
| 名前 | オルソセラス(Orthoceras)。ギリシャ語で「まっすぐな角」の意味 |
| 分類 | 頭足類 オルソケラス目 オルソケラス科 |
| 時代 | 中期オルドビス紀(約4億6500万〜4億6000万年前) |
| 発見地 | スウェーデン・エーランド島、エストニアなどバルト海沿岸。北ドイツやポーランドの氷河漂礫からも産出 |
| 殻の最大直径 | 約4cm |
| 全長 | 完全な標本がなく確定していない。殻の開き角が約2度と細いため、直径4cmまで育った個体では数十cmに達した計算になる |
オルソセラスは、まっすぐな円錐形の殻を持つ頭足類のなかまです。オウムガイやイカ、タコと同じ仲間で、殻の内部は隔壁で細かく仕切られ、その中央を細い管が貫いています。土産物やインテリアとして世界中に出回っている黒い化石板の生物として名前だけは広く知られていますが、その板に並んでいる化石の大半は、この属のものではありません。
姿と暮らし
殻は先端に向かってゆっくり細くなる長い円錐で、断面は円形です。開き角は1.7〜2.9度しかなく、殻の直径が4cmになるまでには相当の長さが必要でした。表面には細かい横縞が密に走り、保存のよい標本ではその上にさらに細い縦筋が重なって、網目のような模様を作っています。この網目模様は、バルト海沿岸の同時代の直錐頭足類のなかでオルソセラス属だけが持つ特徴です。
いちばん外側の広い部屋(住房)には軟体部が収まっていました。成熟した個体の住房には、外側から見て等間隔に3本の縦長の窪みが走り、その位置で殻がわずかにくびれます。窪みの長さは個体によって1.5cmから5cmまでばらつきがあり、殻の口はくびれの先で急に広がります。この窪みの本数と配置が、近縁の種を見分ける目印になっています。
住房より奥は、隔壁で区切られた気室が並びます。各気室の高さは殻の直径のおよそ半分で、中央を通る連室細管の太さは殻径の15%ほどです。殻の先端に近い部分では、この管の内側に石灰質の沈着が見つかっています。殻の細い側に重りを付けることで、体の入った太い側との釣り合いをとり、殻を水平に保っていたと考えられています。オウムガイは殻が巻いているため気室が体の真上に来ますが、まっすぐな殻ではそうはならず、姿勢の調整に別の仕組みが必要でした。
軟体部は化石に残っていません。復元図の腕や目は現生のオウムガイを参考にしたもので、腕の本数も分かっていません。住房の奥に筋肉の付着痕が残る標本があり、殻と体がどうつながっていたかはそこから読み取られています。食性は他の直錐頭足類と同じく、小型の動物を捕らえる捕食者か腐肉食だったと見られています。
生息地は、現在のバルト海一帯に広がっていた浅い陸棚の海です。ここでは堆積物がたまる速度が極端に遅く、数千万年分の地層を合わせても厚さ150mに満たないことがあります。その薄い地層は三葉虫と直錐頭足類の化石をぎっしり含み、19世紀初めから「オルソセラタイト石灰岩」と呼ばれてきました。同じ海には三葉虫のアサフス、巻き殻のリツイテス、殻が数mに達する巨大な直錐頭足類エンドセラスがいて、エンドセラスの名前は地層の区分名にまでなっています。
名前だけが世界中に広まった
オルソセラスの名前は、リンネの命名法が始まる前から使われていました。1732年、ダンツィヒ(現在のポーランド・グダニスク)の博物学者ブレイニウスが、周辺の氷河漂礫から出るまっすぐな殻の化石にこの名前を与えています。氷河がバルト海の岩盤を削って運んできた石には、エーランド島と同じ中期オルドビス紀の化石が入っていました。正式な属名としては1789年にフランスのブリュギエールが記載し、1820年にドイツのシュロットハイムが記載した Orthoceratites regularis が、のちに属の基準種となります。
その後の1世紀で、この属名は世界中の「まっすぐな殻の頭足類」の受け皿になりました。オルドビス紀から三畳紀まで、北米、ヨーロッパ、アジア、アフリカ、オーストラリアの直錐頭足類が、殻の内部構造も調べられないまま次々とオルソセラス属に入れられ、種の数は数百に膨れ上がります。1936年にアメリカの古生物学者タイヒェルトとミラーが発表した論文の題名は「オルソセラスとは何か?」で、この時点で属の中身は分類上の意味を失っていました。
整理の起点になったのは1931年、スウェーデンのトレードソンによるバルト海産オルソセラスの研究です。トレードソンは基準種であるオルソセラス・レグラーレの殻の彫刻と住房の窪みを詳しく記載し、属の範囲をこの特徴を持つものに絞りました。1964年の『Treatise on Invertebrate Paleontology(無脊椎動物古生物学論集)』でこの狭い定義が採用され、2004年にドイツのクレーガーが約450点の標本を再検討した結果、オルソセラス属に残った種はレグラーレを含む3種だけになりました。3種とも中期オルドビス紀のバルト海沿岸産で、現在の定説では、オルソセラス属はこの地域と時代に限られた小さなグループです。
モロッコの黒い石板
土産物店や通販で「オルソセラス」として売られている黒い化石板は、ほぼすべてモロッコ産です。モロッコ南東部、アンチ・アトラス山脈のタフィラルト地方にあるエルフードやアルニフの周辺で採石され、切断と研磨を経て皿や置物、テーブルの天板に加工されて輸出されています。
この黒い石灰岩の年代は、後期シルル紀から前期デボン紀の境界付近、およそ4億2500万年前から4億1900万年前です。オルソセラス・レグラーレが生きていた時代より4000万年ほど新しく、場所も北半球のバルト海ではなく、当時は南半球の高緯度にあったゴンドワナ大陸の北縁でした。海底は酸素に乏しく、黒い色はその環境を反映しています。直錐頭足類と二枚貝の殻が大量に積み重なった層で、現地の研究でもこの層は「オルソセラス石灰岩」と通称されています。
この地方の頭足類化石は、2008年にクレーガーが1本の地層断面から2000点以上を採集して詳しく記載しています。そこに含まれていたのは52属86種で、うち17属39種が新しく記載されたものでした。中期オルドビス紀のバルト海にしかいないオルソセラス属が、この中に入る余地はありません。売られている板の化石が実際にどの属かについては、ミケリノケラス、アリオノケラス、オルソキクロケラスなどが候補に挙がっていますが、確定には至っていません。
確定できない理由は、商品化の工程そのものにあります。属を見分ける手がかりは、殻の表面の模様、住房の窪み、殻の先端の形、連室細管の内部構造といった細部にあります。石板は見栄えのする角度で殻を斜めに切り、表面を磨いて仕上げるため、これらの手がかりは切り落とされるか削り取られます。残るのは隔壁と管の断面だけで、そこから言えるのは「直錐頭足類のなかま」までです。研究者のあいだでは、こうした標本は引用符付きの「オルソセラス」と書いて、属名ではなく通称であることを示すのが通例になっています。日本語の「直角石」も同じで、まっすぐな殻の頭足類全体を指す言葉です。
この状況は、産地の名前にも及んでいます。バルト海の「オルソセラタイト石灰岩」という地層名も、オルソセラス属そのものではなく、エンドセラスなどを含めた直錐頭足類全般を指して付けられたものです。属名としてのオルソセラスは、現在ではエーランド島周辺の3種に限られます。名前が指す範囲は縮み続けましたが、通称としての「オルソセラス」は、化石を知らない人の家の棚にまで広がりました。




出典
Kröger, B. 2004. Revision of Middle Ordovician orthoceratacean nautiloids from Baltoscandia. Acta Palaeontologica Polonica 49(1): 57–74.
https://app.pan.pl/archive/published/app49/app49-057.pdf
Kröger, B. 2008. Nautiloids before and during the origin of ammonoids in a Siluro-Devonian section in the Tafilalt, Anti-Atlas, Morocco. Special Papers in Palaeontology 79: 1–110.
https://palass.org/publications/special-papers-palaeontology/archive/79/article_pp1-110
Lubeseder, S. 2008. Palaeozoic low-oxygen, high-latitude carbonates: Silurian and Lower Devonian nautiloid and scyphocrinoid limestones of the Anti-Atlas (Morocco). Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology 264: 195–209.
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0031018208002228
Fossiilid.info(エストニア地質コレクション): Orthoceras Brugière, 1789
https://fossiilid.info/1284
Wilson, M. 2013. Wooster’s Fossils of the Week: Very common orthocerid nautiloids from the Siluro-Devonian of Morocco. Wooster Geologists.
https://woostergeologists.scotblogs.wooster.edu/2013/11/03/woosters-fossils-of-the-week-very-common-orthocerid-nautiloids-from-the-siluro-devonian-of-morocco/
Squires, R. L. 2024. An orthocone nautiloid from Morocco. Paleo & Geo Topics.
http://rsquirespaleo.blogspot.com/2024/02/an-orthocone-nautiloid-from-morocco.html
Monks, N. Essential collectibles (Part 4): Orthoceras nautiloids. Deposits Magazine.
https://depositsmag.com/2016/04/29/essential-collectibles-4-orthoceras-nautiloid/


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