカーから移ってきた人もいる。

A7Lは21層の素材を重ねた服で、自動機械には任せられないと判断され、ミシンを使った人の手で組み立てられた。要求された精度は厳しく、縫い目が1ミリに満たないずれで検査を落ちたと伝えられている。完成間近のごわついた服は普通のミシンには入らないため、アームと台を延長した特注機が用意された。「ビッグ・モー」「スイート・スー」というあだ名まで付いていたという。

興味深いのは、縫い手の意見が設計に反映されていたことだ。当時の縫製担当者は後年の取材に、技術者たちはとても近くで一緒に作業していて、これは自分たちには無理が大きいと伝えると別のやり方を探してくれた、と語っている。

月に人を立たせた工学プロジェクトの、最後の工程は被服の技能そのものだった。それでも「宇宙服の縫い方」が工学教育の題材として並ぶことは、ほとんどない。

「女性の仕事」という枠づけ

ここからが講演の中心で、Hackadayの筆者ジェニー・リスト氏がいちばん興味深いとしている部分でもある。

ジェスキンズ氏の説明が指しているのは、技術的な理由ではなく社会的な理由だ。型紙づくりが「女の仕事」というラベルを貼られた技能になったために、本来置かれるべき場所——つまり工学——に置かれなくなった、という筋書きである。講演タイトルの「”女の子向け”」が引用符に入っているのは、そのラベルをそのまま引いて見せているからだ。

リスト氏はこれを受けて、ハッカースペース(工具や機材を共有する市民の工作場)には裁縫室を置くべきだと書いている。裁縫室のある場所では、電子工作の側から布に入っていく人も、布の側から電子工作に入っていく人も見てきた、というのがその理由だ。

講演に寄せられた異論

この話が結論ではなく主張であることは、Hackadayのコメント欄を見るとよくわかる。賛否がはっきり分かれている。

賛成寄りの声としては、飛行服や宇宙服をつくるには繊維の知識が要るはずだという指摘や、複合材の積層、パラシュート、帆、テント、バックパック、家具の張りと、布を使う工学製品はいくらでも挙がるという書き込みがあった。実務からの報告もある。ある開発者は、変わった形の入れ物を丈夫な化繊生地でつくろうとしたが、3Dの形から平面の型紙を出してくれるツールが見つからず、CADでつくった立体を自前のコードで平面パネルに包み直すところから手をつけた——しかも応力が一定以下に収まるように、と書いている。

一方、異論もはっきりしている。工学の学位は職業訓練ではない、という反論がその一つだ。板金加工と同じで、卒業生に期待されるのは「そこに専門技能がある」と知っていることであって、その道の職人になることではない、という理屈である。ジェンダーではなく経済の問題だという見方もあった。服の価値のうち工学的な性能が占める割合は小さく、耐久回数や耐荷重を基準に服を買う人はほとんどいない、という主張だ。型紙づくりはすでに独立した専門課程を持つ技能体系だ、という指摘もある。立体裁断は要するに位相幾何学(トポロジー)の演習なので、置くなら数学科ではないか、と書いた人もいた。

日本の家庭科と繊維系学部

ここまではイギリスとアメリカの話だ。日本の工学教育で型紙がどう扱われているかについて、この講演は何も論じていない。ただ、日本の側で確かめられる事実はいくつかある。

学校教育から見ると、日本では高校の家庭科が1973年から女子のみの必修だった。転機は1985年の女子差別撤廃条約の批准で、これを受けて1993年に中学校の技術・家庭科が、1994年に高校の家庭科が男女必修になっている。縫うことを誰が習うのかが制度として性別で分けられていた期間が、それなりに長く続いていたことになる。

一方で、日本には繊維を名前に冠した工学系の学部が今もある。信州大学繊維学部は、先進繊維・感性工学科、機械・ロボット学科、化学・材料学科、応用生物科学科という構成で、素材の開発から製品の評価までを扱っている。1910年設立の上田蚕糸専門学校を前身とする学部だ。「布は工学部にない」という言い方が、そのまま日本に当てはまるわけではない。

もっとも、そこで中心に置かれている繊維の工学と、講演が問題にしている型紙づくりの技術は、重なりつつも同じものではない。素材や製品の性能を扱う分野は日本にも根づいているが、立体を平面に開く設計技術が工学としてどこまで教えられているかは、また別に確かめる必要がある。

解釈上の留意点

この記事のもとになっているのは、査読を経た研究ではなく、現場を知る一人の講演と、それを紹介したブログ記事だ。「ジェンダー化されたから工学から外れた」という因果関係は、講演の主張であって、統計や史料で確定した定説ではない。実際に、職業訓練と学位の役割分担、産業構造、賃金水準といった別の説明を挙げる人もいる。

講演の告知には「ほんの少し性差別の話が出ます」という内容注記が付いている。33分の録画がクリエイティブ・コモンズで公開されているので、論旨を自分で確かめたい場合はそちらが早い。

出典

Hackaday「Why Is Textile Work Not Taught To Engineers?」(Jenny List、2026年7月28日)

media.ccc.de:講演録画「3D Modelmaking “for girls” – The overlooked engineering skill of pattern cutting」(Amy Jeskins、CC BY-SA 4.0)

Electromagnetic Field 2026 スケジュールページ

Threads Magazine「The Seamstresses Behind the Apollo Spacesuit」

The MIT Press Reader「The Bra-and-Girdle Maker That Fashioned the Impossible for NASA」

国立女性教育会館 テーマ展示「家庭科の男女必修から20年」

信州大学繊維学部

コメント

タイトルとURLをコピーしました