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量子コンピューターの量子ビットは、熱や振動のわずかな乱れで状態が崩れます。実用的な計算をするには、計算の最中に誤りを見つけて直し続ける「耐故障性」が欠かせません。そのためには、ほかの量子ビットが動いている最中に一部の量子ビットを測り、結果に応じて手を入れる、という操作を何千回も繰り返す必要があります。IBM と米国ラトガース大学の Bibek Pokharel らの研究グループが、IBM の156量子ビットのプロセッサーで、まさにこの「乱す」と「正す」の繰り返しを最大100量子ビットの規模で動かし、乱れの中から秩序が立ち上がる様子を捉えました。論文は2026年10月9日に Nature Physics に載っています。
カオスを飼いならす
古典的な物理の世界には、わずかな初期の違いが時間とともに大きく膨らむカオスという現象があります。天気の予報が長期になるほど外れるのは、この性質のせいです。カオスは放っておけば広がりますが、状態を監視してときどき介入すれば、ある決まった点に落ち着かせることができます。古典のカオスでは、この「監視と介入による制御」はよく研究されてきました。
同じことを量子の系でやるのは、ずっと難しいとされてきました。量子のカオスは、ちょっとした乱れを増幅するうえに、測ることそのものが状態を壊し、雑音にも弱いからです。研究グループは、この難しい課題を実機で試しました。
使ったのは、カオスの教科書に出てくるベルヌーイ写像という単純な規則の量子版です。この規則は量子の情報を系全体にかき混ぜて広げます。これが「乱す」側です。それに対して、一部の量子ビットを計算の途中で測り、結果に応じてその量子ビットをリセットして、系を決まった点へ引き戻そうとします。これが「正す」側です。両者を交互に繰り返すと、かき混ぜる力と引き戻す力が綱引きをします。

介入が半分を超えると、秩序が戻る
実験は IBM Quantum Heron という156量子ビットの超伝導プロセッサーで行い、最大100個の量子ビットをつないで動かしました。量子ビット同士を絡ませるゲート操作を5,000回近く、途中での測定とリセットも5,000回近く重ねています。IBM の Maika Takita は、課題は量子ビットを1回測ることではなく、ほかの部分が動き続けている最中にそれを繰り返すことだった、と話しています。今の装置が、大きな系で量子の操作と測定とリセットを何千回も協調させられることを、この実験は示したとしています。
研究グループは、かき混ぜる操作と測って戻す操作の割合を少しずつ変えながら、系の振る舞いを追いました。すると、介入が全体の操作の半分を超えたところで、カオスに飲み込まれていた系が秩序を取り戻しました。この切り替わりは、量子ビットの数を増やすほどくっきりしました。水が一斉に氷に変わるように、系全体が足並みをそろえて状態を変える相転移です。
フロリダ大学の Haining Pan は、実験と理論の一致は小さな回路のたまたまの特徴ではなく、量子の系全体に現れる集団的な振る舞いだったことを示している、と話しています。研究グループは、雑音を含めた数値計算や統計力学の模型への対応づけで、この相転移の性質を理論的にも記述し、実機の結果が相転移を特徴づける普遍的な量を正確に再現していることを確かめました。
見出しと中身の距離
ScienceAlert はこの研究を「自分の間違いを直せる量子コンピューターに一歩近づいた」と紹介しています。ただ、論文が主題にしているのは誤り訂正の実証そのものではありません。量子カオスを測定とフィードバックで制御できるか、そのときにどんな相転移が起きるか、という物理の問いです。ラトガース大学の Jedediah Pixley が「耐故障型への道の目印」と呼ぶのは、耐故障性に要る「動いている最中に何度も測って直す」という操作を、100量子ビットの規模で何千回も実際に回せたからです。
ルイジアナ州立大学の Justin Wilson は、暴走する振る舞いを無作為な介入で抑え込めること、しかもそれが起きる割合がくっきり決まっていることに触れ、カオスと制御のあいだのこの移り変わりが量子の物理でも生き残るかどうかは自明ではなかった、と話しています。

残っている距離
今回の「正す」側の規則は、実際の誤り訂正に比べればずっと単純です。実用に近づくには、もっと複雑な規則で、もっと大きな系を、もっと長く制御し続ける必要があります。研究グループもこの実験を、量子の系を秩序だった状態に保つためのフィードバックの仕組みを試す負荷試験と位置づけています。
なお、この論文は IBM の装置を使って IBM の研究者が中心になって書いたもので、著者の多くが IBM に所属しています。量子ビットの数や操作の回数といった数字は論文で報告されたものですが、同社の技術の進み具合を示す性格も持つことは、頭に置いておいてよいと思います。それを差し引いても、量子のカオスを測りながら飼いならす、という実験が100量子ビットの規模で成り立った意味は小さくありません。
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出典
- Bibek Pokharel, Haining Pan et al., “Order from chaos with adaptive circuits on quantum hardware”, Nature Physics(2026年10月9日):https://doi.org/10.1038/s41567-026-03470-6
- ScienceAlert “We’re a Step Closer to Quantum Computers That Can Correct Their Own Mistakes”(2026年10月23日、David Nield):https://www.sciencealert.com/were-a-step-closer-to-quantum-computers-that-can-correct-their-own-mistakes


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