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| 名前 | プテリゴトゥス(Pterygotus)。ギリシャ語で「翼のあるもの」 |
| 分類 | 節足動物 鋏角類 ウミサソリ類 プテリゴトゥス科 |
| 時代 | シルル紀後期〜デボン紀中期(約4億2700万〜3億8300万年前)。代表種 P. anglicus はデボン紀前期 |
| 発見地 | スコットランド(アンガス)、イングランド、カナダ、アメリカ、チェコ、オーストラリアなど。5大陸から化石が出る |
| 全長 | 種によって50cm〜1.75m。代表種 P. anglicus で約1.6m(ハサミを除く) |
| 複眼のレンズ数 | 約4300個(P. anglicus の化石1点で数えた値) |
プテリゴトゥスは、シルル紀からデボン紀の海にいた大型のウミサソリのなかまです。体の前に伸びた一対の長いハサミ、オールのような平たい脚、大きな複眼を持ち、泳いで獲物を追う捕食者でした。1839年にスコットランドの採石場で見つかった断片から名前がつけられましたが、命名者は当初それを魚の化石だと考えていました。属名の「翼のあるもの」は、その誤りを今も残しています。
姿と暮らし
体は細長く、頭の甲にあたる前体部と、12節の後体部、その先に尾節がつきます。頭の前方には一対の大きなハサミ(鋏角)があり、これだけで体長の数分の一の長さになります。ハサミの先は丸く曲がり、内側には大きさの違う歯が並びます。獲物を刺して押さえ、口へ運ぶ道具です。頭の縁には大きな複眼が一対あり、その間に小さな単眼が並びます。
6対の付属肢のうち、いちばん後ろの一対は幅の広いオール形で、泳ぐときの推進に使いました。残りの歩脚は細く、棘を持ちません。同じウミサソリ類でも、エウリプテルスの歩脚には棘があって底を歩くのに向いていましたが、プテリゴトゥスの脚は陸や海底を歩くのには向かず、主に水中を泳いで暮らしたと考えられています。尾節は平たく幅広で、舵の役目をしました。
体の表面は、半円形のうろこを並べたような模様で覆われています。この模様は化石の破片からでも目立ち、後に名前の由来をめぐる混乱のもとになりました。
プテリゴトゥス科は、ウミサソリ類のなかで最も大型化したグループです。プテリゴトゥス属では、代表種の P. anglicus が全長約1.6m、断片的なハサミから推定された P. grandidentatus が約1.75mに達します。ただし「史上最大の節足動物」はこの属ではありません。2007年にドイツ・アイフェル地方のデボン紀前期の地層から、長さ約46cmと推定されるハサミの化石が報告され、近縁のイェーケロプテルス(Jaekelopterus rhenaniae)の全長が約2.5mと見積もられました。それまでの最大記録だったアクチラムスの約2.1mを半メートル近く上回る数字です。プテリゴトゥスとイェーケロプテルスは姿がよく似ていて、生殖器の付属肢と尾節の細かな違いでしか区別できません。
この属の化石は、スコットランドやイングランドのほか、カナダのニューブランズウィック州、アメリカ、チェコ、オーストラリアなど5大陸から見つかっています。多くのウミサソリが北米とヨーロッパに偏って産出するなかで、ほぼ世界中に分布した数少ない属です。同じ時代の水域には、エウリプテルスなどほかのウミサソリ類、無顎類や板皮類の魚、三葉虫、腕足動物がいました。
目とハサミが示す狩りのしかた
ウミサソリ類の大型種がどれほど活発な捕食者だったかは、長く議論がありました。2010年にはアクチラムスのハサミの構造が調べられ、厚い殻を突き通したり、もがく獲物を押さえたりするには力が足りないという結果が出ています。大きなハサミを持つからといって、強い捕食者とは限らないわけです。
2015年、マッコイらは複眼の化石からこの問題に取り組みました。節足動物の複眼は、レンズの数が多く、隣り合うレンズの向きの差(レンズ間角)が小さいほど、細かいものを見分けられます。カナダ・ニューブランズウィック州のデボン紀前期の地層から出た P. anglicus の化石では、レンズ間角が約0.77度、レンズの数は約4300個でした。イェーケロプテルスでも平均0.85度、約3200個です。これは現生の節足動物のなかでも、積極的に獲物を追う捕食者の値に重なります。一方、同じ科のアクチラムスはレンズ間角が大きく、レンズの数も少なく、視力は低いと判定されました。アクチラムスでは体が大きくなるほど視力が落ちる傾向もあり、成長してから活発に狩りをしていたとは考えにくい結果です。
ハサミの形も、この違いと対応しています。プテリゴトゥスとイェーケロプテルスのハサミは太く頑丈で、長さの違う歯が並び、刺して押さえる構造です。アクチラムスのハサミは歯が細かく、切る・そぐ動きに向いています。同じ「巨大なウミサソリ」でも、プテリゴトゥスは目がよく、力のあるハサミで獲物をつかまえる捕食者だった、というのが現在の見方です。獲物の候補には、同じ水域にいた魚類やほかの節足動物が挙げられています。
採石場の「セラフィム」と、翼のある魚
プテリゴトゥスの最初の化石は、スコットランド東部アンガス地方(当時のフォーファーシャー)の採石場から出ました。この地方のデボン紀前期の砂岩(旧赤色砂岩)は、薄くきれいに割れるため舗石として大量に切り出されていて、カーマイリーやテュリンヒルの採石場では、石を割る作業のなかで化石がたびたび顔を出しました。
採石場の作業員たちは、そこに現れる平たい板状の化石を「セラフィム(天使)」と呼んでいました。1839年のマーチソンの著書『The Silurian System』には、この名がスコットランドの採石場の作業員によってつけられたと記されています。1841年にヒュー・ミラーが書いた説明によれば、化石の表面を覆う波打つうろこ模様が、墓石に彫られた天使の翼の彫刻によく似ていたことが理由でした。扇のように左右へ広がる形も、翼を思わせました。
この「セラフィム」を学問の場で初めて記載したのが、魚類化石の権威だったスイスの博物学者ルイ・アガシです。アガシはマーチソンの同じ著書に寄せた付録で、この化石を Pterygotus、「翼のあるもの」と名づけました。アガシはこれを大型の魚の化石と考えていました。表面のうろこ模様が、魚のうろこに見えたためです。
誤りが正されたのは5年後です。スコットランドの旧赤色砂岩からより完全な標本が集まるにつれ、うろこ模様の板は魚の体ではなく、節足動物の外骨格の一部だと分かりました。アガシは1844年、旧赤色砂岩の魚類化石をまとめた著作のなかで、プテリゴトゥスを甲殻類として扱い直しました。しかし属名はそのまま残ったため、この動物は今も「翼のあるもの」と呼ばれています。
「セラフィム」そのものの正体も、のちに分かります。1860年、地元の地質学者パウリーは、カーマイリーの採石場から出た、体節がすべてそろった P. anglicus の標本を報告しました。この標本によって、翼のように広がる「くちばし形の板」は、体の腹側、尾の付け根に近い位置にある板状の部分だと確かめられました。作業員が天使の翼と呼んだものは、魚でも翼でもなく、巨大な節足動物の腹側の一部だったのです。
プテリゴトゥスがウミサソリ類(広翼類)という独立したグループに置かれ、現生ではサソリやカブトガニと同じ鋏角類に近いと整理されるのは、さらに後の研究によります。名前だけは、最初の見立てを記録したまま使われ続けています。




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出典
Braddy, S. J., Poschmann, M. & Tetlie, O. E. (2008). Giant claw reveals the largest ever arthropod. Biology Letters 4, 106–109. https://doi.org/10.1098/rsbl.2007.0491
McCoy, V. E., Lamsdell, J. C., Poschmann, M., Anderson, R. P. & Briggs, D. E. G. (2015). All the better to see you with: eyes and claws reveal the evolution of divergent ecological roles in giant pterygotid eurypterids. Biology Letters 11, 20150564. https://doi.org/10.1098/rsbl.2015.0564
Lamsdell, J. C. & Braddy, S. J. (2010). Cope’s Rule and Romer’s theory: patterns of diversity and gigantism in eurypterids and Palaeozoic vertebrates. Biology Letters 6, 265–269. https://doi.org/10.1098/rsbl.2009.0700
Tetlie, O. E. & Briggs, D. E. G. (2009). The origin of pterygotid eurypterids (Chelicerata: Eurypterida). Palaeontology 52, 1141–1148. https://doi.org/10.1111/j.1475-4983.2009.00907.x
Powrie (1860). On the Old Red Sandstone and its fossil fish in Forfarshire. The Geologist 3. Cambridge University Press
Scottish National Dictionary, “Seraphim”(1839年のマーチソン、1841年のミラーの記述を引用). Dictionaries of the Scots Language
Scottish Geology Trust, Geosite: Turin Hill. https://geosites.scottishgeologytrust.org/geosite/734
University of Edinburgh, Cockburn Geological Collection: Pterygotus anglicus, Balruddery Den. https://collections.ed.ac.uk/cockburn/record/111601


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