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| 名前 | ブロントサウルス(Brontosaurus)。ギリシャ語で「雷のトカゲ」 |
| 分類 | 竜脚類 ディプロドクス科 アパトサウルス亜科 |
| 時代 | ジュラ紀後期(約1億5400万〜1億5000万年前) |
| 発見地 | アメリカのワイオミング州とユタ州。モリソン層と呼ばれる地層から見つかる |
| 全長 | 約20〜22m(ブロントサウルス・エクセルスス) |
| 体重 | 推定の方法によって大きく違い、約15トンから30トンほどまで幅がある |
ブロントサウルスは、ジュラ紀後期の北米にいた植物食の竜脚類です。長い首と長い尾をもつ、恐竜の代表のような姿で知られています。1879年に名前が付きましたが、20世紀の初めにアパトサウルスと同じ恐竜とされて学名が使われなくなり、2015年の研究で別の属として認められました。
姿と暮らし
ブロントサウルスは、四本の太い柱のような脚で体を支え、前に長い首、後ろにさらに長い尾を伸ばしていました。同じディプロドクス科のディプロドクスに比べると、首の骨は幅が広くがっしりしていて、体つきも重く、ずんぐりした印象の竜脚類です。頭は体に比べてとても小さく、口の前のほうに鉛筆のような細い歯が並んでいました。この歯で植物をむしり取り、噛まずに飲み込んでいたと考えられています。
種は3つが知られています。1879年に名前が付いたブロントサウルス・エクセルススのほか、1902年に別の属エロサウルスとして記載されたブロントサウルス・パルウス、1994年にアパトサウルスの一種として記載されたブロントサウルス・ヤーナピンです。どれもワイオミング州やユタ州のモリソン層から出ています。
モリソン層は、ジュラ紀後期の北米の内陸に広がった川と氾濫原の地層です。乾季と雨季のある土地で、川沿いには針葉樹やソテツのなかま、シダが茂っていました。草や花をつける植物はまだありません。同じ地層からは、竜脚類のディプロドクスやブラキオサウルス、カマラサウルス、背中に板を並べたステゴサウルス、肉食のアロサウルスが見つかっていて、ブロントサウルスはこうした恐竜と同じ土地で暮らしていました。
基準標本(YPM 1980)は、ワイオミング州の採石場から掘り出され、アメリカのイェール大学ピーボディ自然史博物館に収められています。全身の骨がよく残った標本で、1883年にはこの標本をもとに、竜脚類として初めて全身骨格の復元図が発表されました。
消えて、戻ってきた名前
ブロントサウルスの名前を付けたのは、アメリカの古生物学者オスニエル・チャールズ・マーシュです。マーシュは1877年、コロラド州で見つかった竜脚類にアパトサウルス・アヤクスと名前を付けました。2年後の1879年、ワイオミング州で見つかった大きな骨格に、ブロントサウルス・エクセルススという別の名前を付けています。
1903年、シカゴのフィールド自然史博物館のエルマー・リッグスは、新しく掘り出した竜脚類の骨格を調べ、ブロントサウルスとアパトサウルスの違いは同じ動物の成長段階の違いにすぎないと結論しました。2つが同じ属なら、先に付いた名前が正式な学名になります。アパトサウルスは1877年、ブロントサウルスは1879年なので、ブロントサウルスはアパトサウルスの別名として扱われることになりました。ブロントサウルス・エクセルススも、アパトサウルス・エクセルススと呼ばれるようになります。
学名としては使われなくなっても、ブロントサウルスという名前は図鑑や映画、博物館の展示で使われ続けました。マーシュの基準標本を組み立てたイェール大学ピーボディ自然史博物館の骨格は1931年に公開され、長い間この名前で親しまれてきました。こうして「ブロントサウルスは実在しない恐竜」という話も広く知られるようになりました。
2015年、ポルトガルのリスボン新大学のエマニュエル・チョップと、オクタビオ・マテウス、オックスフォード大学のロジャー・ベンソンは、ディプロドクス科の分類をまとめて見直した論文を発表しました。この研究は、種ごとではなく標本ごとに体の特徴を記録する方法をとっています。81の標本や種を477の特徴で比べて系統樹を作り、さらに標本どうしの違いの大きさを数値にして、属を分けるべきか、種の違いにとどまるかを判断しました。
その数値では、別の属どうしの違いがおよそ0.222より大きく、同じ属の種どうしは0.181より小さくなります。アパトサウルスとブロントサウルスの違いは0.2545で、属を分ける目安を超えていました。背中の後ろの骨の棘の付け根の形や、肩甲骨の形、足首の骨の縦横の比など、ブロントサウルスだけに見られる特徴も挙げられています。研究チームは、ブロントサウルスを独立した属として認め、エロサウルスやエオブロントサウルスとして記載されていた種もこの属に含めました。
1903年から112年たって、ブロントサウルスの名前は学名として戻りました。ただし、属をどう分けるかは研究者の判断によるところがあり、この結論に慎重な研究者もいます。アパトサウルスとブロントサウルスがよく似た近い仲間であることは変わらず、2015年の研究も、2つを同じアパトサウルス亜科の中の別の属として扱っています。




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出典
Tschopp, E., Mateus, O. & Benson, R. B. J. (2015). A specimen-level phylogenetic analysis and taxonomic revision of Diplodocidae (Dinosauria, Sauropoda). PeerJ 3, e857. https://doi.org/10.7717/peerj.857
Marsh, O. C. (1879). Notice of new Jurassic reptiles. American Journal of Science (series 3) 18, 501–505. https://doi.org/10.2475/ajs.s3-18.108.501
Marsh, O. C. (1877). Notice of new dinosaurian reptiles from the Jurassic formation. American Journal of Science (series 3) 14, 514–516. https://doi.org/10.2475/ajs.s3-14.84.514
Riggs, E. S. (1903). Structure and relationships of opisthocoelian dinosaurs. Part I: Apatosaurus Marsh. Field Columbian Museum, Geological Series 2, 165–196.
Yale News (2019). Peabody Museum bids ‘Heads-Off’ to its beloved Brontosaurus. https://news.yale.edu/2019/12/12/peabody-museum-bids-heads-its-beloved-brontosaurus


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