バルト海の孤島に5000年前のオオカミ、家畜化の常識を揺らす

科学
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人が船で渡るしかない、バルト海の小さな岩の島。そこから、3000〜5000年前のオオカミの骨が2頭ぶん見つかりました。オオカミは自力で海を越えられないので、答えはひとつ——人が連れて行った、ということになります。しかもその骨をくわしく調べると、島の人たちと同じものを食べ、体は小ぶりで、なかにはケガをしても生き延びた個体までいました。犬(イヌ)の家畜化をめぐる物語に、思わぬ横道があったかもしれない、という研究です。

報告したのは、英フランシス・クリック研究所、ストックホルム大学、アバディーン大学、イースト・アングリア大学などの共同チーム。2025年11月に米科学アカデミー紀要『PNAS』に載った、査読を通った論文です。

犬になる前のオオカミという前提

飼い犬のルーツがオオカミであることは、よく知られています。人類が最初に家畜(かちく)にした動物が犬で、その時期はおよそ1万5000年前より前、氷河期のことだったとされています。農耕が始まるよりずっと昔から、人とオオカミは近くにいたわけです。

ただ、その「近さ」が具体的にどういうものだったのかは、じつはよく分かっていません。人が野生のオオカミをつかまえて手なずけたのか、それとも人の集落の周りをうろつくオオカミが、こぼれた食べ物などを頼りに少しずつ人になじんでいったのか。犬が生まれるまでの道のりは、いまも研究者のあいだで議論が続いているところです。今回の発見は、その空白に一枚の変わった手がかりを差し込むものでした。

人しか運べない島で見つかった2頭

舞台は、スウェーデン沖のバルト海に浮かぶ「ストラ・カルルソ島」。面積はわずか2.5平方キロメートルほどの、切り立った石灰岩の小島です。いまは海鳥の繁殖地として知られていますが、石器時代から青銅器時代にかけては、アザラシ猟や漁を目当てにした人々がやってきて使っていた場所でした。

この島の「ストラ・フォルヴァル洞窟」という遺跡から、2頭のイヌ科動物の骨が出てきました。イヌ科というのは、オオカミ・犬・キツネなどをふくむグループのこと。ゲノム(生き物の設計図にあたる遺伝情報)を読み解いたところ、2頭とも犬ではなくオオカミで、犬の血もまざっていないことが分かりました。

ここが引っかかりどころです。この島には、もともと陸にすむ哺乳類がいません。オオカミが泳いで海を渡り、島で繁殖して住みつく——というのは現実的に考えにくい。だとすれば、人が船に乗せて運んだと考えるのが自然だ、というわけです。おもしろいことに、同じ遺跡からは飼い犬の骨も見つかっています。つまり当時の人たちは、犬をすでに連れていながら、それとは別にオオカミも島へ持ち込んでいたことになります。

食べていたのは海の幸

「運ばれた」だけなら、獲物として連れてきた可能性もあります。そこで手がかりになったのが、骨に残る成分から食生活を復元する「同位体分析」という手法です。何を食べていたかによって、骨にしみ込む元素の割合が変わるため、それを読むと生前の食事のおおまかな中身が分かります。

調べてみると、2頭のオオカミはアザラシや魚といった海の幸をたっぷり食べていました。これは、島で暮らしていた人たちの食事とよく似ています。陸のシカなどを追う本来のオオカミの食べ方とはちがい、人と同じ食卓の恵みを口にしていた——言いかえれば、人から餌をもらっていた可能性が高い、という読み筋です。

体の小ささと低い遺伝的多様性

骨からはもう一つ、気になる特徴が見えました。この島のオオカミは、大陸にすむふつうのオオカミより体が小さかったのです。飼いならされた動物は、野生のときより体が小ぶりになる傾向があることが知られていて、それと重なる特徴です。

さらに遺伝情報を見ると、2頭のうちゲノムをいちばんよく読めた個体は、「遺伝的多様性」がとても低いことが分かりました。遺伝的多様性とは、その個体や集団が持つ遺伝子のバリエーションの幅のこと。これが低いというのは、ごく少ない仲間だけで代を重ねてきた集団や、人が選んでかけ合わせてきた(選抜育種された)動物によく見られる状態です。研究チームによれば、これまで調べてきたどの古代オオカミよりも低い数値だったといいます。

もちろん、自然のなりゆきで遺伝的多様性が下がることもあるので、これだけで人の管理を証明できるわけではありません。それでも、島という場所・餌のもらい方・体の小ささと合わせると、「人がオオカミにかなり深く関わっていた」という絵が浮かび上がってきます。

傷を負っても生き延びた一頭

いちばん想像をかき立てるのが、青銅器時代のオオカミ1頭に見つかった、脚の骨の大きな損傷です。これほどの傷があれば、ふつうは自由に動けず、獲物を追うのも難しかったはずです。ところがこのオオカミは、傷が骨にはっきり跡を残すほど長く生き延びていました。

研究チームは、この個体が何らかの世話を受けていたか、あるいは自力で大きな獲物をしとめなくても食べていける環境にいたのではないか、と見ています。断定はできませんが、弱った一頭がそれでも生きられた背景に、人の手があった——そう考えたくなる痕跡です。

家畜化という物語の描きなおし

これまで、人とオオカミの関わりは「犬が生まれるまでの前段階」という一本道で語られがちでした。オオカミが人のそばで暮らすうちに、少しずつ犬へと変わっていった、という筋書きです。今回の2頭は、その物語にきれいには収まりません。遺伝的にはまぎれもないオオカミなのに、暮らしぶりには人と近しく生きた動物の特徴がいくつも表れているからです。

つまり、人とオオカミの関係は、これまで考えられていたよりずっと多彩だったのかもしれない、ということ。ただ狩る・避けるだけでなく、犬にまではしないまま、オオカミを手元に置いて世話をする——そんな「共存の実験」が各地であって、そのなかには結局は犬につながらずに終わったものもあった。今回の島のオオカミは、そうした忘れられた一章を垣間見せてくれる例だ、というのが研究チームの見立てです。

解釈をめぐる留意点

いちばん大事な注意点として、論文自身が慎重な書き方をしています。島という立地・埋葬された状況・低い遺伝的多様性・海の幸中心の食事・小さな体——これらはすべて「人の管理下にあった」という筋書きと矛盾しないけれど、別の説明もありうる、と。オオカミが飼いならされていたのか、捕らえられていたのか、それとも別のかたちで管理されていたのかまでは、いまのデータでは決められません。

調べたのが2頭という少ない数であることも、頭に置いておきたいところです。派手に「家畜化の常識がくつがえった」と言い切れる段階ではなく、あくまで「通説にうまく当てはまらない、考えさせられる一例が出てきた」という受け止めが正確です。骨の形を調べる骨考古学と、最新のゲノム解析を組み合わせたからこそ見えてきた話でもあり、こうした手法の進歩が、これからも過去の人と動物の関係に新しい光を当てていきそうです。

出典・もっと知りたい人へ

元論文(『PNAS』/有料の抄録・本文):Gray wolves in an anthropogenic context on a small island in prehistoric Scandinavia

同論文の無料全文(Europe PMC):PMC12684923

プレスリリース(ストックホルム大学発、ScienceDaily経由):5,000-year-old wolves found on remote island rewrite what we know about domestication

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