数年“絶食”を耐える超巨大深海等脚類のからくり

科学
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エサを一日抜くだけでもつらいのに、数年間まったく食べずに平然と生きる生き物がいます。深海にすむ大型のダイオウグソクムシの仲間です。日本でも、鳥羽水族館の個体が5年以上エサを食べなかったことで大きな話題になりました。この「なぜ数年も絶食できるのか」という長年の謎を、中国科学院海洋研究所などのチームが解き明かした、という研究です。答えは、大きな胃への食いだめと、極限まで切り詰めた省エネ体質という二段構えでした。

深海の大型等脚類という生き物

ダイオウグソクムシは、庭先で見かけるダンゴムシやワラジムシの遠い親戚にあたる甲殻類で、等脚類(とうきゃくるい)と呼ばれるグループに入ります。ダンゴムシの仲間と聞くと小さな虫を思い浮かべますが、深海にすむものは体長が50センチ近くにもなり、等脚類としては世界最大です。海底に沈んできた魚や動物の死骸を食べて暮らすことから、「深海の掃除屋」とも呼ばれます。

この生き物のすごさが日本で広く知られるきっかけになったのが、鳥羽水族館(三重県)の「No.1」という個体です。2007年に入館したこの個体は、2009年1月に約50グラムのアジを1匹食べたのを最後に、以後まったくエサを口にしませんでした。それでも生き続け、2014年2月に亡くなるまで、絶食日数はなんと5年43日に達しました。水槽の前でエサを差し出しても見向きもしないその姿は、当時インターネットでも大きな注目を集めました。

ただ、これは特別な一匹の話ではありません。数年におよぶ絶食は、この深海の巨大等脚類にとってはごく普通の生存戦略だと考えられています。

巨大化と低栄養が生む矛盾

ここで一つ、不思議なことがあります。深海は、地球上でもっともエサの乏しい場所の一つです。上から死骸が落ちてくるのを待つしかなく、食事の機会はいつ来るか分かりません。にもかかわらず、この等脚類は体をどんどん大きくする「巨大化」という道を選んでいます。

体を大きく保つには、たくさんのエネルギーがいります。筋肉や殻をつくり、それを維持するだけでコストがかかるからです。エサがほとんどないのに、なぜエネルギーを食う大きな体でいられるのか——これが研究チームの言う「エネルギーの矛盾」でした。この矛盾をどう乗り越えているのかを解くのが、今回の研究の狙いです。

食いだめと低代謝の二段構え

研究チームは、深さの違う2種の等脚類(水深およそ900メートルにすむ種と、およそ300メートルにすむ種)を比べ、体のつくり・生理・行動・腸内の細菌まで幅広く調べました。そこから見えてきたのが、「入ってくるものを増やし、出ていくものを減らす」という二段構えの戦略です。

まず「増やす」ほう。深海のダイオウグソクムシの胃は、体全体のおよそ3分の2を占めるほど巨大でした。浅い海や岩場にすむ近い親戚と比べても、けた違いに大きな胃です。中身を調べると、細かくすりつぶされ、よく消化された泥のような状態になっていました。つまり、たまにやってくるごちそうを一気に大量に平らげ、大きな胃にため込んでおく——いわば体内に巨大なパントリー(食料庫)を抱えているわけです。

興味深いことに、この胃の中では、ふつう消化を担う細菌が少なめで、代わりに脂質(しつ=あぶら)をため込むことに関わる細菌が多く見つかりました。取り込んだ栄養を、すぐ使うよりも「長く持つ蓄え」に変えているらしい、という手がかりです。

そして「減らす」ほう。この等脚類は、基礎代謝(何もしていないときに体が使う最低限のエネルギー)が極端に低いことも分かりました。ため込んだ栄養をちびちびと、何か月も何年もかけて使う。エンジンをほとんどアイドリング状態まで落として、燃料を極限まで長持ちさせているようなものです。この食いだめと省エネの合わせ技が、数年の絶食を支えていました。

細菌から受け継いだ遺伝子スイッチ

では、この極端な省エネモードは何が制御しているのか。研究の核心はここにあります。チームは、この等脚類のゲノム(遺伝情報の全体)の中に、本来この生き物のものではない、外部の共生細菌に由来する遺伝子を見つけました。「ND1」と呼ばれる遺伝子です。

生き物は基本的に、親から子へと遺伝子を受け継ぎます。ところがまれに、まったく別種の生き物から遺伝子をもらい受けることがあります。これを「水平伝播(すいへいでんぱ)」と呼びます。ND1は、はるか昔に細菌からこの等脚類に取り込まれ、その後コピーを増やして、体の中で非常に強くはたらくようになったと考えられます。

このND1、細胞の中でエネルギーをつくる工場「ミトコンドリア」の部品づくりに関わる遺伝子と似ています。しかもその出番は、ヒストンアセチル化と呼ばれる仕組み(遺伝子のオン・オフを細かく調整するスイッチのようなもの)によって、精密にコントロールされていました。

本当にこの遺伝子が省エネのカギなのかを確かめるため、チームはND1をゼブラフィッシュ(実験でよく使う小魚)や線虫、ヒトの培養細胞に組み込んでみました。すると、ふつうの温度ではエネルギー代謝がむしろ活発になり、絶食に弱くなりました。ところが、深海に近い低温の条件にすると一転、代謝が抑えられ、ミトコンドリアの活動も下がったのです。この低温下では、ND1を入れたゼブラフィッシュの絶食耐性が37%も高まりました。

冷たい深海という環境そのものが、この遺伝子を「省エネスイッチ」として働かせる引き金になっている——そういう関係が見えてきたわけです。大きな体でいたいという要求と、極限まで代謝を抑えたいという要求。相反する二つを、細菌からもらった遺伝子でうまく両立させていた、というのが今回の答えでした。

極限適応が示すもの

この研究が面白いのは、深海の巨大生物が、外部の細菌から遺伝子をもらい、さらにそのスイッチの入り方まで細かく調整することで、エネルギーの配り方をつくり替えていた、という筋道を初めて描いた点です。生き物が極限環境で「成長」と「生き延びること」のバランスをどう取るのかを考えるうえで、一つの手本になる例だと研究チームは位置づけています。

エサのない場所で数年を耐え抜く力の裏には、体のつくり、腸内の細菌、そして細菌由来の遺伝子まで、いくつもの工夫が積み重なっていた。あの水族館で微動だにしなかった深海のムシは、実はとてつもなく手の込んだ省エネ装置だった、ということになります。

解釈上の留意点

この研究はCell誌に掲載された査読済みの論文です。ただし、遺伝子の働きを直接確かめた実験は、等脚類そのものではなく、ゼブラフィッシュや線虫、ヒトの培養細胞といったモデル生物に遺伝子を組み込む形で行われています。深海の等脚類の体内でまったく同じように働いているかどうかは、今後さらに検証が重ねられていく部分です。腸内の細菌や胃の役割についても、分かってきたのはあくまで一端で、深海生物の生態には未解明の点がまだ多く残されています。

出典・もっと知りたい人へ

論文(Cell・査読済み):Yuan et al. “Deep-sea megafauna co-opts microbial energy metabolism genes to withstand ultra-long starvation”:doi.org

中国科学院海洋研究所(IOCAS)プレスリリース(英語):eurekalert.org

鳥羽水族館「ダイオウグソクムシについてのお知らせ」(No.1の記録):aquarium.co.jp

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