イカは DNA を変えずにタンパク質を書き換えていた。約8,000か所の RNA 編集が、タンパク質の寿命も居場所もミトコンドリアの働きも変えていた

スポンサーリンク

この記事には広告(Amazon アソシエイトのリンク)を含みます。

生き物の体は、DNA に書かれた設計図を RNA に写し取り、その RNA を読んでタンパク質を作ります。ふつうは写し取った文字をそのまま読みますが、イカやタコの仲間はここで文字を書き換えます。RNA 編集と呼ばれるこの仕組みを、頭足類は知られている動物の中でいちばん盛んに使っています。ただ、書き換えた RNA が本当にそのとおりのタンパク質になっているのか、なっていたとして何が変わるのかは、ほとんど分かっていませんでした。カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)の Jack M. Moen と Danielle L. Swaney らの研究グループが、この問いにタンパク質の側から答えを出しました。論文は2026年10月15日に Cell に載っています。

RNA の1文字を書き換える酵素

RNA 編集を担うのは ADAR という酵素です。RNA の文字のうちアデノシン(A)をイノシン(I)に変え、タンパク質を作る装置はこのイノシンをグアノシン(G)として読みます。設計図の DNA はそのままなのに、できあがるタンパク質の部品がひとつ入れ替わるわけです。人の体でもこの編集は起きていますが、タンパク質の配列を変える場所はごくわずかです。

イカ・タコ・コウイカを含む頭足類では事情が違います。2017年に同じ分野の研究者たちが、頭足類の神経系ではタンパク質の配列を変える編集が何万か所もあることを報告していました。その中心にいたマリン生物学研究所の Joshua J. C. Rosenthal も、今回の論文の著者に入っています。しかし RNA の配列に編集の跡があっても、そのタンパク質が実際に作られているかは別の話です。今回の研究が新しいのは、RNA ではなくタンパク質そのものを調べたところにあります。

イカは DNA を変えずにタンパク質を書き換えていた。約8,000か所の RNA 編集が、タンパク質の寿命も居場所もミトコンドリアの働きも変えていた

視葉と鰓で、約8,000か所を数えた

研究グループが使ったのは、北米の大西洋沿岸にいるアメリカケンサキイカ(Doryteuthis pealeii)です。目から入った情報を処理する視葉と、呼吸をする鰓の2つの組織からタンパク質を取り出し、質量分析という方法で配列を読みました。質量分析はタンパク質を細かく砕いて重さを測り、どんな文字の並びだったかを割り出す技術です。RNA の段階で書き換えがあったとされる場所が、できあがったタンパク質でも本当に置き換わっているかを、ここで直接確かめられます。

結果、タンパク質の配列として実在する書き換えが7,997か所見つかりました。関係するタンパク質は2,000種を超えます。視葉のほうが鰓より書き換えが多く、1つのタンパク質に複数の編集が重なる例も目立ちました。神経系で編集が盛んだという以前からの見立てを、タンパク質の側から裏づけた形です。

寿命も、居場所も、酵素の働きも変わる

ここからが本題です。研究グループは、見つかった書き換えがタンパク質に何をしているかを、生化学の実験と細胞を使った実験で調べました。書き換えられたタンパク質は、壊れにくさ(安定性)が変わるもの、細胞の中で居場所を変えるもの、リン酸化などの修飾を受ける場所が増えたり消えたりするもの、酵素としての働きが変わるものと、さまざまでした。別のタンパク質とくっつく相手が変わる例もありました。

いちばん印象的なのはミトコンドリアの話です。MARCHF5 というタンパク質は、ほかのタンパク質に「分解してよい」という目印を付ける酵素で、ミトコンドリアの状態を保つ役を担っています。この MARCHF5 の1か所が書き換えられると、目印を付ける相手が広く入れ替わり、ミトコンドリアの状態そのものが変わりました。RNA の1文字の書き換えが、細胞の中の器官の働きまで届いていたことになります。Moen は ScienceAlert の取材に、書き換えの影響はタンパク質の活性や安定性や居場所だけでなく、細胞内小器官の健康の調節にまで及んでいた、と話しています。

もうひとつ、研究グループは参照データベースに載っていない短いタンパク質を約5,000種見つけました。14,000種の生物のタンパク質を集めた Swiss-Prot にも、イカの参照プロテオームにも無い配列です。編集によって、記録に無いタンパク質が新たに生まれている可能性があります。

イカは DNA を変えずにタンパク質を書き換えていた。約8,000か所の RNA 編集が、タンパク質の寿命も居場所もミトコンドリアの働きも変えていた

設計図を傷めずに部品を変える

DNA を変える突然変異は、子孫に受け継がれ、有害ならそのまま残ります。RNA の編集は違います。DNA はそのままなので、編集の量を増やしたり減らしたりして、状況に合わせてタンパク質の性質を調整できます。水温の変化に応じて神経の働きを調えている、という報告は以前からありました。今回の結果は、その調整の幅がタンパク質の寿命や居場所、ミトコンドリアの働きにまで広がっていることを示しています。

可能性の数はけた違いです。Moen は、RNA の配列データで見つかっている編集の場所を全部数えに入れると、作りうるタンパク質の組み合わせは理論上10の248乗に近づく、と話しています。もちろん、これは組み合わせの上限で、イカが実際にそのうちどれだけを作っているかは分かっていません。Moen 自身も、潜在的な多様性は途方もないが、動物がどれだけ実際に作っているかはこれからの課題だ、と断っています。

なぜ頭足類だけがこれほど編集を使うのか、という問いも残っています。ADAR 酵素の構造の違いが一因と考えられていますが、ほかの理由も含めて、まだ研究が必要だと Moen は言います。頭足類は無脊椎動物の中でいちばん複雑な神経系を持ち、RNA 編集もいちばん盛んです。この2つが一緒に進化してきた可能性を、研究グループは論文の中で指摘しています。

関連する商品

この記事に関連する本や商品は、Amazon で探せます。

上のリンクから購入されると、このブログに紹介料が入ることがあります。

出典

コメント

タイトルとURLをコピーしました