500年前のミイラの骨から、天然痘ウイルスのゲノムが読めた

歴史・考古学
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「ヨーロッパ人が持ち込んだ天然痘が、南米の先住民社会を壊滅させた」。歴史の授業で習うこの話には、ずっと足りないものがあった。ウイルスそのものである。

チリ北部の遺跡から出た2人の遺体の骨から、天然痘ウイルスの遺伝情報が読み出された。系統をたどると、ヨーロッパで広まっていた株の枝分かれだった。人はこの土地の人で、ウイルスだけが海の向こうから来ている——それが遺伝子の並びから直接言えた、初めてのケースになる。7月30日付の学術誌 Science に掲載された。

記録に頼ってきた南米の天然痘

天然痘は、20世紀だけで3億人ほどの命を奪ったとされる感染症だ。1980年に世界保健機関(WHO)が根絶を宣言し、いまのところ人類が根絶できた唯一の人間の感染症になっている。

アメリカ大陸で最初に記録された流行は1518年。スペインが入植を進めていたイスパニョーラ島(現在のハイチとドミニカ共和国が分け合う島)で起きた。そこから中米、南米へと急速に広がっていく。天然痘だけで300万〜400万人が亡くなったと見積もられており、暴力や奴隷化、ほかの病気と合わせると、1600年までに先住民のおよそ9割が失われたという推計もある。

ただ、この筋書きを支えてきたのは、ほとんどが文字の記録だった。しかも書き残したのは植民者の側で、先住民の集落のなかで病気がどう動いたかまで正確に写し取っているとは限らない。チリに関しては、天然痘の流行らしきものが記録に現れるのはかなり後になってからで、それが本当に天然痘だったのかも確かめられていない。

ウイルスは石器や土器と違って、地面に形を残さない。20世紀より前の天然痘ウイルスのDNAは、世界でもごくわずかしか見つかっていなかった。7世紀のバイキングの遺骨から取れた一群と、17世紀リトアニアのミイラから取れた1本。アメリカ大陸からは、1つも出ていなかった。

偶然だった病原体の検出

今回の研究は、そもそも天然痘を探していたわけではない。チリ北部のカマロネス9という遺跡で、そこに暮らした人々の集団の歴史をDNAから読み解こうとしていた調査だった。解析ソフトの動きを確かめる過程で、人間以外のDNAも拾い上げてみたところ、そこにウイルスの断片が混じっていた。

共著者でトリニティ・カレッジ・ダブリンの遺伝学者、中込滋樹(なかごめ しげき)氏は Live Science の取材に、この試料から天然痘ウイルスのDNAが出るとは誰も思っていなかった、完全に不意打ちだった、と話している。この集落に天然痘があったという歴史記録は残っていない。共同研究者でチリ大学のコンスタンサ・デ・ラ・フエンテ・カストロ氏も、そんな証拠がここにあるとは知らなかった、と述べている。

遺跡があるのは、太平洋に面したカマロネス入り江の近く。インカ期から植民地時代の初めにかけて使われた墓地だ。13人分の骨を調べて、天然痘ウイルスが検出されたのは2人だった。30〜35歳の女性と、18〜20歳の男性。どちらも脚の骨の断片から、ほぼ同じ配列のウイルスDNAが出てきた。

ここでいうミイラは、エジプトのように薬品や処置でつくられたものではない。この一帯は雨がほとんど降らず、埋葬された遺体がそのまま乾いて残る。2人はラクダ科の動物(リャマやアルパカの仲間)の毛で織った布に包まれ、副葬品と一緒に束ねる形で埋められていた。この埋葬のしかたはインカ期より前からこの地域で続いていたものだ、とデ・ラ・フエンテ・カストロ氏は説明している。

系統樹の中での位置

2人から取り出したウイルスのゲノム(遺伝情報の全体)は、99.9%以上が一致していた。同じ流行のなかで感染したか、同じ株が集落を回っていたか。どちらにしても、ばらばらの機会にたまたま2人がかかった、という話ではなさそうだ。研究チームはこの系統に、遺跡の名前をとって「CAM9」と名づけた。

ここからが本題になる。CAM9を、これまでに配列が読まれている天然痘ウイルス——古いものも現代のものも——と並べて系統樹(どの株がどの株から分かれたかを示す枝分かれの図)を描くと、CAM9はきれいに中間に収まった。中世ヨーロッパの株が分かれたあと、20世紀まで残った現代の系統が現れる前。分岐した時期は、およそ1296年と推定された。

下の図は、その位置関係を単純にしたものだ。上の枝が中世ヨーロッパの株、真ん中の途中で切れている枝がCAM9、下の枝が現代まで続いた系統にあたる。

上の図で真ん中の枝が途中で終わっているとおり、CAM9はどこかで絶えている。現代の株の祖先ではなく、そこで行き止まりになった枝だ。

一方で、2人自身のDNAはアメリカ大陸の先住民のもので、ヨーロッパ由来の祖先は検出されなかった。人は現地の人、ウイルスは旧世界の系統。この組み合わせが、天然痘がヨーロッパ側から入ってきたことの分子レベルの裏づけになる。

研究に関わっていないアリゾナ州立大学の人類学者アン・ストーン氏は、植民地時代の病原体そのものを記述できたのは今回が初めてで、歴史記録が語ってきた流行を裏づけるものだと評価している。

ヒトだけを標的にしていく過程

天然痘ウイルスには、近縁のウイルスと比べて変わった性質がある。人にしか感染しない、という点だ。同じ仲間のエムポックス(サル痘)ウイルスや牛痘ウイルスは、人以外の動物にも感染する。

その違いは遺伝子に残っていた。動物に感染するために使われていた遺伝子が、天然痘ウイルスでは変異によって次々と壊れ、働かなくなっていたのだ。筆頭著者でトリニティ・カレッジ・ダブリンの博士課程で研究するブルーノ・ロメロ・ゴンサレス氏によれば、こうして動物への感染力を手放していった結果、ウイルスは人に狙いを絞る方向へ進んだという。

CAM9が貴重なのは、その途中経過が保存されている点にある。どの遺伝子がいつ壊れたかを時系列に並べられるので、「アメリカ大陸に着いた時点でどこまで進んでいたのか」「その後に何が起きたのか」を切り分けられる。中込氏はこのゲノムを、ウイルスの進化のスナップ写真だと表現している。

進化の速度と人間社会の関係

もう一つ、チームは変化のペースそのものが一定でなかったことを見つけている。

遺伝子が壊れていくペースは16世紀まではほぼ一定だった。ところが植民地の拡大が最盛期を迎え、大規模な流行が繰り返された17〜18世紀には、変化がはっきり鈍くなる。共著者のララ・キャシディ氏(トリニティ・カレッジ・ダブリン遺伝学・微生物学部)は、ウイルスがひとつの完成形に達していた可能性を挙げている。免疫を持たない人がいくらでもいる状況では、いまのやり方で十分に広がれる。それ以上変わる必要がなかった、という見方だ。

そして19世紀、種痘(天然痘のワクチン接種)が各地に広まって人々の免疫が上がりはじめると、今度は変化のペースが再び上がったように見える。

植民地化、人口の移動、そしてワクチン。人間の側の大きな出来事が、ウイルスの変わりかたに影響していた——というのが、この研究がもう一つ描き出した筋だ。同じ問いは、インフルエンザや新型コロナ、エムポックスといった現在の感染症にもそのまま当てはまる。

解釈上の留意点

受け止め方について、いくつか区切っておきたい点がある。

まず、読み取れたゲノムは2つだけだ。13人分の骨を調べて2人。しかも遺跡は1か所。「南米全体の人口減少の中身が解明された」という話ではない。大陸の広い範囲で何が起きていたかを言うには、他の遺跡からも同じような証拠が出てくる必要がある。

2人が生きていた年代の幅も広い。1492年から1631年のあいだ、というのが今わかる限度で、いつ感染したのかは16世紀を中心とする範囲までしか絞り込めていない。系統が分かれた1296年ごろという数字も、ウイルスの変異の蓄積から逆算した推定値であって、確定した年ではない。

CAM9がヨーロッパのどの地域から来たのかも、まだ特定できていない。ヨーロッパ以外の地域で読まれた古い天然痘ゲノムが少なすぎて、比べる相手がいないためだ。

遺体に残っていた皮膚の病変についても、断定はできない。カマロネス9の遺体に見られる病変は、これまでこの地域で問題になってきたヒ素への長期的な曝露が原因とされてきた。天然痘の症状とも矛盾しないというのが今回わかったことで、どちらのせいなのか、あるいは両方が重なっていたのかは決められていない。

最後に一つ。ここでいう「持ち込まれた」は、意図的に運ばれたという意味ではない。ヨーロッパから来た人々が知らないうちに連れてきた、というのがこの研究の言っていることであり、後の時代に別の文脈で議論されてきた生物兵器としての利用とは、まったく別の話である。

それでも、この研究の意味は小さくない。狙って探したわけではない場所から、記録には一行も残っていない流行の痕跡が出てきた。古代DNAで人ではなく「人に取り憑いていたもの」を読むという手が使えるようになれば、文字の記録が届かない場所の病気の歴史にも、少しずつ手が届くようになる。

出典

元になった論文:

Bruno Romero González et al. “The genomic identity of early smallpox in South America.” Science, 30 July 2026. DOI: 10.1126/science.aee6957
https://www.science.org/doi/10.1126/science.aee6957(本文は有料)

研究機関・報道による解説:

Ancient genomes reveal how European colonisation brought smallpox to the Americas(トリニティ・カレッジ・ダブリン 公式発表)

500-year-old Inca mummies prove that European colonists brought devastating smallpox to the Americas(Live Science)

How smallpox reached the Americas: first genomic evidence points to Europeans(Nature ニュース)

Chilean mummies reveal a lost lineage of smallpox(Scientific American)

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