タスマニアデビルは4万5,000年間、人の食べ残しを片づけていた。ピルバラの岩陰から出た2点の骨が語る、本土から消えた理由

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タスマニアデビルは、いま野生ではタスマニア島にしかいません。けれど名前に反して、かつてはオーストラリア本土のほぼ全域に住んでいて、本土から姿を消したのはおよそ3,200年前のことです。その本土時代の記録が、これまで一度も見つかっていなかった地域がありました。西オーストラリア州の北部、鉄鉱石の採掘で知られる乾いたピルバラ地方です。ニューサウスウェールズ大学の古生物学者Timothy J. Churchillさんらは、ピルバラのジューカン峡谷にある岩陰(岩のひさしの下にできた住みか)から出た骨を調べ直し、2026年9月10日の Archaeology in Oceania に、この地方で初めてのデビルの記録を報告しました。デビル本体の骨は2点だけです。ただ、周りにあった8,000点を超える骨と合わせて読むと、デビルと人が4万5,000年にわたって付き合ってきた跡が浮かび上がってきました。

2020年に爆破された岩陰

ジューカン峡谷は、先住民プータ・クンティ・クラマとピニクラの人々の土地にあります。この峡谷の岩陰は、2020年5月に鉱山会社リオ・ティントが鉄鉱石の採掘のために爆破し、世界的なニュースになった場所です。爆破より前に行われていた発掘調査では、少なくとも4万7,000年前から人が使い続けてきたことが分かっていて、石器、たき火の跡、貝のビーズ、骨の道具、人の髪を編んだ帯、そしてカンガルーやオオトカゲといった動物の骨が大量に出ていました。今回の研究は、その発掘で集められた資料の中からデビルを探したものです。発掘はプータ・クンティ・クラマ・ピニクラ・アボリジナル・コーポレーションの監督のもとで行われ、同団体のGavin Ashburtonさんが共著者に入っています。

下あごのかけらと、欠けた歯

デビル本体と言えるものは2点です。1つは右の下あごの骨のかけらで、第一と第二の大臼歯(奥歯)が残っていました。これは完新世(約1万1,600年前から現在まで)の地層から出たもので、周りの堆積物の年代は約6,900〜7,300年前です。もう1つは下の小臼歯の欠けた一部で、最終氷期最盛期より前の地層、年代にして約4万2,500〜4万7,100年前の堆積物から出ました。どちらにも切ったり焼いたりした跡はなく、人がデビルを食べた形跡はありません。餌を探して岩陰に入り込み、そこで死んだ個体がいたのだろう、と研究チームは見ています。

デビルは小型のイヌくらいの大きさですが、いま生きている肉食の有袋類では最大で、あごの力が強く、獲物を骨ごと食べることで知られています。だから本体の2点より、周りの骨に残った「食べ跡」のほうに出番がありました。

8,000点の骨に残った噛み跡

目録にある8,000点あまりの動物の骨のうち、1,000点以上に噛んだりかじったりした跡がありました。大半はネズミの仲間によるものですが、フクロネコ、デビル、それにオオトカゲらしいものも混じっています。研究チームは跡のはっきりした55点を詳しく測り、少なくとも10点で、歯が食い込んでできたくぼみの大きさがデビルの歯にいちばん近いことを確かめました。

もう1つの手がかりは、胃を通った骨です。消化液で表面が溶けて丸くなった骨のかけらが263点あり、その多くは、ピルバラにいるフクロネコやムルガラ(ネズミほどの小さな肉食有袋類)が飲み込むには大きすぎました。骨を食べる大型の肉食有袋類、つまりデビルが消化したものとして最も矛盾がない、と研究チームは書いています。

こうした跡は、約4万7,000〜2万6,000年前の層、最終氷期最盛期(約2万9,000〜1万9,000年前)のあとの層、そして完新世の層と、岩陰の歴史のほぼ全体にわたって出てきます。

人の食べ残しを片づける係

肝心なのは、噛まれていたのが何の骨かです。岩陰で人がさばいて食べ、残していったのは、カンガルーをはじめとする中型から大型の動物でした。デビルの噛み跡と消化の跡は、その食べ残しに集中しています。つまりデビルは、人がこの岩陰に住みはじめたころから、人の野営地に出る残りものを当てにして暮らしていた、というのが研究チームの読みです。Churchillさんはデビルを「地元の清掃係」と呼び、腐りかけの肉を骨ごと片づけてくれる動物がそばにいることは、病気を減らす意味でも人の側に利点があっただろうと話しています。

ピルバラはいまも乾いた土地ですが、最終氷期最盛期にはさらに乾燥が厳しくなりました。その時期の前後の層からも跡が出ることは、デビルがその厳しい時代を、人のそばで乗り切っていたことを示しています。Churchillさんは、この発見はタスマニアデビルがどれほど環境に合わせて生きられる動物だったかを示している、と述べています。

ディンゴが奪ったのは獲物ではなく、人のそばの席

ここから先は、研究チームが論文で立てた仮説です。オーストラリア本土からデビルとフクロオオカミが消えたのは約3,200年前。その少し前、少なくとも3,500年ほど前には、ディンゴが本土に入ってきています。この時期の重なりから、ディンゴがデビルを追いやったという説は以前からありました。ただ、その中身は「野外で死肉を奪い合った」「直接襲った」というものでした。

今回の研究が付け加えたのは、争いの場は人の野営地だったのではないか、という見方です。ディンゴは人と行動をともにする動物で、人の野営地の残りものを食べる立場を、デビルから取って代わったと考えられます。4万年以上頼りにしてきた食べ物の出どころを失ったことが、本土からの消滅を後押しした可能性がある、と研究チームは論じています。Churchillさんは、ディンゴが死肉の競争で本土のデビルを絶滅に追い込んだという説は長く語られてきたのに対し、人とその食べ残しに近づく機会をめぐる競争はほとんど見過ごされてきた、と話しています。

同じころ本土から消えたフクロオオカミについては、頭骨225点を測って絶滅の理由を考え直した研究を別の記事で書いています。

1つの岩陰から言えること、言えないこと

ただし、この研究が示したのは1か所の岩陰の記録であって、ディンゴが原因だと証明したわけではありません。本土のデビルの消滅については、人の狩りや気候の変化を主な原因とする説もあり、論文もそれを退けてはいません。ピルバラの別の遺跡からもデビルの跡が出てくるかどうかで、話の確かさは変わってきます。

もう1つ、この記録が残ったこと自体がぎりぎりでした。資料の出どころである岩陰は2020年に爆破されていて、今回の研究は、それより前の発掘で持ち出されていた骨があったから成り立っています。研究チームは、人と動物の歴史がこれほど長く重なって残る遺跡は他に代えがきかないとして、同じような場所を守る必要を論文の中で述べています。

タスマニアデビルはいま、顔にできる伝染性のがんで数を減らしています。2020年には本土への再導入の試みとして、ニューサウスウェールズ州の国立公園に26頭が放されました。およそ3,000年ぶりに本土に戻ったデビルが何を食べて暮らすのか。4万5,000年ぶんの付き合いの記録は、その答えを考えるときの参考にもなりそうです。論文は誰でも無料で読めます。

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