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生命の始まりに RNA が先にあった、という「RNA ワールド」の考え方には、昔から弱点が一つあります。RNA の骨組みをなす糖、リボースがもろいことです。砂糖を鍋で熱すると茶色いカラメルになるように、リボースも熱やアルカリ性の水の中でこわれて、茶色いタールのような塊に変わってしまいます。初期の地球でリボースが使われるほど長持ちしたなら、何かに守られていたはずです。20年以上前から有力だったのが、ホウ素を含む「ホウ酸塩」との結びつきでした。ホウ酸塩とつながったリボースはアルカリ性でも分解しにくくなります。ニューサウスウェールズ大学(UNSW)の Luke H. Steller さんらが2026年9月22日の Scientific Reports に出した論文は、この話に欠けていた一段を埋めるものです。
実験室のホウ酸塩は、地球の岩石より溶けすぎていた
これまでの実験には、地質学者から見て引っかかる点がありました。リボースを守るホウ酸塩として、実験室では合成試薬のホウ砂を高い濃度で使うことが多かったのです。ところが初期地球の環境を考えると、ホウ素はそれほど多くは水に溶けていません。ホウ素を含む鉱物の多くはカルシウムも含んでいて、水にほとんど溶けない。さらに、いったん水に溶けたホウ酸塩も、水中のカルシウムに捕まって沈殿し、岩の側に戻ってしまいます。実験室のように濃いホウ酸塩の水が自然にできる場所は限られる、という問題です。
研究チームは、合成のホウ砂に加えて、実際の地層に出てくるホウ素鉱物を3種類用意しました。ナトリウムを含むカーナイト、カルシウムを含むコールマナイト、両方を含むウレキサイトです。それぞれを水に入れ、ホウ素がどれだけ溶け出すかを測りました。比べたのは、リボースを入れた水と入れない水です。
守られる側の糖が、守る側のホウ素を岩から引き出していた
結果は、4つの鉱物すべてで同じ方向を向きました。リボースがあると、ホウ素が水に多く溶け出します。効きがとくに大きかったのは、本来いちばん溶けにくいはずのカルシウムを含む鉱物でした。リボースはホウ酸塩と結びついて複合体を作りますが、その複合体はカルシウムにつかまりにくく、沈殿しません。つまりリボースは、ホウ素を岩から水へ引き出すだけでなく、引き出したホウ素が岩に戻るのも防いでいました。
実験室の鉱物だけでなく、現場の試料でも試しています。インド北部ラダックの Puga 熱水地帯で採った、軽く膨らんだ蒸発皮殻、つまり温泉水が蒸発して残った塩の層です。初期地球の浅い温泉の代わりに見立てたこの皮殻を水に入れると、リボースなしでも一定のホウ素が溶けましたが、リボースを足すと溶け出す量が約6割増えました。
では、こわれかけたリボースでも同じ働きをするのか。加熱やアルカリで「カラメル化」させたリボースを使うと、溶けるホウ素の増え方はわずかでした。コールマナイトの場合、新鮮なリボースは溶けるホウ素を約3.5倍にしましたが、カラメル化したものでは5割増にとどまっています。ショ糖やブドウ糖でも試しましたが、リボースほどは効きません。リボースの分子の形が、ホウ酸塩と安定した複合体を作るのにとくに向いているためと研究チームは見ています。

糖とホウ素が互いを支える輪
ここまでを並べると、一つの循環が見えてきます。リボースがホウ酸塩を岩から溶かし出し、溶けたホウ酸塩がリボースを分解から守る。守られたリボースが残るほど、ホウ酸塩はさらに溶け出し、水の中にとどまる。研究チームが提案しているのは、この「リボースとホウ素が互いを支える輪」です。どちらか一方だけでは、初期地球の温泉のような場所でリボースが長持ちする説明がつきませんでした。
この研究は、リボースが実際に初期地球でこう守られていたことを証明したわけではありません。示したのは、合成試薬で作った濃いホウ酸塩の水を前提にしなくても、実在の鉱物と実在の温泉の皮殻を使って、リボースとホウ酸塩の組み合わせが成り立つ道筋があることです。研究チームは、今後の生命の起源の実験が地質学的に現実に近い条件で組めるようになること、そして生き物の材料になる前の有機分子が鉱物を溶かしたり沈めたりして初期地球の地球化学そのものに影響していた可能性を、論文の意義として挙げています。

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