夜空の星は動かないように見えますが、じつは太陽もまわりの星も、天の川銀河の中をそれぞれ別の速さと向きでゆっくり移動しています。長い時間で見れば、星どうしがぐっと近づく「すれ違い」も起きます。その一つが、いまから約250万年前に太陽系のすぐそばを通った恒星「HD 7977」でした。
この星が通り過ぎたとき、太陽系の外れに眠っていた無数の氷のかたまり――彗星のもと――がかき乱され、次々と内側へ落ちてくる「彗星のシャワー」が始まったかもしれない。しかも、そのシャワーは今もまだ続いている可能性がある。そんな研究が、米国のPlanetary Science Institute(惑星科学研究所)から出ました。
太陽系の外れにある彗星の巣
まず舞台を確認します。太陽系のいちばん外側には、「オールトの雲」と呼ばれる球状の領域が広がっていると考えられています。太陽からの距離でいうと、およそ2,000〜200,000天文単位。1天文単位は地球と太陽の間の距離なので、いちばん遠いところは地球と太陽の距離の20万倍にもなります。
ここには、太陽系ができたころの氷や塵が数えきれないほど残っていて、ときどき何かのはずみで軌道を乱されると、太陽に向かって長い旅に出ます。これが、数千年〜数百万年に一度しか戻ってこない「長周期彗星」です。近年見られたものだと、2024年に話題になったツーチンシャン・アトラス彗星(C/2023 A3)がこの仲間にあたります。
問題は、何が彗星を弾き出すのか。ふだんは、天の川銀河そのものの重力(銀河のあちこちに広がる星やガスがつくる、じわっとした引っぱり)が主な原因だと考えられてきました。ところが今回の研究は、「ここ最近は、それ以上に効いている犯人がいる」と指摘します。それが、すぐそばを通った一つの星、HD 7977です。

250万年前に通り過ぎた太陽そっくりの星
HD 7977は、いまはカシオペヤ座の方向にある、太陽によく似たG型星です。重さは太陽の約1.07倍。この星が太陽系の近くを通ったこと自体は、欧州宇宙機関(ESA)の位置観測衛星「ガイア」のデータから分かっていました。ガイアは10億個を超える星の位置・明るさ・動きを精密に測り、天の川銀河の地図を描いてきた望遠鏡です。
ガイアの初期のデータからは、HD 7977が最接近したのは太陽から4,000〜25,000天文単位のどこか、と幅のある形で見積もられていました。ちょうどオールトの雲の中を突っ切っていったことになります。今回、惑星科学研究所のネイサン・ケイブ氏とボルドー大学のショーン・レイモンド氏は、この距離を別の角度から絞り込みました。使ったのは、いま観測されている彗星たちの軌道です。
彗星の軌道に残った通過の痕跡
研究チームの発想はこうです。もしHD 7977が本当にオールトの雲をかき乱したなら、そのとき弾き出された彗星たちの軌道の「向き」に、通過のクセが残っているはず。逆に、銀河全体の重力でゆっくり送り込まれた彗星とは、軌道の偏り方が違ってくるはずです。
そこでチームは、HD 7977がいろいろな距離を通り過ぎた場合をコンピューターで何通りもシミュレーションし、その結果を、1989年以降に観測された112個の長周期彗星の実際の軌道と照らし合わせました。1989年というのは、南北両半球の観測網が整い、新しい彗星をほぼ取りこぼさず見つけられるようになった年です。
すると、初めて内側にやってきた「新顔」の彗星ほど、HD 7977の通過で説明できる軌道の並びをしていました。一方、何度も戻ってきている古株の彗星は、銀河の重力でつくられた軌道と合っていました。この照合から、HD 7977の最接近距離は6,000〜10,000天文単位あたりだった、と絞り込まれました。10,000天文単位というと、1光年の16%弱。すぐ隣とは言えませんが、星どうしの距離としてはかなり近いすれ違いです。
いま彗星が多いのは、その名残かもしれない
この研究がおもしろいのは、話が250万年前で終わらないところです。シミュレーションによると、HD 7977が呼び込んだ彗星の流入は、いまもまだ続いている段階にあるといいます。現在観測されている長周期彗星の数は、銀河の重力だけで説明できる長期的な平均のおよそ2倍。つまり私たちは、「他の星がかき乱していった余波」の真っただ中で、ふだんより多めの彗星を眺めている、というわけです。
ケイブ氏は、いまが彗星のできかたにとって特別な時期にあたり、天の川銀河全体の重力よりHD 7977のほうが新しい彗星を生む主役になっている、まれで強い彗星シャワーの終盤を私たちは生きている、と述べています。
これはついでに、オールトの雲そのものの見積もりにも効いてきます。いまの彗星の数が「一時的に増えている状態」だとすると、そこから逆算していたオールトの雲の彗星の総数は、これまでの見積もりの半分ほどに下方修正される可能性があるとのことです。
解釈上の留意点
ワクワクする話ではありますが、確定した結論として受け取らないよう、いくつか補助線を引いておきます。
この成果は、アメリカ天文学会の力学天文部会(Division on Dynamical Astronomy)で発表されたもので、あわせて査読誌「Planetary Science Journal」に論文が掲載されています(プレプリントはarXivでも読めます)。学会発表だけの速報段階ではありませんが、天文学ではよくあることとして、結果はきれいに一枚岩ではありません。研究者自身が、彗星の軌道の「大きさ」の分布は、HD 7977の通過モデルと必ずしもぴったり合わない、と認めています。
数百万年スケールで彗星の軌道に効く要因を細かく切り分けるのは難しく、彗星から吹き出すガスの噴射や、太陽光の圧力など、より細かな力も絡んできます。さらに、HD 7977自体が実は連星(2つの星が寄り添った系)かもしれない、という観測上の気になる兆候もあり、そうなると通過の見積もりも変わってきます。距離の幅(6,000〜10,000天文単位)も、あくまで最有力の範囲であって、一点に定まった値ではありません。
裏を返せば、これらは今後の観測で詰めていける部分でもあります。ガイアにはまだ公開されていないデータが残っており、パンスターズやアトラスといった掃天観測、さらにこれから本格化するベラ・ルービン天文台の大規模サーベイによって、より暗く遠い長周期彗星まで数多く捕まえられるようになります。データが増えれば、HD 7977の通過がどれだけ効いていたのか、輪郭がはっきりしていくはずです。
参考までに――もし当時、空を見上げていたら
おまけの話を一つ。HD 7977が10,000天文単位まで近づいたとき、地球から見るとどのくらいの明るさに見えたのでしょうか。太陽に似た星がその距離にあると、見かけの明るさはマイナス7等ほど。金星の約40倍明るく、昼間でも見えるレベルです。250万年前といえば、人類の遠い祖先が地上を歩いていたころ。彼らはこの見慣れない明るい星を、たしかに空に見ていたかもしれません。
次に長周期彗星が夜空にやってきたら、それは遠い昔に太陽系のそばを通り過ぎた一つの星の、いまだ消えない余韻なのかもしれない――そう思って眺めると、氷のかたまりの尾も、少し違って見えてきます。
出典
この記事は、以下の情報をもとにまとめました。
An Ancient Stellar Passage Altered the Orbits of Comets We See Today(Universe Today)


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