【白亜紀の生物】スピノサウルス – 骨を空襲で失い、いまも姿が定まらない恐竜

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名前スピノサウルス(Spinosaurus aegyptiacus)。学名は「エジプトの、トゲのあるトカゲ」の意味
分類獣脚類 スピノサウルス科
時代白亜紀後期の初め(セノマニアン、約9900万〜9400万年前)
発見地エジプト(バハリヤ)、モロッコ(ケムケム層群)、ニジェール
全長約14m(研究によって14〜16m程度の幅がある)
体重約7.4t(研究によって6〜9t前後の幅がある)
帆の高さ背骨から伸びる棘(とげ)は1.65m以上

スピノサウルスは、白亜紀後期の初めごろに北アフリカの水辺にすんでいた大型の肉食恐竜です。背中に高さ1.6mを超える帆を立て、ワニのように細長い口で魚をとらえていました。全長は14m前後と推定され、ティラノサウルスより長い体を持つ獣脚類として知られています。

1915年に記載されて以来、この恐竜の全身をまとまった形で示す骨格は一度しか見つかっておらず、その骨も1944年に失われました。以後の復元はすべて、残された図面と別の場所で見つかった部分的な骨から組み立てられたものです。復元図が研究のたびに大きく変わってきたのは、この事情によります。

姿と暮らし

頭は長さ1.5mを超え、口の先端が少し広がっています。歯は円錐形でぎざぎざの縁がなく、上下の歯列がかみ合ったときに互い違いに組み合う配置になっています。これは魚をつかんで逃がさない歯の並びで、魚食の魚竜やワニ類にも見られます。鼻の穴は口の先端ではなく、目に近い後ろの位置にあります。上あごの骨には神経の通る細かい穴が並んでおり、水面のわずかな動きを感じ取る器官があった可能性が指摘されています。

いちばんの特徴は背中の帆です。胴体の背骨から真上に伸びた棘が皮膜でつながり、背中に大きな板状の構造を作っていました。帆の役割は体温調節、種内の誇示、脂肪をためる隆起など複数の説があり、決着していません。現生のトカゲやカメレオンで、似た形で背骨から支えられた帆を持つ種は、水中で推進に使うのではなく見せるために使っています。

すんでいたのは、当時のアフリカ北部に広がっていた大河と河口の環境です。同じ地層からは、車ほどの大きさになるシーラカンスのなかま、巨大なノコギリエイ、ワニ類、翼竜、そして肉食恐竜のカルカロドントサウルスなどが見つかっています。魚が非常に豊富で、大型の肉食恐竜が複数種いた場所で、スピノサウルスは魚を中心に食べることで他の肉食恐竜と食べ物を分けていたと考えられています。

焼けた骨と、図面だけの70年

スピノサウルスの最初の化石は、1912年にエジプト西部のバハリヤで化石採集家リヒャルト・マルクグラフが掘り出し、ドイツの古生物学者エルンスト・シュトローマーが1915年に記載しました。見つかったのは下あご、いくつかの背骨と棘、肋骨などの一部で、全身にはとても足りません。それでもシュトローマーはこの断片から、細長い口と背中の帆を持つ二本足の恐竜として復元しました。標本はミュンヘンのバイエルン州立古生物学博物館に収められました。

第二次世界大戦中の1944年4月24日から25日にかけての夜、イギリス空軍の爆撃で博物館の建物が焼け、スピノサウルスの標本はすべて失われました。シュトローマーは戦争が始まる前から標本を安全な場所に移すよう館長に求めていましたが、聞き入れられませんでした。残ったのは、シュトローマーの論文に載った図と写真、そして記述だけです。

その後、スピノサウルスと確実にいえる骨はほぼ見つからず、この恐竜の姿は70年近く、1915年の図面を頼りに描かれ続けました。2000年代までの図鑑や映画に出てくるスピノサウルスは、大型の獣脚類の体に長い口と帆を付け足した形をしています。実際の体の比率を示す骨が存在しなかったため、体の大部分は他の恐竜からの類推でした。

モロッコの骨と「泳ぐ恐竜」

2014年、ニザール・イブラヒムらの研究チームが、モロッコ南東部のケムケム層群から出た新しい部分骨格を報告しました。骨は化石商を通じてばらばらに流通したものが多く、産出場所を突き止めるために研究者が現地の採掘者を探し歩いた経緯が知られています。この標本は失われた最初の標本の代わりとなる基準標本(ネオタイプ)に指定されました。

この骨が示した体の比率は、それまでの復元と大きく違っていました。後ろ足が体に対して極端に短く、骨盤も小さい。足の骨は密で中に空洞がほとんどなく、水にもぐる動物に見られる特徴を持っていました。研究チームは、スピノサウルスが陸では四本足で歩き、水の中ですごす時間の長い半水生の恐竜だったと解釈しました。2020年には同じ標本の尾が報告されます。尾の背骨からも高い棘が伸びていて、尾全体が縦に広い板のような形をしており、これをイモリのように左右に振って水中を進んだという説が出されました。スピノサウルスは「初めて見つかった、泳ぐ恐竜」として広く紹介されました。2022年には骨の断面の密度を多くの動物と比較した研究が発表され、スピノサウルスの骨密度は水中で獲物を追う動物の範囲にあるという結果が示されています。

一方で、この解釈には強い反論が出ています。2022年、ポール・セレーノらの研究チームは、CTスキャンをもとに骨格と筋肉、肺の空気まで含めた全身のデジタル模型を作り、水中でどう動くかを計算しました。結果は、水面ではふらつきやすく、泳ぐ速さは秒速1mに届かず、体が浮きすぎてもぐることができない、というものでした。尾の骨と筋肉の構造は、魚やクジラの尾のようにしなやかに水をかくには向いていないとされています。背中の帆は水中では重心を不安定にするだけで、推進には役立たないという評価です。この研究はスピノサウルスを、水辺を二本足で歩き、浅い水に入って魚を待ち伏せる動物として復元しました。大型のサギに近い暮らし方です。2024年には、骨密度で水中生活を判定する方法そのものに問題があるとする批判も出ています。

失われた標本の穴を埋めるはずだったモロッコの骨は、かえって議論を広げることになりました。骨はあっても、それを水中で泳ぐ体として読むか、岸を歩く体として読むかで、描かれる姿がまったく違うためです。

サハラの奥地で見つかった新種

2026年2月、セレーノらのチームがニジェールの中央サハラで見つけたスピノサウルスの新種を報告しました。スピノサウルス・ミラビリス(Spinosaurus mirabilis)と名付けられ、スピノサウルス属としては1915年以来、100年以上ぶりの新種です。頭の上に、三日月刀のように弧を描いて高く突き出す骨の突起があります。表面の質感と内部の血管の跡から、この突起は生きているときはケラチンで覆われ、鮮やかな色をしていた可能性があるとされています。

この発見が復元の論争に与えた影響は、化石が出た場所にあります。それまでスピノサウルス科の化石は、ほぼ海岸に近い地層からしか見つかっていませんでした。ニジェールの産地は、当時の海岸線から500〜1000km離れた内陸で、川の堆積物の中から首の長い恐竜の骨格とともに出ています。研究チームは、この恐竜が森の中を流れる川ですごし、頑丈な脚で水深2mほどまでは入っていけたものの、多くの時間は浅瀬で大きな魚をねらっていたと考えています。

2026年には、頭骨の内部に鳥類のような塩類腺(余分な塩を排出する器官)の跡があるとする研究も発表されており、水辺の暮らしの細部をめぐる検討は続いています。最初の骨が焼けてから80年以上たった現在も、スピノサウルスの姿は一枚に定まっていません。泳ぐ姿と歩く姿の両方が同時に描かれ続けている恐竜は、ほかにほとんどいません。

出典

モロッコの新標本と半水生説:Ibrahim et al., Semiaquatic adaptations in a giant predatory dinosaur(Science、2014年)

尾の化石と「泳ぐ恐竜」説:Ibrahim et al., Tail-propelled aquatic locomotion in a theropod dinosaur(Nature、2020年)

骨密度からみた水中生活の研究:Fabbri et al., Subaqueous foraging among carnivorous dinosaurs(Nature、2022年)

水中では泳げないとする反論:Sereno et al., Spinosaurus is not an aquatic dinosaur(eLife、2022年、オープンアクセス)

骨密度による判定への批判:Myhrvold et al., Diving dinosaurs? Caveats on the use of bone compactness and pFDA for inferring lifestyle(PLOS ONE、2024年)

新種スピノサウルス・ミラビリス:Sereno et al., Scimitar-crested Spinosaurus species from the Sahara caps stepwise spinosaurid radiation(Science、2026年)

新種発見のプレスリリース:New ‘scimitar-crested’ Spinosaurus species discovered in the central Sahara(シカゴ大学、2026年2月19日)

塩類腺の研究:Avian-like salt glands in Spinosauridae(Historical Biology、2026年)

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