1960年代の電子オルガンを分解したら、増幅と発振を担う真空管に混じって、小さなネオン管がずらりと並んでいた——。海外の電子工作メディア Hackaday が、フィリップスのビンテージ電子オルガン「Philicorda(フィリコーダ)」の中身を取り上げていました。デジタルの分周回路を、安価なICどころかトランジスタすら本格普及する前の時代に、ネオン管で組んでいたという話です。
ネオン管というと、看板や表示灯を思い浮かべる人が多いはずですが、この楽器では音を作る心臓部でスイッチ素子として働いていました。今回はその仕組みと、なぜそんな設計になったのかを見ていきます。
トランジスタ全盛期に真空管で組まれたオルガン
Philicorda は、フィリップスが1960年代初頭に売り出した電子オルガンです。オランダ・アイントホーフェンの研究所で開発された、同社にとって初めての楽器でした。外から見ると単音(単声)のシンプルなオルガンなのですが、フタを開けると中身は時代に逆行しているように見えます。
ちょうどこのころ、電子楽器の世界ではトランジスタが主役に躍り出ようとしていました。それでもフィリップスの設計陣は、増幅と発振に真空管を選んでいます。真空管そのものは当時ごく普通の部品でしたが、この機種で目を引くのは、音程を作る過程に組み込まれたネオン管の列です。
分周を担っていたネオン管
電子オルガンで各鍵盤の音程を作るとき、よく使われるのが「分周」という手法です。まず高いほうの1オクターブ分の音を発振回路で作り、その周波数を半分にすると、ちょうど1オクターブ下の音になります。これを段階的に繰り返して、鍵盤全体の音程をそろえていきます。Philicorda では、このオクターブごとの分周にネオン管を使っていました。
ネオン管がスイッチとして使えるのは、点灯のしかたに独特のクセがあるからです。電極間の電圧をだんだん上げていくと、ある電圧(点火電圧)を超えたところで一気に放電して点灯します。いったん点くと、今度は電圧を点火電圧より下げても、もっと低い電圧(維持電圧)を割り込むまでは点いたままです。この「点くきっかけ」と「消えるきっかけ」がずれている性質を使うと、入ってきた信号を数えて何回かに一度だけ反応させる、つまり分周する回路が組めます。オン・オフのはっきりした素子としてデジタル的に振る舞える、というわけです。

安価なICが登場する前の設計
いまなら分周もカウントも、数十円のデジタルICで片づく処理です。しかし Philicorda が設計された当時、そうした安価なロジックICが手に入るようになるのは、まだ数年先の話でした。トランジスタも実用化されてはいたものの、性能や価格の面で気軽に量産設計へ組み込めるとは限りません。そんな状況では、枯れた部品であるネオン管をスイッチ素子として並べるのは、むしろ理にかなった選択でした。
ネオン管を計数やスイッチングに使う手法は、この楽器だけの奇策ではありません。同じ時代には、真空管やネオン管で桁を扱う卓上計算機なども作られていて、半導体が価格と信頼性で追いつくまでのつなぎとして、放電を使う素子は各所で活躍していました。Philicorda の基板は、その過渡期の設計思想がそのまま残った標本のようなものです。
今も生きるフィリコーダのサウンド
この方式で作られる音には、独特のあたたかみがありました。Hackaday の記事では、クリス・モンテスが1962年に放ったヒット曲「Let’s Dance」の、あの特徴的なオルガンの音がこの系統の楽器で鳴らされていた、という逸話も紹介されています。地味な家庭用オルガンという見た目のわりに、しっかりポップスの現場でも使われていたわけです。
なお、Philicorda はその後モデルチェンジを重ね、後期のものはトランジスタ化が進みました。真空管とネオン管で組まれていたのは、あくまで初期の世代の話です。近年ではこの音をソフトウェアで再現するエミュレーション製品も出ていて、実機を修理して現役に戻す人もいます。半世紀以上前の、ネオンがちらちらと灯る基板が、いまも音を出し続けているのは面白いところです。
元記事は Hackaday の The Organ That Forgot To Use Transistors(2026年7月3日)。実機の分解と演奏の様子は、修理系YouTubeチャンネル Emma Repairs の動画で見られます。


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