海水から水素を作りながら、毒物のヒドラジンを分解する「人工の葉」。酸素を出す代わりに汚染物質を酸化して、外部電源なしで3日間動いた

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太陽の光で水を分解して水素を作る装置を、植物の葉になぞらえて「人工の葉」と呼びます。水を電気分解するには電気が要りますが、人工の葉は光を受ける部分と電極を一体にして、外から電気をつながずに水素を出します。ここまでは以前からある考えです。シンガポールの南洋理工大学(NTU)の Mahmoud G. Ahmed と Lydia H. Wong らの研究グループが作った装置は、これを海水で動かし、しかも水素を作るのと同時に、工業排水に含まれる毒性の高い物質を分解します。論文は2026年5月20日に Nature Communications に載り、NTU が9月に発表、10月に New Atlas が紹介しました。

海水で水を分解するのが難しい理由

地球の水の95%以上は海水なので、水素を作る原料としては淡水よりずっと豊富です。ところが海水には塩化物イオンが1リットルあたり0.5モルほど溶けています。水を電気分解すると、プラス側の電極(アノード)では本来、水から酸素が出ます。この反応にはかなり高い電圧が要り、そのそばで塩化物イオンも酸化されて、塩素や次亜塩素酸のような有害で腐食性のある物質ができてしまいます。電極は傷み、エネルギーも無駄になります。

研究グループが選んだ解決策は、アノードで酸素を出すのをやめることでした。代わりに酸化するのは、ヒドラジンという物質です。ヒドラジンは火力発電所の給水から酸素を取り除く薬剤や、ロケットなどの燃料、さまざまな工業原料として広く使われています。その一方で毒性が強く、発がん性や変異原性が指摘され、米国の環境保護庁は飲み水の基準を10 ppb(10億分の10)という厳しい値に定めています。

このヒドラジンは、水よりずっと低い電圧で酸化されます。そのため、アノードでヒドラジンを酸化する設計にすると、塩化物イオンが酸化される電圧に届かないまま反応が進み、塩素の問題を避けられます。ヒドラジンは酸化されると窒素と水になり、毒性は消えます。排水を浄化しながら、水素を作る側の電極に電子を送れるわけです。

海水から水素を作りながら、毒物のヒドラジンを分解する「人工の葉」。酸素を出す代わりに汚染物質を酸化して、外部電源なしで3日間動いた

装置の中身

光を受ける側の電極(光カソード)には、太陽電池の材料として知られるペロブスカイトを使っています。セシウム・ホルムアミジニウム・メチルアンモニウムの3種類の陽イオンを含む鉛ハライドペロブスカイトで、吸収する光の範囲を決めるバンドギャップは1.6 eV です。ペロブスカイトは水に弱いので、銀と銅の粒子を含む導電性のエポキシとチタンの箔で包み、電解液が染み込まないようにしてあります。チタン箔の表面には水素を出す反応を速めるための白金が薄く付けられています。アノードには、鉄・コバルト・クロムの酸化物の触媒をニッケルの発泡体に載せたものを使い、こちらは貴金属を含みません。

装置の性能は、1太陽光(晴れた日の地上の日射に相当する強さ)のもとで、電流密度が1平方センチメートルあたり25ミリアンペアでした。鉛系のペロブスカイトを光カソードに使った装置としては、もっとも高い部類だと NTU は説明しています。外部電源なしの状態で水素は1平方センチメートルあたり毎時およそ466マイクロモル出て、流れた電子がほぼ全部水素の生成に使われていました。アノード側からは主に窒素が出て、少量の水素も混じっていました。安定性は3日間(72時間以上)確認されています。

排水のヒドラジンを 1 ppb 以下に

装置を大きくして、アルカリ性の海水にヒドラジンを溶かした模擬排水で試したところ、濃度0.5モル毎リットル(重さにして約1.6%)のヒドラジンが、約30時間でおよそ0.5 ppb まで減りました。環境保護庁の基準の20分の1です。外部電源はつないでいません。ヒドラジンを別の工程で分離する必要もなく、太陽光だけで水素と浄化が同時に進んだことになります。

海水から水素を作りながら、毒物のヒドラジンを分解する「人工の葉」。酸素を出す代わりに汚染物質を酸化して、外部電源なしで3日間動いた

どこまで広がるか

この装置の前提は、処理したい水にヒドラジンが含まれていることです。ヒドラジンを使う工場や発電所の排水、あるいは事故で漏れた場所の処理には向きますが、ふつうの海水からそのまま水素を作る装置ではありません。研究グループもそこは承知していて、ヒドラジン以外の汚染物質を分解したり、廃棄物から燃料や工業原料を作ったりできる触媒の開発を進めている、と NTU の発表で述べています。

研究に関わっていないオックスフォード大学の James Durrant は、NTU の発表の中で、このように複数の機能を一つにまとめる考え方が、エネルギーと環境の両方の課題に対して有望だと評価しています。酸素を出すために使っていた電力の分を、別の「仕事」に振り向ける。この発想は、ヒドラジン以外の汚染物質に置き換えても生きそうです。論文の掲載から半年近くたってから広く報じられた研究ですが、海水・水素・排水処理という3つの問題を一つの板にまとめた工夫は、まだ古びていません。

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