誤り訂正を持たないDNA計算機は、なぜ正しい答えに落ち着くのか

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塩水と熱だけで動く計算機

アイルランドのメイヌース大学が、DNAでできた計算機を作りました。材料は、短いDNAの断片がたくさんと、それより長いDNAが1種類、あとは塩を含んだ水です。これを試験管に入れて80℃まで温め、ゆっくり冷ます。作業はそれで終わりで、冷めたころには足し算や掛け算の答えが出ています。試料の量は1回あたり35マイクロリットル、水滴ひとつぶんです。

電源も配線もありません。DNAの断片どうしが水の中でくっついたり離れたりしているうちに、ある決まった並び方に落ち着きます。その並び方が答えです。研究を率いたダミアン・ウッズ教授は、分子が作用し合って構造ができ、その構造が答えなのだと説明しています。

論文は2026年9月16日付で科学誌『Nature』に掲載されました。装置の名前は「Scaffolded DNA Computer」、略してSDC。直訳すれば「足場つきDNA計算機」です。著者は同大学ハミルトン研究所の5人で、筆頭はトリスタン・ステラン博士とアビール・エシュラ博士の2人。ほかにコンスタンティン・エヴァンス博士、学部生のジャネット・アディオさん、ウッズ教授が名を連ねています。

海外の報道では「DNAオリガミを使った計算機」と紹介されることもありますが、ここは少し補足が要ります。DNAオリガミは、長いDNAを足場にして短いDNAで留め、ナノサイズの形を作る技術で、2006年に発表されました。SDCが借りたのは「長い足場に短い断片を大量に入れると、放っておいても組み上がる」という原理のほうです。論文も、DNAオリガミ自体には計算という考え方がないと断っています。SDCの足場は折り畳まれず、1本の線のまま使われます。

足場に並んだ断片が答えになる仕組み

足場のDNAには、端から順に「席」が用意されています。席ごとにDNAの配列が違うので、1番目の席に座れる断片、2番目の席に座れる断片は決まっています。

ひとつの席には、候補の断片が複数用意されます。足し算のプログラムなら各席に2種類で、「下の桁から繰り上がりが来なかった場合」の断片と「来た場合」の断片です。断片の左右の端には、隣の断片と手をつなぐための短い配列がついています。繰り上がりの有無が隣と合っているときだけ、端どうしがぴったりつながります。

論文に出てくる例は「10+3」です。2進数にすると1010と0011で、4桁なので席は4つ。いちばん下の桁は0と1を足して1、繰り上がりなし。次の桁は1と1で0、繰り上がりあり。その繰り上がりを受け取った3桁目は0+0+1で1。最後の桁は1+0で1。並べると1101、つまり13です。

試験管の中では、この筋道を誰かが順番にたどるわけではありません。4つの席にそれぞれ断片が座り、隣と端が合わなければ別の候補と入れ替わる。それがあちこちで同時に起きます。隣どうしの食い違いがひとつもない並び方は1通りしかなく、それがいちばん安定なので、最終的にそこへ落ち着きます。答えは蛍光で読み取ります。読みたい桁に目印をつけておき、光が強ければ1、弱ければ0です。

チームはこの方式で10種類のプログラムを動かしました。足し算のほか、3倍する、3進数を2で割る、8ビットの入力に1が奇数個あるかを調べる、カッコの対応が取れているかを判定する、といったものです。プログラムを変えるときは、あらかじめ合成しておいた断片のストックから、使う組み合わせを選び直します。実験で行った計算は合わせて700回を超えます。

30秒の足し算と14時間の足し算

標準の手順では、80℃から20℃まで3時間かけて冷まします。4席の足し算の場合、正しい並びができた割合は、対照実験と比べた見積もりで平均96.7%でした。

冷ます時間はもっと縮められます。80℃から55℃まで1分足らずで一気に下げる方法でも、0と1ははっきり見分けられました。大学の発表によると、10+3は30秒で答えが出ています。論文はこれを、意味のあるDNA計算としてはこれまでで最速で、研究室の装置が温度を下げられる限界の速さだとしています。ただし急いだぶん精度は落ちて、1分の時点での足し算の値は平均82.4%でした。

反対側の端にあるのが、25ビットどうしの足し算です。25ビットあれば3,355万あまりまでの数を表せます。足場は25席に伸び、素材もM13というウイルス由来のDNAに変わりました。DNAオリガミで定番の足場ですが、計算用に設計された配列ではないため、席ごとに断片のくっつきやすさが大きくばらつきます。入力50ビット、繰り上がり25ビット、答え25ビットを合わせて、チームはこれを「100ビットの計算」と呼んでいます。

この規模になると、答えが出るまで最長14時間かかりました。ここで時間を決めているのは、数の大きさではありません。足し算の各桁は、繰り上がりをそこで止める桁と、上へ渡してしまう桁に分かれます。渡す桁が何桁も続くと、途中の間違いが遠くまで伝わって直りにくくなります。渡す桁の連続が4桁までの入力なら1時間ほど、5桁続く入力で14時間でした。25ビットの数の組み合わせのうち84%以上は、この5桁以内に収まります。

誤り訂正を持たないという設計

ふつうの計算機は、間違いを防ぐためにエネルギーを使い続けています。電子回路は電圧をかけ続けて0と1を保ち、エラー訂正の回路も抱えています。これまでのDNA計算機も事情は似ていました。反応を決まった順序で進ませる設計が多く、意図しない反応が漏れ出さないように、DNAの精製や細かな温度管理、同じ情報を重ねて持たせる工夫が必要でした。

SDCはここを逆にしています。正解の並び方が、いちばんエネルギーの低い安定な状態になるように、あらかじめ配列を設計しておく。あとは系が平衡、つまりそれ以上変化しない落ち着いた状態へ向かうのに任せます。間違った断片が席に着くことは、最初からいくらでも起きます。けれど間違った並びは隣との結合が弱いぶん不安定で、そのうち外れて別の候補と入れ替わります。断片は足場の10倍の濃度で入れてあるので、代わりは水の中にいくらでもあります。

誤りを見つけて直す係はどこにもいません。間違いのほうが長く居られないだけです。ウッズ教授が強調するのもこの点で、エネルギーを注ぎ続けなくても系が自分で答えにたどり着く、と述べています。

この設計は、実験の雑さに強いことも分かりました。断片のほとんどは精製していない合成DNAのままで、反応の道筋も指定していません。論文には、プレートに入れたまま1年半置いて一部が乾いてしまった試料に、水を足してもう一度実験した、という記述まであります。3倍するプログラムと奇数偶数を調べるプログラムのデータは、その試料で取ったものだそうです。

同じ試験管を使い回すこともできます。前の入力を打ち消すDNAと新しい入力のDNAを0.2マイクロリットルだけ足して、もう一度温めて冷ます。1ビットをそのまま写すいちばん単純なプログラムでは、0と1を交互に入れ替えながら25回続けて計算できました。1回あたり12分です。足し算では9回、数を数えるプログラムでは24回まで確かめられています。

シリコンと競わない計算機の行き先

速さの話をすれば、シリコンの相手にはなりません。エシュラ博士も、シリコンほど速くはないし、そうするつもりもない、ただDNA計算機のなかでは最速だ、と話しています。

「エネルギーの要らない計算機」と受け取るのも行きすぎです。計算のたびに80℃まで温める熱が要りますし、1,500種類を超えるDNA断片を合成する手間もかかっています。論文自身がこうしたコストを挙げたうえで、規模を広げるにはさらに最適化が要ると書いています。25席の足場で1ビットを端まで写す実験では、14時間かけても正しくできた割合は59%でした。足場が長くなると、まだ苦しいのが実情です。

チームが見ている使い道は別のところにあります。大学の発表は、長期のデータ保存、省エネルギーの計算、そしていずれは細胞の中で働いて病気を検知するような分子システムを挙げています。細胞の中は、配線も電源もなく、濃度をきっちりそろえることもできない場所です。精製していない材料でも、乾きかけた試料でも答えにたどり着くという性質は、そういう環境で意味を持ちます。論文は、同じ原理をRNAやタンパク質で組む可能性にも触れています。もっとも、今回の実験はどれも80℃まで温めるところから始まっています。細胞の中で使うには、温めずに答えへたどり着かせる方法が別に要ります。

ウッズ教授は、アイルランドでは電力の23%が計算とデータ保存に使われていると指摘し、私たちは1種類の計算機しか見てこなかったが、脳のように別の例は身近にある、と語っています。メイヌース大学のDNA計算研究は、欧州イノベーション会議(EIC)から400万ユーロの助成を受けた「DISCO」プロジェクトに支えられています。教授自身は今回の成果を「ブルースカイ・サイエンス」、つまり使い道を先に決めずに進める基礎研究だと位置づけています。

電子計算機の計算は、電気を流しながら手順を1つずつ進めるものです。SDCがやっているのは、答えがいちばん安定な形になるように材料を用意して、あとは冷めるのを待つことです。できるのはまだ試験管1本ぶんの足し算ですが、「計算する」の中身が入れ替わっている点は、数字の小ささとは分けて見ておきたいところです。

出典

Stérin, T., Eshra, A., Evans, C. G., Adio, J. & Woods, D. “A thermodynamically favoured molecular computer”, Nature 657, 646–652(2026年9月16日公開、オープンアクセス)
https://www.nature.com/articles/s41586-026-10996-5

メイヌース大学プレスリリース “MU researchers build world-first DNA computer, published in Nature”(2026年9月16日)
https://www.maynoothuniversity.ie/news-events/mu-researchers-build-world-first-dna-computer-published-nature

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