「AIスロップ」を避けろ——AI企業が2022年以前の紙の本を買い漁るわけ

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AI企業が、古い紙の本を1,000冊から100万冊という単位でまとめ買いしている——そんな動きを、米メディアの404 Mediaが2026年7月21日に報じました。狙いは、2022年より前に出版された本。つまり、生成AIがまだ世に出ていなかった時代の、「AIが書いた文章が一切混じっていない」ことが保証されたテキストです。

ネット上の文章をかき集めて学習させる、というこれまでのやり方が限界に近づくなか、AI企業の目が「棚の上の紙の本」に向かい始めています。その裏側で、中古書市場に異変が起き、希少な本が断裁されているのではという心配の声も出ています。

AIスロップとモデル崩壊の懸念

背景にあるのは、「AIスロップ」と呼ばれる問題です。スロップ(slop)は英語で「残飯」「泥水」のような意味で、ネット上にあふれるAI生成の低品質な文章や画像を指す言葉として定着しつつあります。

いまウェブをクロールしてテキストを集めると、そこにはすでに大量のAI生成文章が混じっています。AIが書いた文章でAIを学習させると、モデルの質が下がり、誤りが増えていく——この現象は「モデル崩壊(model collapse)」と呼ばれ、研究でも指摘されてきました。コピーのコピーを繰り返すと画質が劣化していくのに似ています。

さらに、自分の文章を勝手に学習に使われたくない書き手が、AIを混乱させる目的の「毒入りテキスト」をネットに置く動きもあります。ウェブから集めたデータは、質の面でも安全性の面でも、以前ほど信用できなくなってきているわけです。

その点、2022年より前に印刷された紙の本には、構造的にAI生成文章が入り込む余地がありません。編集者の手が入り、内容が整理された「濃い」テキストでもあります。AI企業にとって、これほど都合のいいデータソースはなかなかない、という理屈です。

書籍データ会社ISBNdbの参入

この需要に応えているのが、ISBNdbという会社です。ISBNは書籍の裏表紙にあるバーコードでおなじみの国際標準図書番号のことで、ISBNdbは「世界最大の書籍データベース」をうたい、長年、書店や図書館の在庫管理などを支えてきました。

それが生成AIブームで一変します。404 Mediaによると、同社はいまAI企業向けに、1回の注文で1,000冊から100万冊規模の紙の本の大量調達を仲介しています。書籍データベースを持っているので、重複を避けながら計画的に本を買い集め、スキャンして学習データ化する作業を効率よく進められる、というわけです。

ISBNdbのサイトには「世界最高のAI学習データは、棚の上に眠っている」といった宣伝文句が並びます。一方で、すべての取引に秘密保持契約(NDA)を結び、依頼したAI企業の名前は一切明かさないこともアピールしています。同社のサイトには「イメージの問題は現実にある」「『AI企業が200万冊の本を破壊』は共感を呼ぶ見出しではない」という、ずいぶん率直な記述もあるそうです。

Anthropicの訴訟で明らかになった大量購入とスキャン

AI企業による紙の本の買い集めが広く知られるきっかけになったのは、作家たちがAI企業Anthropic(Claudeの開発元)を訴えた著作権訴訟でした。訴訟の過程で開示された社内文書から、同社が数百万冊規模の紙の本を購入してスキャンする計画を進めていたこと、そしてスキャンの過程で本そのものは破棄されていたことが明らかになっています。

破棄というと物騒に聞こえますが、これは「破壊スキャン」と呼ばれる方式によるものです。本の背を裁断してページをバラし、機械に流し込んでスキャンする方法で、背を切らずに1ページずつめくる方式より速くて安上がりです。Anthropicが契約したスキャン業者は、破壊式・非破壊式の両方のサービスを提供している会社でした。ただし、なぜ破壊式を選んだのかについて、開示された文書は理由を明らかにしていません。

興味深いのは、この訴訟での連邦判事の判断です。ウィリアム・オールサップ判事は、購入した紙の本をデジタル化する行為について、「紙の原本は破棄され、デジタル版がそれに置き換わった。デジタル版が社外に共有・販売された証拠もない」として、むしろ本を破棄したからこそ単なる媒体の変換にあたるとし、米国著作権法上のフェアユース(公正利用)と認めました。本を残してコピーを増やすより、破棄して置き換えるほうが法的には通りやすい——そんな捻れた構図になっているのです。ISBNdbのサイトも、この法的な理屈をAI企業向けの宣伝材料に使っています。

紙の本をめぐる法的な争いはAnthropicだけではありません。2026年7月には、複数の出版社が「著作権のある書籍でGeminiを学習させた」としてGoogleを提訴したことも報じられています。

中古書市場で起きている異変

この動きは、中古書を売る側にも波及しています。404 Mediaの取材に応じた、外国語書籍を専門に扱うある書店主は、2026年4月ごろから売上が異常な水準に跳ね上がったと証言しています。ふだんは調子のいい週でも20冊ほどの販売が、4月以降はコンスタントに週数百冊。この書店主は、AI企業への販売がすでに数百冊にのぼっているのではと見ています。

ただし、買い手がAI企業だという直接の証拠はありません。ISBNdbも書籍マーケットプレイスも購入者の身元を伏せる仕組みだからです。それでも書店主が疑うのには理由があります。従来の大口顧客だった学校や図書館は予算削減で購入を減らしているうえ、図書館の注文なら普通はテーマに一貫性があるのに、今回の大量注文は「ISBNが付いている」こと以外に共通点がなく、値段もほとんど気にされていない。しかも、ISBNのない本は一冊も買われていない——機械的にリストで発注している買い手の姿が浮かび上がる、というわけです。

同様の報告は他のマーケットプレイスからも出ており、オランダでも希少書を扱う複数の業者が「AI企業によるものと思われる大量購入」を報告し、珍しい版の本が学習データ化の過程で失われるのではと懸念している、と現地メディアが報じています。

この書店主の在庫には、流通量の少ない外国語の本や希少本が多く含まれます。本人も「在庫がはけて経済的には助かる。でも使われ方は好きになれないし、珍しい本がパルプにされていくのは嫌だ」と、複雑な心境を語っています。デジタル化されたとはいえ、そのデータはAI企業の社内に留まり、公開されるわけではありません。紙の現物が失われれば、その本はいっそう手に入りにくくなります。

留意点

いくつか、割り引いて読むべき点があります。まず、中古書店での大量購入について、買い手がAI企業だと確認されたわけではありません。404 Media自身も、取材した書店主の売上とISBNdbやAI企業を直接結びつける証拠は見ていない、と明記しています。状況証拠は揃っているものの、匿名購入の仕組み上、裏が取れないのが実情です。

また、Anthropicの件は訴訟で開示された文書と判決に基づく話で、同社が現在も同じ方法を続けているかは分かりません。Googleの件も提訴が報じられた段階で、司法判断はこれからです。ISBNdbとAnthropicは、404 Mediaのコメント要請に回答していません。

「本を破棄すること」の評価も一筋縄ではいきません。中古市場で買った本の代金は流通済みで、著者の収入を新たに奪うわけではない、という理屈には一理あります。一方で、もともと部数の少ない本や絶版本が現物ごと失われることの損失は、お金の話とは別の次元にあります。効率とコストの論理だけでは測れない部分が残る話です。

出典

この記事は、以下の報道・資料をもとに書いています。

・404 Media「AI Companies Are Buying Tons of Old Books Because They’re Free of AI Slop」(Emanuel Maiberg・2026年7月21日)
・Ars Technica「Anthropicの書籍スキャンに関する報道
・The Guardian「出版社によるGoogle提訴の報道」(2026年7月14日)
・NL Times「オランダの希少書業者の報告」(2026年6月25日)

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