レーザーで作ったミューオンが、2メートルのコンクリート壁越しに鉛の影を写した

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2メートルの鉄筋コンクリートの壁の向こうに、鉛の塊を置く。壁のこちら側から粒子を撃ち込んで、向こう側の検出器に鉛の「影」を写す。ルーマニアの研究施設で2026年9月に公開された実験の中身を一行で言うと、こうなります。使った粒子はミューオン。しかも、宇宙から降ってくるものではなく、レーザーで作ったものです。

ミューオンを使った透視そのものは、ピラミッドや火山で何十年も前から行われてきました。今回の実験が区切りになるのは、「人工的に作ったミューオンで像を得た」のがこれが初めてだと論文が主張している点にあります。論文は arXiv に投稿された査読前のもので、画像の解像度も粗いままですが、ミューオン透視の前提をひとつ外した実験として、流れを追ってみます。

宇宙線頼みだったミューオン透視

ミューオンは電子の仲間で、質量は電子の約200倍あります。重いぶん物質の中でエネルギーを失いにくく、岩やコンクリート、金属を何メートルも通り抜けます。X線がくもりガラスの向こうを見せてくれるとすれば、ミューオンは山を透かして見せてくれる粒子です。

この性質を使った撮影法がミュオグラフィ(ミューオン透視)です。物体を通り抜けてきたミューオンの数や向きを数えると、中に密度の高いものがあればそこだけ粒子が減って「影」になります。1970年にはエジプトのピラミッドで隠し部屋探しに使われ、2017年には名古屋大学などのチームがクフ王のピラミッドの内部に未知の空間を見つけました。日本では浅間山の火口の下の構造が写され、福島第一原発では溶けた燃料の位置を外から探る調査にも使われています。

これまでのミュオグラフィには、ひとつ大きな制約がありました。ミューオンの供給源が、宇宙線だったことです。宇宙から飛んできた高エネルギーの粒子が大気にぶつかると、二次的にミューオンが生まれて地上に降り注ぎます。これは無料で、どこにでも届くという利点がある反面、量が少ない。手のひらほどの面積に、毎秒1個来るかどうかという程度です。像を作るのに必要な数をためるには、ピラミッドの例で数か月かかりました。

方向も選べません。宇宙線のミューオンはほぼ上から降ってくるので、検出器は対象物の下か横の低い位置に置いて、見上げる形で撮るしかない。横から撃って真横の壁を透かす、といった撮り方はできませんでした。

人工のミューオン源は加速器で作れますが、ミュオグラフィに向いた高いエネルギーのものは大規模な装置が要り、持ち運べるものではありません。そこで候補に挙がっていたのが、レーザーです。

レーザーから電子、電子から鉛、鉛からミューオン

実験が行われたのは、ルーマニアのマグレレにある ELI-NP(Extreme Light Infrastructure – Nuclear Physics)という施設です。ここには10ペタワット級のレーザーがあります。1ショットあたりのエネルギーは230ジュールで、これを23フェムト秒(1000兆分の23秒)に詰め込むことで、瞬間的に桁外れの出力を出します。撃てるのは最大で1分に1発。今回の実験期間中に撃ったのは、全部で230ショットでした。

このレーザーを長さ6センチほどのガスに当てると、ガスがプラズマになり、その中にレーザーの通過で生じる電場の波が立ちます。この波に電子が乗って一気に加速される仕組みを、レーザー航跡場加速と呼びます。ふつうの加速器なら何十メートルも必要な加速が、数センチで済みます。今回は電子のエネルギーで最大8GeV(ギガ電子ボルト)に達しました。

加速した電子を、鉛のブロックにぶつけます。縦横40センチ、ビーム方向に40センチの厚さがある鉛の塊で、10×10×5センチの鉛レンガを積んで作ったものです。電子が鉛の原子核のそばを通ると、ブレーキをかけられてガンマ線を出し、そのガンマ線がまた原子核のそばで「ミューオンと反ミューオンの対」に変わります。この対生成が、今回のミューオンの主な作られ方です。鉛の中では中間子(パイ中間子)が崩壊してできるミューオンも生まれますが、シミュレーションによると対生成のミューオンのほうが数が多く、エネルギーが高く、しかもビーム方向にそろって飛び出します。ミューオンができるのは鉛の最初の数センチで、残りの厚さは余計な粒子を鉛の中で止めるためのものです。

問題は、鉛からミューオンだけが出てくるわけではないことです。ガンマ線や中性子が大量に一緒に飛び出してきて、これが検出器を汚す背景になります。チームはシミュレーションで遮蔽の形を決め、鉛のまわりをポリエチレンの板と、その外側をパラフィンのレンガで包みました。ビーム方向にはポリエチレンが1メートル、パラフィンが60センチの厚さです。どちらも水素をたくさん含む材料で、中性子を減速させて止めるのに向いています。

その先にあるのが、実験室を囲む2メートルの鉄筋コンクリート壁です。これは透視の「お題」であると同時に、遮蔽の最後の一層でもあります。壁の向こう側、鉛から12メートルの位置に2台の固定検出器を置き、さらに建物の外に黒いバンを停めて、その中に3台目の検出器を積みました。バンは建物の外壁(7センチの金属コンクリート)のさらに向こうで、鉛から20メートル、29メートル、42メートルと位置を変え、左右にも最大6メートルずらして、ビームがどう広がっているかを測っています。

バンの中の検出器は、もともと宇宙線のミューオンを捉えるために作られたものです。幅2.5センチのプラスチックシンチレータ(粒子が通ると光る棒)を36本並べた層を4枚重ねた構造で、1枚が1メートル四方。粒子が通った棒の光をとらえ、どの棒がどれだけ光ったかを記録します。

写ったのは、幅9本ぶんのへこみ

撮像の実験では、鉛から23メートルの位置にバンを置き、検出器の30センチ手前に鉛の塊を置きました。幅20センチ、厚さ25センチ、長さ1メートル。これも鉛レンガを積んだものです。この状態で30ショット連続で撃ち、鉛を置かないときの30ショットと比べました。

結果はこうです。鉛の後ろにあたる棒だけ、信号が平均で26%ほど弱くなっていました。弱くなった棒は9本から10本。棒1本が2.5センチなので、幅にして22.5〜25センチです。実物の鉛の厚みは25センチですから、大きさがそのまま一致しています。これが、論文が「初めてのレーザー製ミューオンによる透視画像」と呼んでいるものです。

正直なところ、写真と呼ぶには程遠い絵です。1メートル四方の格子の中に、縦に一本、暗い帯が走っているだけ。鉛レンガの積み目も角も見えません。解像度は棒の幅で決まるので、どうがんばっても2.5センチが限界です。これは想像図で、実際の信号マップは記事末の出典のページで見られます。

それでも、この帯が重い意味を持つのには理由があります。シミュレーションによると、検出器の位置まで届いた粒子の数では、ミューオンより中性子やガンマ線のほうが多かったのです。2メートルのコンクリート壁は遮蔽でもありますが、そこに高エネルギーの粒子がぶつかると、壁自身が新たな中性子やガンマ線を生みます。数だけ見れば、ミューオンは少数派でした。

では、なぜ像はミューオンのものだと言えるのか。粒子の種類によって、検出器の棒に落としていくエネルギーの量がまるで違うからです。ミューオンは棒を通り抜けるときにしっかりエネルギーを落として光らせますが、エネルギーの低いガンマ線や中性子はほとんど光らせません。シミュレーションでは、20メートル地点の検出器に落ちたエネルギーの約87%がミューオン由来でした。

チームはさらに、「もしミューオンがまったく無かったら」という条件でも同じ30ショットをシミュレーションしています。ガンマ線と中性子だけでは、散乱が大きくエネルギーの落とし方も小さいので、平らな背景が残るだけで鉛の形は浮かび上がりませんでした。あの一本の帯は、ミューオンでなければ出ない、という組み立てです。

裏付けはもうひとつあります。バンを左右にずらして測ったビームの広がりは、20メートル地点で幅4.51メートル、29メートル地点で6.35メートル。ビーム軸を中心に山なりの分布で、角度にして12.6度ほどの円錐です。宇宙線のように上から降る粒子でも、四方八方に散る中性子でもなく、鉛から前方へまっすぐ出ている粒子の形をしています。

宇宙線を待たなくていい、横から撃てる

この実験で、ミュオグラフィの前提がひとつ変わりました。ミューオンの供給源を宇宙線に限らなくてよい、ということです。

供給源を自分で持つと、撮る時間を自分で決められます。今回は1分に1発のレーザーで30発、つまり30分ほどの照射で影が出ました。宇宙線を数か月ためるのとは違う時間感覚です。方向も自由になります。ビームは横向きに撃っていますから、真横の壁を透かす撮り方ができます。壁の裏に鉛のような重い物が隠れていないか、という問いに、横から答えられるわけです。

論文自身は応用を広げすぎず、考古学、火山や地質、トンネルや橋などの構造物、核燃料や遮蔽された物資の検査といった、既存のミュオグラフィの用途を挙げるにとどめています。輸送コンテナの中身を鉛で隠しても、ミューオンなら鉛ごと透かして影が出る。これは宇宙線でも原理的にできた話ですが、「必要なときに、必要な向きで」撃てるかどうかで実用性が変わります。

とはいえ、今の段階でできたことと、できていないことははっきり分けておくべきです。今回のレーザーは建物ひとつ分の施設で、持ち運べる装置ではありません。1分に1発しか撃てず、解像度は2.5センチ。写ったのは、置いた位置も形も分かっている鉛の塊ひとつの影です。知らない物を写して何があるか当てる、というところまでは来ていません。研究を率いた ELI-NP のドメニコ・ドリア氏も、Science の取材に「これは最初の画像で、当然まだ解像度は高くない。これから改善していく」と話しています。論文の結びにも、次の実験では電子のエネルギーを上げ、大量の粒子が一度に来る条件で粒子の種類を見分けられる新しい検出器を作る、とあります。

レーザーでミューオンができること自体は、2025年に上海の施設と米国バークレーの施設でそれぞれ確かめられていました。ただし、どちらもミューオンが崩壊したあとに残る電子を数えて「いた」と示したもので、そのミューオンで何かを写したわけではありません。今回のルーマニアの実験は、作ったミューオンを壁の向こうまで通し、物の影を取るところまで進めた点で、その続きにあたります。

査読前のプレプリントなので、数値や「初めて」の主張は今後の審査で変わる可能性があります。それでも、2メートルのコンクリートの向こうに置いた鉛が、宇宙線を待たずに写った。ピラミッドの中の空間を見つけた粒子を、自前で作って撃つ時代の入口に、ようやく足がかかったという話です。

出典

論文(arXiv・査読前・全文無料):M. Dobre et al., “Imaging with GeV muons produced via laser-wakefield-accelerated electrons”, arXiv:2609.28788(2026年9月23日投稿)
https://arxiv.org/abs/2609.28788

解説記事:Mike McRae, “A laser just photographed objects through six feet of concrete”, New Atlas(2026年9月30日)
https://newatlas.com/technology/pics-muon-laser-reveal-unseeable/

解説記事:Phys.org, “Laser-made muons produce first images of dense objects”(2026年9月30日)
https://phys.org/news/2026-09-laser-muons-images-dense.html

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