この記事には広告(Amazon アソシエイトのリンク)を含みます。
2026年の夏、フランスは記録づくめの暑さになりました。6月中旬から8月中旬までに「熱波の日」が52日。統計を取り始めてから最多で、各地で山火事が起き、暑さが原因とみられる超過死亡は7,300人を超えたと報じられています。
その暑さが、パリから北西へ80kmほど離れたノルマンディー地方の小さな村、ジヴェルニーにも届きました。ここには印象派の画家クロード・モネが1883年から亡くなる1926年まで、43年間暮らした家と庭があります。睡蓮の池、日本風の太鼓橋、藤棚。モネはこの庭を自分でつくり、そこに咲く花を描き続けました。庭は今も財団が管理していて、毎年数十万人が訪れる観光地です。その庭の花が、今年の夏、枯れました。
モネが43年かけてつくった庭
ジヴェルニーの庭は、大きく二つに分かれています。家の前に広がる「花の庭(クロ・ノルマン)」と、道を挟んだ向こうにある「水の庭」です。
モネが越してきたとき、ここは野菜や香草、リンゴ酒用のリンゴの木が植わった、いわば実用の畑でした。モネは緩やかな斜面と日当たりの良さを気に入り、少しずつ花の庭につくり変えていきます。1893年には土地を買い足して池を掘り、そこに睡蓮を植えました。これが後に約250点の「睡蓮」の連作を生む池です。
本人の言葉によれば、睡蓮は最初、描くつもりで植えたわけではなかったそうです。育てているうちにある日ふと「池の上の驚くべき光景」に気づいて筆を取り、以来ほとんど他の題材を描かなくなった、と。
この庭にはもう一つ特徴があります。長く咲き続ける花より、数週間で咲き終わる寿命の短い花を、大量に、時期をずらして次々に植えるやり方です。春はチューリップ、初夏はアイリスやシャクヤク、夏はダリアやヒマワリ、といった具合に、庭全体の色が季節ごとに入れ替わっていく。庭そのものが一枚の絵のように計画されていました。
真っ先に枯れたナスタチウム
今年の夏、この「花の庭」で真っ先に倒れたのがナスタチウム(キンレンカ)でした。
赤・オレンジ・黄色の丸い花を咲かせる、日本でも園芸店でよく見かける草花です。ジヴェルニーでは家の正面からまっすぐ伸びる中央の小道の両側に植えられていて、夏になると小道いっぱいに這い広がり、来園者は花をかき分けるように歩くことになります。この庭を象徴する光景の一つです。
その中央の小道のナスタチウムが、今年はまるごと枯れました。副庭園長のレミ・ルクートルさんはフランスの報道各社の取材に対し、本来なら花で埋まっているはずの場所を見せながら「本当に悲しい」「ここまでの規模で起きたのは初めてだ」と語っています。ルクートルさんは1988年に季節労働者としてこの財団に加わり、そこからずっとこの庭を見てきた人です。その人が「初めて」と言っているわけです。
枯れたのはナスタチウムだけではありません。ルクートルさんによれば、植物には暑さへの生理的な反応があって、気温が上がりすぎると葉の裏の「気孔(きこう)」、つまり水分や空気の出入り口を閉じ、花を咲かせるのをやめてしまう。結果として、庭のあちこちでしおれた花が出て、葉が焼けたものもあったそうです。

熱波を受け流した睡蓮
ところが、この夏の暑さがほとんど効かなかった花が一つあります。睡蓮です。
モネの庭を代表する花で、あれだけ描かれた花が、熱波の中でほぼ無傷だった。複数の報道が「睡蓮は暑さの影響をほとんど受けていない」「むしろ元気に咲いている」と伝えています。
考えてみれば当然の面もあります。睡蓮は水の中に根を張る植物です。池の水は気温ほど急には温まりませんし、乾くこともありません。土に植わった草花が水切れと高温で参っている横で、睡蓮は最初から水に浸かっているわけです。しかも睡蓮はもともと暖かい季節に咲く花で、日本でも夏の池を彩る植物です。暑いこと自体は苦にしません。
つまり、モネの絵の主役は倒れず、絵の主役を引き立てていた脇役たちが先に倒れた。これが今年のジヴェルニーで起きたことです。
庭の職人たちはただ見ていたわけではありません。11人の庭師のチームは、植物を密集させて植えて土からの蒸発を減らし、細かい霧を出す小型スプリンクラーと、地面の下から水をやる地中灌漑(かんがい)を組み合わせ、弱っている花には夜間に水をやる方法を取りました。夜なら気温が下がって水が蒸発しにくく、根まで届きやすいからです。財団によれば、夜間の自動散水は効果があったとのこと。それでも、中央の小道のナスタチウムは守りきれませんでした。枯れた分は植え直して、来年にはまた咲かせる予定だそうです。
モネが知っていた花と、暑さに強い花のあいだ
本当に難しいのは、この先です。
夏がこの調子で暑くなっていくなら、暑さに強い品種に少しずつ入れ替えていく、というのが園芸の常識的な答えになります。ジヴェルニーのチームもそれを検討し始めています。ただ、この庭は普通の庭ではありません。ルクートルさんの言葉を借りれば、「歴史的な庭である以上、植える花はできるだけモネが知っていた植物に近いものであるべき」なのです。
モネが見ていた色、モネが描いた花の形。それを保つことがこの庭の存在理由です。暑さに強いからといって、モネの時代になかった花に置き換えていけば、庭は保たれても「モネの庭」ではなくなっていく。かといって当時の花にこだわり続ければ、毎年枯れる場面を見ることになる。
一方でルクートルさんは、この庭を「博物館の庭ではなく、時代とともに変わっていく場所」だとも言っています。モネ自身、43年のあいだ庭を固定したことは一度もなく、植えては変え、掘っては足し、を繰り返してきました。今の庭も、モネの死後に荒れ果てたものを1970年代以降に復元したもので、当時とまったく同じ庭ではありません。そう考えると、暑さに合わせて庭を少し変えていくのは、この庭の歴史の中では特別なことではないのかもしれません。
2026年はモネの没後100年にあたり、パリではオランジュリー美術館とマルモッタン・モネ美術館がこの秋、それぞれ記念の展覧会を開きます。100年前に画家が描いた花が、100年後の夏に暑さで枯れ、その池の睡蓮だけが変わらず咲いている。展示室の「睡蓮」の前に立つとき、その絵の外側で今も続いている庭のことを、少し思い出してみてもいいかもしれません。
関連する商品
この記事に関連する本や商品は、Amazon で探せます。
上のリンクから購入されると、このブログに紹介料が入ることがあります。
出典
Monet’s gardens in Giverny suffer damage from record heatwaves(ARTnews、2026年8月20日)
Heatwaves in France Damage Beloved Flowers at Monet’s Gardens(Hyperallergic、2026年8月20日)
Mainland France has endured a record 52 heatwave days since mid-June(Le Monde、2026年8月19日)


コメント