チョルノービリ(チェルノブイリ)原発の4号炉と聞いて、多くの人がまず思い浮かべる写真があります。暗い部屋の隅に、黒くしわの寄った岩のようなものが盛り上がっていて、その手前に防護服の人影がぶれて写っている一枚です。この黒い塊は「象の足」と呼ばれ、「世界でいちばん放射能が強い物体」として長く語られてきました。
ところが、この物体をめぐる話は、有名になった筋書きとはかなり違います。象の足は炉内に残る溶けた燃料のごく一部で、しかも露出している塊のなかでは危険度が低いほうに入ります。そして40年がたったいま、あの黒いガラス質の岩は、さびた色の粉に崩れかけています。2026年9月15日にHackadayが取り上げた解説動画をきっかけに、象の足の現在と、炉内に残ったものをどう片づけるのかを整理してみます。
溶けた炉心が固まった「コリウム」
1986年4月26日、4号炉は試験中の操作ミスと安全装置の解除が重なって暴走し、蒸気爆発で原子炉のふたが吹き飛びました。炉心の核燃料はそのまま溶け落ち、燃料を包んでいたジルコニウム合金の被覆管、原子炉下部の鋼材や蛇紋岩、それに建屋のコンクリートや砂を巻き込みながら、溶岩のように建屋の下へ流れていきました。
こうして核燃料と建材が混ざって固まったものを「コリウム」と呼びます。原子炉が溶け落ちる事故でしか生まれないため、地球上でまとまった量が存在する場所はごくわずかです。4号炉はその代表例で、研究者のあいだでは「溶岩状燃料含有物質(LFCM)」という長い名前でも呼ばれています。
コリウムの流れは一本ではありませんでした。まず原子炉の直下の部屋にたまり、そこから一部は蒸気配管を通って下の階へ落ちて「大きな縦の流れ」「小さな縦の流れ」になります。別の一部は厚さ2メートルの鉄筋コンクリートの壁を溶かして横に抜け、廊下の床を伝い、ケーブルを通すための穴から一段下の廊下へ流れ落ちました。この「横の流れ」の末端で、地上から6メートルの高さの廊下の隅に固まったのが、象の足です。

線量計が壊れた発見の経緯
象の足が最初に「見つかった」のは、事故から2か月後の1986年6月です。ただし、このとき見つけた2人の測定担当者は、自分たちが何を見つけたのか分かっていませんでした。原子炉から離れた地上階の廊下で線量計の針が上がり、上の階へ続く階段をのぼっていくと、最大3000レントゲン毎時まで測れる線量計が振り切れて壊れました。2人は線量計を階段に置いたまま引き返しています。
正体が分かったのは同じ年の12月です。別の測定担当者が原子炉の直下の部屋を目指して建屋に入り、途中で階数を数え間違えて一つ下の階に出ました。コンクリートで埋まった廊下をはい抜けた先で線量計が跳ね上がり、廊下の突き当たりに黒くつややかな塊が見えたといいます。こうして写真家が送り込まれ、12月末に最初の写真が撮られました。
発見当時、象の足の表面の線量は8000〜10000レントゲン毎時と記録されています。そばに数分いれば致死量に達する強さで、「そばに立つと数分で死ぬ」という有名な言い回しは、この時期の数字から来ています。
ドリルが効かず、銃で撃った試料採取
ソ連の技術者が次にやろうとしたのは、この物質の正体を調べるために試料を取ることでした。ところが、人が近づけない以上、遠隔操作の台車にドリルを載せて削るしかなく、そのドリルが表面にまったく歯が立ちませんでした。
最後に取られた手段が、射撃です。狙撃の腕を持つ人物が呼ばれ、カラシニコフ系の自動小銃で徹甲弾を撃ち込んで表面をはじき飛ばし、その破片を回収しました。前例のない物質を前にして、手元にある道具で何とかするしかなかった時代の話です。
その破片を分析した結果、象の足は思われていたような「燃料そのもの」ではありませんでした。大半は溶けた砂やコンクリート由来のケイ素酸化物で、そこにウランやジルコニウム、鉄、カルシウムなどの酸化物が混ざった黒いガラス質のセラミックです。黒いのは巻き込まれた黒鉛のためで、燃料の粒は全体の数パーセントほどです。
いちばん有名で、いちばん危険ではなかった
ここが、この話の芯です。象の足は「世界でいちばん危険な物体」という呼ばれ方で広まりましたが、実際にはそうではありません。
まず、量の問題があります。象の足は4号炉に残るコリウム全体のごく一部で、原子炉の直下の部屋や「縦の流れ」の先には、これよりはるかに大きく、燃料をより多く含む塊が残っています。業界誌World Nuclear Newsの報道では、旧シェルターの中に約200トンの高放射性物質が残ると見積もられています。
次に、線量の問題です。発見時の8000〜10000レントゲン毎時という数字は、事故から8か月というごく早い時期のもので、半減期の短い核種が多く残っていました。1989年には表面で最大1100レントゲン毎時に、2000年ごろの測定図では700レントゲン毎時に下がっています。しかも、炉内から回収された溶けた金属のほうが、コリウムより強い放射線を出していたことも分かっています。象の足は、露出しているコリウムのなかでは危険度が低いほうでした。
そして、象の足自体が形を保てなくなってきています。内部の放射性物質が壊れていくにつれてガラス質の構造がもろくなり、1998年には表面が粉になり始め、ひび割れが目立つようになりました。2021年の報告では、手触りが砂に近いと表現されています。度重なる試料採取や、新しい覆いができる前の風雨も、崩れを早めました。Hackadayの記事が伝える現在の姿は、さびたような色の粉の山です。

ただし、粉になったから安全になった、という話ではありません。表面の線量は下がっても、セシウム137などの核分裂生成物からのガンマ線は残っています。それ以上に、象の足は質量の1割ほどがウランで、これはアルファ線を出す物質です。アルファ線は皮膚を通り抜けられませんが、粉として吸い込むと体の内側から強く働きます。岩だったころには考えなくてよかった「舞い上がる粉」という問題が、新たに生まれたことになります。
新しい覆いの下で進む片づけの準備
事故直後に急造された覆い、いわゆる「石棺」は、もとから長持ちする構造ではありませんでした。2016年11月、その上に高さ108メートル、幅257メートル、重さ3万6000トンの巨大なアーチ「新安全閉じ込め(NSC)」がレールの上を滑って据え付けられました。設計寿命は100年で、放射性物質を閉じ込めるだけでなく、内側で古い石棺を解体し、その先でコリウムを取り出すための作業場という役割を持っています。
片づけは段階を踏んで進む計画です。まず崩れる危険が高い石棺の構造物を解体する必要があり、ウクライナの規制当局はその完了期限を2029年10月末としています。コリウムそのものの回収と最終処分は、その先の段階です。ただ、2025年2月にNSCの屋根が無人機の攻撃で損傷し、密閉と換気の機能が損なわれました。EBRDは復旧に少なくとも5億ユーロが必要で、2030年までに完全な機能を回復させる必要があるとしています。放射線量は通常の範囲にとどまっているとされますが、工程には影響が出ています。
建屋の中を進まず、横から切って取りに行く
では、コリウムはどう取り出すのか。Hackadayの記事がもとにした解説動画で示されているのは、1980年代の技術者たちがつまずいた道を最初から通らない、という筋です。
4号炉の内部は、爆発で崩れた廊下や階段に加えて、石棺を安定させるために流し込まれたコンクリートで多くの通路がふさがれています。人が入れないうえに、ロボットを走らせるにも道がありません。そこで検討されているのが、建屋の外壁を切って横穴を開け、そこからロボットが直接コリウムのある部屋に入るというやり方です。つまり、建物の構造をたどるのではなく、目当ての物質がある場所の真横まで壁を切り進んで、取って戻る。1980年代に台車のドリルが立ち向かった同じ物質に、40年後は入り口そのものを作り直して向き合うことになります。
この方法は動画の中で紹介されている構想で、確定した工法として公式に発表されているものではありません。それでも、NSCの目的として掲げられている「コリウムの回収・特性評価・圧縮・梱包」を実際に進めるなら、なんらかの形で「中を通らずに近づく」設計が必要になるのは確かです。
有名な写真の先にあるもの
象の足の写真が多くの人に知られているのは、それが「見える形」で残った数少ないコリウムだからです。炉心直下の大きな塊は、写真になりにくい場所にあります。結果として、いちばん撮りやすかったものが、いちばん危険なものとして語られるようになりました。
いまの象の足は、崩れた粉の山で、表面の線量も発見当時の何分の一かに下がっています。一方で、その粉が舞い上がる危険と、写真には写らなかった数百トンの塊は、これから取り出さなければならないものとして残っています。40年前に銃で試料を取るところから始まった作業は、まだ準備の段階にあります。
出典:Sampling The Elephant’s Foot And Chornobyl’s Tedious Corium Clean-up(Hackaday、2026年9月15日)/New safe confinement(チョルノービリ原子力発電所 公式サイト)/Making Chornobyl safe(欧州復興開発銀行)/Chernobyl gets six-year extension for work on original shelter(World Nuclear News、2023年12月)/Elephant’s Foot (Chernobyl)(Wikipedia英語版)


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