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大西洋の海流が止まるかもしれない、という話は、海外の科学ニュースの定番になりました。Live Scienceだけを見ても、「崩壊は思われていたよりずっと近い」「グリーンランドの融け水で大きく弱まるが、止まりはしない」「崩壊すれば世界の食料生産が落ちる」といった記事が、この1年ほどのあいだに続いています。
そして2026年8月、また新しい研究が出ました。今度の見出しは「どこまで暑くなるかより、どれだけ速く暑くなるかのほうが大事」というものです。
この手のニュースを追っていると、出てくる数字が毎回ちがうことに戸惑います。4℃と言われたり、2℃と言われたり、半分に弱まると言われたり、止まりはしないと言われたり。今回の研究はその戸惑いに、わりと正面から答えている内容でした。研究の中身を紹介しながら、数字がばらつく理由まで書いてみます。
気温で引かれてきた「4℃」という目安
AMOC(エーモック)は「大西洋子午面循環」の略で、大西洋を南北にめぐる大きな海流のしくみです。メキシコ湾流もその一部で、赤道近くの暖かい海水を北へ運び、ヨーロッパの冬を穏やかにしています。
この循環を動かしているのは、北大西洋の海水が沈み込む力です。グリーンランドの近くまで来た海水は冷やされて重くなり、深いところへ沈んで南へ戻っていきます。冷たくて塩辛い水ほど重いので、よく沈みます。ところが温暖化で海面が温まり、北極の氷の融け水で塩分が薄まると、海水が軽くなって沈みにくくなる。これがAMOCが弱まる基本的な理由です。

上の図のように、暖かい海面の流れが北へ向かい、北大西洋で沈んで、深いところを南へ戻っていきます。この沈み込みが止まって循環がほとんど動かなくなるのが、ニュースで言う「崩壊」です。
では、どこまで温暖化すると崩壊するのか。2022年にScience誌に出た研究(Armstrong McKay氏ら)は、気候のさまざまな「後戻りしにくくなる境目(ティッピングポイント)」をまとめ直し、AMOCの境目を産業革命前から+4℃前後と見積もりました。ただし幅は+1.4℃から+8℃までと、かなり広いものです。その後もこの「何℃で崩壊するか」という形の問いが、議論の土台になってきました。
CO2の増え方だけを変えた3本のシミュレーション
今回の論文は、オランダのユトレヒト大学のRené van Westen氏、Reyk Börner氏、Henk Dijkstra氏によるもので、2026年8月13日にNature Climate Changeに掲載されました。誰でも全文を読めるオープンアクセスの論文です。
チームは、アメリカの研究機関が開発した気候モデル(CESM)を使い、大気中のCO2を産業革命前のおよそ4倍まで増やす計算を3通り行いました。違うのは増やす速さだけです。1年に0.5ppmずつ増やす「ゆっくり」の計算は、4倍に届くまでにモデルの中で1,750年かかります。1年に2.5ppmと5.0ppmの「速い」計算は、それぞれ350年と175年です。
比べる目安として、ハワイのマウナロア観測所で測られているCO2の増え方は、2015〜2025年の平均で1年に2.6ppmと論文に書かれています。つまり「速い」ほうの2.5ppmは、ほぼ今の人類のペースです。Börner氏は発表の中で、今よりずっと遅いシナリオをわざと用意したのは、最終的にどこまで暑くなるかと切り離して、温まる速さそのものの影響を取り出すためだった、と説明しています。
結果ははっきり分かれました。速い2本の計算では、世界の平均気温がおよそ+2℃上がったところでAMOCの崩壊が始まりました。一方、ゆっくりの計算では、最後に+5.5℃まで上がってもAMOCは崩れず、しっかり動き続けました。同じモデル、同じ最終的なCO2濃度なのに、速さだけで結末が逆になったわけです。
ゆっくりなら海が追いつける理由
ゆっくり温まると、なぜ崩れないのか。論文は、温暖化そのものがAMOCを支える方向にも働いていることを示しています。
一つは蒸発です。温かい海ほど水がよく蒸発するので、大西洋の表面は塩分が濃くなり、重くなります。もう一つは海氷です。暖かくなると北大西洋の海氷が北へ退き、春に海氷が融けて流れ込む真水が減ります。しかも海氷は海と大気のあいだの熱のやりとりを妨げる蓋のような役目もしているので、それがなくなると、ラブラドル海のように以前は沈み込みが起きていなかった海域でも、深い沈み込みが始まります。ゆっくりの計算では、モデル上の800年目ごろにこれが起き、AMOCがかえって強まる場面もありました。
問題は、この支えが効いてくるまでの時間です。塩辛くなった水が深いところを通って大西洋の外へ運ばれ、全体の状態が落ち着くまでには数百年かかります。一方、温暖化がAMOCを弱める働きは、数年から数十年で効いてきます。弱める側が速く、支える側が遅いのです。

上の図の左側がゆっくり温まる場合で、表面から深いところまで、海全体がそろって少しずつ変わっていきます。右側が速く温まる場合で、表面の水だけがどんどん軽くなり、深い層との差が開いていきます。論文の解析でも、速い計算では沈み込む海域の表面が内部よりずっと速く軽くなり、水が沈んでいく通り道がふさがれていました。Dijkstra氏は、ゆっくりなら表面から最深部まで海全体が組み替わって適応する時間があるが、速いと海がついていけない、と表現しています。
ちなみに、ゆっくりの計算の温まり方は10年あたり0.03℃ほどで、今の温暖化の10分の1程度にすぎません。現実にはもう、そのペースには戻れないということでもあります。
「2℃で崩壊」を新しい境界線と読まない理由
ここで「崩壊ラインは4℃ではなく2℃だった」と受け取りたくなりますが、それはこの論文の読み方としては正確ではありません。理由は二つあります。
一つめは、計算の前提です。気候モデルには、AMOCを実際より安定に描いてしまうかたよりがあることが知られています。チームはそれを補うため、北大西洋に余分な真水を流し込み続ける設定を入れ、AMOCをわざと崩れやすい状態にしてから計算を始めました。そのため、モデル内のAMOCの強さは観測値(毎秒およそ1,700万立方メートル)より弱い、毎秒およそ1,300万立方メートル程度です。「+2℃」はこの設定のもとで出てきた数字で、現実の地球の境界線としてそのまま使える値ではありません。論文自身も、崩壊が本当に「ティッピングポイント」を越えた結果なのかははっきりしないとして、その言葉を避けています。
二つめのほうが大事です。この論文のいちばんの主張は「崩壊は2℃で起きる」ではなく、「崩壊を一つの気温で言い表すこと自体に無理がある」というものです。同じモデルで、2℃で崩れた計算と5.5℃でも崩れなかった計算が並んでいる。どこまで温まったかではなく、どういう道筋で温まったかで結果が決まる。そうだとすると、「何℃で崩壊するか」という問いには、そもそも決まった答えがないことになります。
ニュースごとに数字が違う理由
そう考えると、AMOCのニュースで数字がばらつく理由が見えてきます。それぞれの研究は、じつは違う問いに答えています。
2026年春にScience Advancesに出た研究(Portmann氏ら)は、「今世紀末までにどれくらい弱まるか」を問い、半分前後という答えを出しました。これは崩壊するかどうかの研究ではありません。2025年にNature Geoscienceに出た別の研究(Bonan氏ら)は、同じように観測データでモデルを絞り込む方法を使いながら、弱まりは限られたものになると結論しています。同じ手法の系統でも、どの観測をどう使うかで答えの向きが変わるのです。2025年の別の研究(Drijfhout氏ら)は、多くの気候モデルの計算を2100年より先まで延ばすと、北大西洋の沈み込みが止まる例が出てくることを示しました。こちらは「いつ」の問いで、答えは今世紀の外にあります。
弱まる割合、崩壊するかどうか、崩壊する時期、崩壊する気温。問いが違えば、出てくる数字も違って当然です。さらに、使ったモデルや前提の置き方でも結果は動きます。そこへ今回の論文が「気温の境目は温まり方しだいで動く」と示したのですから、気温一つで区切った数字が研究ごとに揺れるのは、ある意味で自然なことでした。
もう一つ、伝える側で起きる揺れもあります。今回の研究を紹介したLive Scienceの記事は、公開後の9月4日に、ゆっくりの計算ではAMOCは崩壊していなかった、と説明を訂正しています。研究の結論の核心にあたる部分でも、紹介記事の段階で取り違えが起きることがある。読む側としては、見出しの数字より「その研究は何を問うていたのか」を確かめたほうが、振り回されずに済みます。
どの研究でも揺らいでいないこと
数字がばらついていても、変わっていない部分はあります。
まず、AMOCが今世紀のうちに弱まるという点は、ほとんどの研究で共通しています。国連のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の2021年の報告書も、21世紀中に弱まる可能性は非常に高いとしつつ、2100年より前に急に崩壊することはないだろうと、中程度の確信度で述べています。ばらついているのは主に、どこまで弱まるか、その先に崩壊があるか、という部分です。
そのうえで今回の研究が加えたのは、「最終的に何℃で止めるか」だけでなく「どれだけ速く温めるか」も効く、という視点です。チームはこれを受けて、気候の目標や危険の見積もりに温暖化の速さも入れるべきだと主張しています。van Westen氏は、いったん目標を超えてから技術でCO2を回収して下げる「オーバーシュート」の道筋についても、その一時的な超過のあいだに崩壊の引き金が引かれるおそれがあり、一度起きたら簡単には元に戻せない、と注意を促しています。
論文の終わりのほうでは、同じグループの以前の研究の指標を使い、今の予測どおりのペースで温暖化が進んだ場合、2060年ごろ、+2.5℃前後で崩壊が始まりうるという試算も示されています。これを温まる速さに直すと10年あたり約0.29℃で、予測されている温暖化のペースとほぼ重なる、というのが著者らの見立てです。ただ、これも特定の指標とモデル群にもとづく一つの見積もりです。
研究に関わっていないイギリス国立海洋学センターのJenny Mecking氏は、この研究だけで崩壊を避けられるCO2の増え方の上限を決めることはできないとしながらも、温暖化の度合いと並べて増え方の速さを考えることの大切さを示した研究だ、とLive Scienceにコメントしています。
この研究を読んで、次にAMOCのニュースを見かけたら、見出しの数字より先に「何を問うた研究か」を見るようにしようと思いました。弱まる割合の話なのか、止まるかどうかの話なのか、いつの話なのか。そこが分かれば、前に読んだ記事と数字が違っていても、どちらかが間違っているとは限らないことが見えてきます。
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