3Dプリントで作る自作ラマン分光計「CubeRaman」――光で分子を見分ける装置を手のひらサイズに

科学
スポンサーリンク

分子の種類を光で見分けるラマン分光は、化学分析の現場で長く使われてきた強力な手法だ。ただ、そのための装置はたいてい大がかりで、価格も研究室向けのそれになる。ところが、安いグリーンレーザーと3Dプリントの筐体を組み合わせて、驚くほどまともに動くラマン分光計を自作した人がいる。ドイツのJacob Busshartさんが公開した「CubeRaman」だ。名前は、光学系の心臓部をおさめた立方体(cube)の筐体に由来している。

光が映す分子の指紋

まず、ラマン分光がどういう仕組みで分子を見分けるのかを押さえておきたい。物にレーザー光を当てると、多くの光はそのままの色(波長)ではね返ってくる。ところがごく一部の光は、当たった分子を振動させるのに自分のエネルギーを少し分け与え、そのぶんだけ波長がずれてはね返る。この現象がラマン散乱で、波長のずれ方は分子の種類ごとに決まっている。

つまり、返ってきた光をプリズムのように波長ごとに分けて調べれば、そこにどんな分子がいるのかが読み取れる。物質ごとに固有のパターンが出るので、光で読む指紋のようなものだと考えると分かりやすい。ダイヤモンドにはダイヤモンドの、エタノールにはエタノールのずれ方があり、それを手がかりに正体を当てるわけだ。

立方体におさめた光学系

CubeRamanの光源は、AliExpressで手に入る532nm(緑)のレーザーモジュール、出力はおよそ30mW。安価なレーザーダイオードは余計な赤外線が漏れがちなので、まずバンドパスフィルタで不要な光を削り、波長をきれいに整える。ここまでが入り口だ。

整えた緑のレーザーは、45度に置いたダイクロイックミラー(特定の波長で反射と透過を切り替える鏡)に当たって90度下向きに曲げられ、顕微鏡用の20倍対物レンズを通してサンプルへと絞り込まれる。サンプルからはね返ってきた光は、同じ対物レンズをまた通って戻ってくる。行きと帰りで同じレンズを使うこの配置は、バックスキャッタリング(後方散乱)と呼ばれる。

戻ってきた光のうち、波長がずれたラマン散乱の成分はダイクロイックミラーを素通りして検出側へ進み、ずれずにそのまま返ってきた強い緑の光は行き止まり(ビームダンプ)に捨てられる。さらにロングパスフィルタでもう一段、不要な緑をふるい落とし、アクロマートレンズでスペクトロメーターの細いスリットへ集める。この一連の光学部品を、3Dプリントした立方体の筐体がまとめて支えている。

3Dプリントで支える精密光学

光学系というと、光の道筋をミクロン単位で合わせる精密機械のイメージがある。CubeRamanは、その心臓部の筐体と、光学部品の向きを微調整するキネマティックマウントの大半を、家庭用にも普及したFDM方式の3Dプリンターで作っている。作者によれば、樹脂(レジン)プリンターのほうが精度は出しやすいものの、あえて手持ちのFDMだけで組んだのは、より多くの人が同じものを再現しやすくするためだという。

微調整のしくみもよく考えられていて、マウントに埋め込んだインサートを調整ネジが貫き、ネジの先端は磁石で受け止める構造になっている。3Dプリント部品の避けにくい寸法のばらつきを、この調整機構で吸収して光軸を合わせていく発想だ。

ただし、すべてをゼロから自作したわけではない点は正直に触れておきたい。スペクトロメーター本体には、eBayなどで出回るB&W Tekの中古(サープラス)ユニットを使っている。ダイクロイックミラーやフィルタ、対物レンズといった要となる光学部品も、性能を確保するためThorlabsなど専用メーカーの製品を用いている。3Dプリントで置き換えたのは、あくまで部品を精密に支える機構の部分だ。

ダイヤモンドから瓶の中の液体まで

気になるのは、これで本当に分子が見分けられるのか、というところだろう。作者が最初に試したのはダイヤモンドの原石で、ダイヤモンド特有のラマンシフトがはっきり現れたという。炭素がきれいに並んだダイヤモンドは信号が出やすい相手ではあるが、自作装置でそれを捉えられたのは十分に手応えのある結果だ。

一方で、実際の測定の難しさも見えている。ガラス瓶に入れた化学物質を測ろうとすると、瓶のガラス(シリカ)の信号のほうが強く返ってきてしまい、中身より容器を測る格好になった。中身をきちんと読むには、壁の薄いキュベット(測定用の容器)が欠かせないという教訓だ。プラスチックボトルに入れたエタノールでは、レンズの焦点をどこに合わせるかで、エタノールが見えたりボトルのポリプロピレンが見えたりと結果が変わった。どこに光を絞るかで見える分子が変わる、というラマン測定のクセがそのまま表れている。

残る課題と次の一手

作者自身、現状で完成とは考えていない。改善したいポイントとして挙げているのが、装置内で散らばる迷光をもっと抑えることと、スペクトロメーター側のスリットをより狭くして分解能を上げることだ。中古のスペクトロメーターは価格を優先した妥協で、信号の一部を取りこぼしている面もあるという。

次のバージョンでは、樹脂の3DプリントではなくアルミをCNC加工して筐体を作り、より小型で頑丈な作りにする構想が進んでいる。温度で伸び縮みしやすいプラスチックの弱点を金属で補い、光軸の安定性を高める狙いだ。設計データはGitHubで公開されていて、興味のある人が自分で組んだり改良したりできるようになっている。

大がかりで高価というラマン分光のイメージを、身近な部品と3Dプリントでここまで崩せる。専用部品や中古機材に頼っている部分は残るものの、精密光学を「自分の手で組める対象」に引き寄せた工作として、見どころの多いプロジェクトだ。

参考リンク

CubeRaman: 3D-Printed Raman Spectroscopy(作者によるプロジェクトページ・Hackaday.io)

CubeRaman 設計データ(GitHub)

2026 Frikkin Lasers Challenge: A 3D-Printed Raman Spectrometer(Hackaday)

コメント

タイトルとURLをコピーしました