「廃棄品」と押されたアポロの部品を、半世紀後に測り直す

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アポロ計画で使われるはずだった部品に、「Scrapped Module(廃棄品)」と大きな印が押されたまま残っていました。ところが、なぜ不合格になったのかを書いた記録は、どこにも見当たりません。この部品を手に入れたマイク・スチュワートさんが、当時の検査手順書を資料庫から掘り出して測り直したところ、常温で静止した状態ではひととおり正常に動きました。動くのに弾かれた部品に、何があったのか。半世紀以上前の記録と現物を突き合わせていく調査の話です。

「廃棄品」の刻印

調べたのはマイク・スチュワートさん。アポロ誘導コンピュータ(AGC)を実際に動く状態まで復元したチームの一員で、AGCの回路をFPGA(書き換えのできるIC)の上に丸ごと再現してしまったことで知られる人です。そのスチュワートさんの手元に、アポロ時代のモジュールが1個やってきました。

表面には「Scrapped Module」、つまり廃棄品の印。さらに「For engineering use only(技術用途に限る)」という表示もあります。飛行用としては失格、地上で使う分にはよい、という扱いです。ところが、製造元のレイセオン社が行った受け入れ検査で何が引っかかったのかは、記録として残っていません。判定だけがあって、理由がない。

配線を織って作るメモリ

この部品が何をするものかを説明する前に、AGCのメモリの話をしておきます。

AGCは、アポロ宇宙船に積まれた誘導用のコンピュータです。重さは約32キログラム、大きさは1立方フィート(約28リットル)に満たない箱でした。その中に、書き換えのできる記憶が2048ワード、書き換えのできない記憶が36,864ワード入っています。プログラムが収められていたのは後者で、これが「コアロープメモリ」と呼ばれるものです。1ワードは16ビットなので、プログラム全体でおよそ72キロバイト。いまのスマートフォンで撮る写真1枚のほうが、はるかに大きい容量です。

コアロープの作りは、名前のとおり織物に近いものです。ドーナツ形の小さな磁性体(コア)を並べ、そこに細い線を通していきます。ある線がコアの穴を通っていれば1、コアを避けて外側を回っていれば0。配線の通し方そのものが、プログラムの中身になります。コア1個には192本もの線が通ったり避けたりしていて、コア1個で12ワード分を蓄えていました。モジュール1個あたりコアは512個、使われる線の長さは合わせて800メートルほどになります。

この織り込みは、マサチューセッツ州ウォルサムにあったレイセオンの工場で、人の手で行われました。中空の針に線を通し、機械が位置決めしたコアへ一本ずつ手で通していく作業です。担当したのは、地元の繊維産業や、精密な部品づくりで知られたウォルサム時計会社から採用された女性たちでした。モジュール1個を織り上げるのに8週間ほど、費用は当時のお金で1万5000ドルほどかかったとされています。

できあがってしまえば、書き換えはできません。だからアポロでは、飛ぶ何か月も前にプログラムを確定させる必要がありました。打ち上げ直前の手直しという選択肢が、そもそも存在しなかったわけです。

ロープドライバーモジュールの役割

今回のモジュールは、このコアロープを読み出す側の回路です。AGCの内部は「トレイA」「トレイB」という2段の引き出しに分かれていて、メモリまわりの回路はトレイBに入っています。その中のB16とB17という位置に、同じ形のロープドライバーモジュールが2個収まっていました。スチュワートさんが手に入れたのは、この位置に入るタイプのものです。

役割は、コアの磁化をひっくり返すための、大きな電流のパルスを作ることです。最大で450ミリアンペア。読み出したいコアを1個だけ選び出すための「抑制」信号を16本、それにコアをセットする信号を2本、リセットする信号を4本つくり出します。

ここで難しいのは、大きな電流を流しながら、同時に静かでいなければならない点です。コアから返ってくる信号はごく小さく、パルスの立ち上がりが乱暴だと、そのノイズに埋もれてしまいます。そこでロープドライバーにはコイルが入っていて、パルスの形をなだらかに整えています。抵抗も、狙った電流がちょうど出るように1本ずつ選んで組み込まれていました。検査が厳しかった理由は、このあたりにあります。

資料庫に眠っていた受け入れ検査の文書

やっかいなのは、モジュールの中身が見られないことです。飛行用の機器は打ち上げの振動に耐えられるよう、部品ごと樹脂で固めてしまいます(ポッティングといいます)。今回のモジュールも固められていて、外から中の様子をうかがうことはできません。

手がかりになったのが、当時の受け入れ検査の文書でした。NASAの資料はマイクロフィルムのカードとして保管されていて、その一部がスキャンされ、インターネット・アーカイブで公開されています。B16-B17のモジュール用の文書も、その中にありました。どのピンとどのピンの間で何を測るか、そのとき出るべき値はいくつか、といったことが一覧になっていて、回路図と機械図面も付いています。中を開けずに中身を推し量るには、これ以上ない資料です。

壊さない範囲での再測定

ただし、当時の受け入れ検査をそのままなぞるのは無理があります。テスターを当てて電圧や静電容量を測るだけでなく、温度と電圧を上下の限界まで振ったり、振動をかけたりする項目が含まれているからです。装置をそろえるのが大変というだけでなく、半世紀以上前の一点物を壊しかねません。

そこでスチュワートさんは、常温・静止のまま、テスターで測れる範囲に絞って検査をやり直しました。この条件では本来の不具合を再現できない可能性がありますが、まずは測れるところから、という判断です。

結果は、ひととおり正常。文書に書かれた値と照らして、大きく外れているところはありませんでした。唯一見つかったのは、出力のいくつかの系統で校正がずれていた点です。ただ、それが不合格の原因になった元々の欠陥なのか、それとも半世紀以上たったことによる変化なのかは、修理の記録が残っていない以上、判断がつきません。

封止材に残る開封の痕跡

もうひとつの手がかりは、モジュールの表面そのものにありました。固めた樹脂の何か所かに、あとから掘り返したような跡が残っていたのです。

当時、モジュールに不具合が見つかると、原因を突き止めるために樹脂を開けて中を調べるのが普通でした。つまりこの跡は、誰かがこのモジュールを開けて診断し、場合によっては直した痕跡ということになります。スチュワートさんは、跡のある位置を回路図と突き合わせ、どのあたりの部品に手が入ったのかを推測しています。

そう考えると、「For engineering use only」の表示にも説明がつきます。いったん開けて手を入れたものを、人が乗る機体には積まない。かわりに地上の試験用として使う。飛ばずに残った理由は、そういうことだったのだろう、というのがスチュワートさんの見立てです。

ちなみに、不合格の理由はいつも技術的なものとは限りません。運ぶ途中で誰かが落としてしまった、という理由で弾かれるモジュールもあったそうです。

図表に紛れていた誤記

調査のついでに、当時の文書そのものの間違いも見つかっています。検査手順書の表4-2で、入力ピン269に対する出力ピンが169番と書かれているのですが、正しくは168番。169番はシャーシのアース(接地)に使われているピンで、そこに出力が出るはずがありません。おそらく、あとの版では直っているのだろうとされています。

人を月へ送るために何重にも点検されたはずの文書にも、こうした抜けはあった。現物を測ってみたからこそ見つかった一点です。

解釈上の留意点

前提として押さえておきたいことが、いくつかあります。

まず、これは個人による調査であって、公的な鑑定ではありません。査読を受けた論文でもなく、本人が動画で経緯と結果を公開している、という形です。

次に、「開けた跡がある」という判断も、樹脂の表面を見たうえでの本人の見立てです。修理の記録が残っていない以上、本当に開けられたのか、開けたとして何を直したのかは確かめようがありません。

そして、今回の検査は当時の項目をすべて再現したものではありません。温度と電圧の限界も振動も試していない以上、言えるのは「常温で静止していれば動いた」というところまでです。不合格の理由が、今回の条件では表に出てこないところにあった可能性は十分に残っています。

出典・もっと知りたい人へ

元記事:Re-Testing An Apollo Guidance Computer Module That Failed Certification Testing(Hackaday、2026年7月27日)

調査の様子を収めた動画(マイク・スチュワート氏、YouTube):https://www.youtube.com/watch?v=-VzQMX-DoDI

受け入れ検査文書(インターネット・アーカイブで公開されているNASAのマイクロフィルムカード):Aperture Card Box 459

コアロープメモリとロープドライバーの詳しい解説:Software woven into wire: Core rope and the Apollo Guidance Computer(Ken Shirriff’s blog)

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