「時刻合わせが一度もいらない寝室用の時計がほしい」。出発点はそれだけだった。できあがったのはRaspberry Piを積んだ装置で、ネット経由で時刻を取り続け、夏時間(サマータイム)の切り替えも自分で処理し、設定次第ではSiriから明るさまで変えられる。そして本体を収めるケースは、本人ではなく大規模言語モデルがCADソフトを操作して仕上げている。Hackadayが7月26日に紹介した、Lee Hutchinsonさんの自作時計「PiClock」だ。
文章や絵をAIに書かせる話はもう珍しくないが、これは立体の設計をAIにやらせた例になる。しかも思いつきの一発ネタでは終わっておらず、3Dプリント用のデータもCADの元ファイルもソースコードも公開されていて、どこにAIが手を入れたのかを外から追える。
時刻合わせのいらない時計という出発点
まず、なぜわざわざ自作するのかという話から。Raspberry Piには電池でバックアップされた時計が載っていない。電源を切れば時刻の記憶は消える。そこでPiClockは、時刻の正しさを二つの仕組みだけに任せている。ひとつはNTPで、ネットワーク越しに時刻を合わせ続ける標準的な仕組み(Linuxに最初から入っているsystemd-timesyncdをそのまま使う)。もうひとつがタイムゾーンの設定で、これを最初に一度だけ入れておけば、あとはPythonが地域ごとの規則を参照して夏時間の切り替えまで自動でやってくれる。時差の足し算引き算を自分で書く必要はどこにもない。
細かいところだが、電源を入れた直後、まだ時刻の同期が済んでいない間は数字ではなく「—-」を表示する作りになっている。自信満々に間違った時刻を出すより、まだ分かっていないと表示したほうがいい、という判断だ。
部品はごく素直な構成で、Raspberry Pi Zero W(またはZero 2 W)に、Adafruitの1.2インチ(数字の高さが約3センチ)4桁7セグメント表示器を、I2Cという2本の信号線でつなぐだけ。表示器側のHT16K33というチップが点灯をまとめて面倒みてくれる。
設計工程での行き詰まり
Hutchinsonさんはsystemdを日常的に使う人で、時刻同期のためのユーザーやサービスを整えるところは何の苦もなく進んだ。表示用のPythonコードも、少し錆びついた腕をClaude Codeに補ってもらいながら書き上げている。
問題はケースだった。本人は機械設計の専門家ではないうえに、CADソフト「Autodesk Fusion」の操作画面がどうにも肌に合わない。ここで多くの人は歯を食いしばって画面と格闘するか、既製品のケースで妥協する。彼が選んだのは三つ目の道で、Fusionに新しく用意されたMCPサーバーに大規模言語モデルをつなぎ、CADの操作そのものを任せてしまうことだった。
Fusionに用意された公式のMCP接続
MCP(Model Context Protocol)は、AIアプリを外部のツールやデータにつなぐための共通の作法を決めた規格だ。これがあると、AIは「こうするといいですよ」と答えるだけの立場から、実際にそのソフトを動かす立場に移れる。
ここが今回の肝で、このMCP接続はAutodeskが公式に用意したものだ。同社は2026年5月に、AIツールをFusionにつなぐFusion MCPを発表している。デスクトップ側のMCPサーバーは自分のパソコンの中で動き、Fusionが起動していることを前提に、モデリングやコマンドの実行を担当する。つなぎ先はClaude DesktopやCursorのほか、MCPに対応したクライアントなら基本的に何でもいい。あわせて、プロジェクトのデータ側を扱うクラウド版のFusion Data MCPも公開されている。

つまりこの件は「AIがCADを覚えた」という話ではない。CADソフトの側に、外からAIが手を突っ込むための正式な口が開いた——その口を、たまたまCADが苦手だった人が最初に活用してみせた、という順番になる。
AIが加えた変更点
ここは正直に押さえておきたいところで、AIが白紙から筐体(きょうたい/ケースのこと)を起こしたわけではない。ベースになっているのは、Printablesで公開されていたBoostedさんによる既存のケース設計だ。AIがやったのは、その形を自分の部品構成に合うように作り替える作業になる。
公開されているデータには、何をどう変えたかが具体的に書かれている。ひとつめは、一体だった筐体を複数のパーツに分割したこと。こうするとサポート材(印刷中に垂れ下がりを支える捨て材)なしで刷れるようになる。ふたつめは、前面にアクリル板をはめ込むための窪みを作り、本体を伸ばして表示器をしっかりくわえ込むようにしたこと。三つめは、ケース側から張り出していた突起を削り落としたこと。四つめが、配線を通す余裕を確保するために本体を大きく延長したこと。そして五つめが、パーツ同士がずれずに合わさるよう、全体に位置合わせのピンを立てたことだ。
どれも派手さはないが、寸法を実物に合わせて詰めていく、CADが本来いちばん時間を食う種類の作業でもある。成果物としては、3つのパーツのSTLファイルに加えて、Fusionの元ファイル(.f3d)まで一緒に公開されている。

二つのモデルの使い分け
実際にうまくいったのか。Hackadayの書きぶりは「うまくいった。まあ、ある程度は」といったところだ。
最初に試したのは、手元のパソコンで動かすQwen(モデルの中身が公開されていて、自前の環境で動かせる系統のモデル)だった。これは一方の依頼についてはかなりのところまで形にしたものの、もう一方では間違いを残した。最終的に仕上げまで持っていったのは、より能力の高いClaudeのモデルをもう一度通したときだ。
手元で完結させたい人にとっては悩ましい結果だが、逆に言えば、ローカルで動く公開モデルでも途中までは到達できたということでもある。この差がどこまで縮まるかは、モデル側の進歩を待つ部分が大きい。
ソフトウェア側でのAI活用
CADばかり目立つが、ソフトウェア側もAI込みで作られている。表示プログラムはPythonだけで書かれていて、HT16K33をライブラリ任せにせずレジスタに直接書き込む方式を取っている。systemdへの組み込みも丁寧で、時計専用のログインできないアカウントを作り、権限は表示器にアクセスするための最小限だけを与え、管理者権限は一切持たせていない。オプションで、Appleのホームアプリから明るさを操作できるようにしたり、昼は消灯・夕方に点灯・夜は減光といった時間割を有効にしたりもできる。
リポジトリを覗くと、AIに読ませるための指示書(CLAUDE.mdやAGENTS.md)が置かれていて、READMEの冒頭にはこの文書自体がAI生成であることが明記されている。どこまでを機械にやらせたかを隠さずに書いてある点は、この種のプロジェクトとしては珍しく親切だ。
ライセンスの扱いにも一言。ソフトウェア部分は事実上の著作権放棄(The Unlicense)で誰でも自由に使えるが、ケースのファイルだけは元設計から引き継いだCC BY-NC-SA 4.0が適用される。表示と改変の条件が違うので、印刷して配ろうと考えるなら確認しておきたい。
個人の実験としての限界
面白い試みだが、これをもって「もうCADはAIに任せられる」と読むのは行き過ぎになる。あくまで一人が自分の趣味の範囲でやった実験で、同じ手順が誰の環境でも同じように動く保証はない。
条件も見ておく必要がある。今回の課題は、すでにある設計を実物の寸法に合わせて直すという、目標がはっきりした作業だった。白紙から機能する形を考えさせるのとは難易度が違う。ローカルのモデルだけでは詰め切れなかったのも先に触れたとおりだ。
そして、AIがソフトを直接動かせるということは、間違いもそのまま実行されるということでもある。出てきた形が正しいかどうかを判断するのは、結局のところ画面と実物を見比べる人間の側だ。今回のケースも、印刷して組んでみて初めて寸法の当たりが分かる部分が多かったはずで、AIに任せられたのは操作であって、判断まで手放したわけではない。
出典
Hackaday — Ever Seen Claude Use Fusion 360?
GitHub — code-a-saurus/PiClock(ソースコード・3Dプリントデータ・ライセンス)


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