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1953年9月、イギリスで戦後ずっと続いていた砂糖の配給制が終わりました。それから70年以上たった2026年、この「配給が終わった日」をめぐって、思いがけない研究結果が報告されています。配給の前後に生まれた6万4,761人の健康記録を比べたところ、乳幼児期を配給下で過ごした人たちは、そうでない人たちにくらべて、大人になってからのがんの発症が明らかに少なかったというのです。
報告したのは、中国農業大学のChen Zhu氏とケンブリッジ大学のWeilong Zhang氏。論文は米科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載されました。生まれた月が数か月違うだけで、70年後の病気のリスクに差が出ていた——にわかには信じがたい話ですが、この研究には「なぜそこまで言えるのか」を支える、めずらしい仕掛けがあります。順を追って見ていきます。

食べ物と病気の因果を確かめる難しさ
「子どものころの食生活が、大人になってからの健康に影響する」。感覚としてはうなずける話ですが、これを科学的に証明するのは、実はとても難しいことです。
いちばん確実なのは、実験で確かめることです。ところが、赤ちゃんをくじ引きで二つのグループに分けて、片方には砂糖を制限し、もう片方には自由に与え、70年後まで追跡する——そんな実験は倫理的にも現実的にも不可能です。
そこで栄養と健康の研究では、人々の食生活と病気の記録を観察して関連を探すのが普通のやり方になります。ただ、この方法には限界があります。砂糖を控えている家庭は、たいてい他の面でも健康に気をつかっています。運動、喫煙、収入、住む場所。砂糖の効果を見ているつもりで、実はそういう別の要因の影響を見ているだけかもしれない。この「他の要因の混ざり込み」を完全に取り除くことができないため、食べ物と病気の因果関係は、いつまでも「関連がある」止まりになりがちでした。
とりわけ注目されてきたのが、受胎から2歳の誕生日までの「最初の1,000日」と呼ばれる期間です。体の土台が急速に作られるこの時期の栄養が、その後の一生の健康を左右するのではないか——そう考えられてきたものの、砂糖という特定の成分について、この時期の影響をきれいに取り出した証拠はほとんどありませんでした。
戦後イギリスの砂糖配給と1953年の転機
その証拠を、歴史が用意していました。
第二次世界大戦中から戦後にかけて、イギリスでは食料の配給制が続いていました。砂糖もその対象で、一人あたりの購入量が厳しく制限されていました。配給下での砂糖の摂取量は1日およそ40g。偶然にも、これは現在のWHO(世界保健機関)が推奨する範囲に収まる水準です。
そして1953年9月、砂糖の配給が終わります。すると国民の砂糖の消費量は、ほぼ2倍に跳ね上がりました。制限がなくなったとたん、人々はそれだけ甘いものを求めたわけです。
ここで起きたことを、生まれた子どもの側から見てみます。1953年より少し前に生まれた子は、お腹の中にいた時期から乳幼児期までを、砂糖が制限された環境で過ごしました。一方、配給が終わってから受胎した子は、最初から砂糖があふれる環境で育ちます。同じ国の、ほぼ同じ時代に、数か月違いで生まれた子どもたち。その間に引かれた一本の線が、実験では絶対に作れない比較の条件を生み出していました。研究の世界では、こうした偶然の状況を「自然実験」と呼びます。
この線に最初に目をつけた研究は、すでに成果を上げています。2024年にScience誌に掲載された米国の研究チームの論文は、同じ配給終了を利用して、配給下で最初の1,000日を過ごした人は2型糖尿病のリスクが約35%、高血圧のリスクが約20%低かったと報告しました。乳幼児期の砂糖が、数十年後の生活習慣病に響く——この発見は当時、大きな話題になりました。
今回のZhu氏とZhang氏の研究は、この自然実験をさらに先へ進めたものです。調べたのは、生活習慣病よりもっと重い問いでした。がんと、老化そのものです。
6万4,761人が示した70年後の差
二人が使ったのは、UK Biobank(イギリスの約50万人の健康情報を集めた大規模データベース)です。ここから1951年から1956年のあいだにイギリスで生まれた6万4,761人を取り出し、配給の線の両側で、その後のがんの発症記録を比べました。
結果は、はっきりしていました。最初の1,000日を配給下で過ごした人たちは、配給終了後に受胎した人たちにくらべて、肝臓がん(肝内胆管がんを含む)の発症が69%低く、前立腺がんが52%、肺がんが41%、直腸がんが40%、乳がんが36%低かったのです。
しかも、この差はただの二分ではありませんでした。配給下で過ごした期間が長い人ほど、リスクの低下が大きいという段階的な関係が見られたのです。砂糖制限を経験した長さに応じて効果が積み上がる——因果関係を疑わせる、いかにも「量に応じた反応」らしい形をしていました。
差は、病気の記録だけにとどまりませんでした。配給世代は、政策が終わって50年以上たった調査の時点でも、砂糖の摂取が少なく、食べる量そのものも少なく、より多様で健康的な食事を続けていました。国の制度はとっくに消えたのに、その制度の下で育った人たちの食卓には、痕跡が残り続けていたのです。
体と好みに残る二つの経路
なぜ、乳幼児期のわずかな違いが、これほど長く尾を引くのでしょうか。著者らは、二つの経路が重なって働いていると見ています。
一つは、体そのものに刻まれた変化です。研究チームは、参加者の白血球のテロメアの長さを調べました。テロメアとは、染色体の端についているキャップのような構造で、細胞が分裂を重ねるたびに少しずつ短くなっていくため、体の「実質的な老化」の目安として使われます。配給世代のテロメアは相対的に長く、その差を年数に換算すると、生物学的な老化がおよそ2.2年分少ない計算になりました。あわせて、慢性的な炎症や免疫の活性化にかかわる血中物質(グランザイムB)も低い水準でした。発達期に砂糖が少なかったことが、代謝や免疫の土台の作られ方に影響し、それが老化のペースにまで及んだ可能性があります。

もう一つは、習慣の側の経路です。Zhang氏は、人生のごく初期にさらされる甘さの程度が、その人の味の好みを長いあいだ形づくるのかもしれない、と説明しています。甘さに慣れずに育った子は、大人になっても強い甘さを求めない。その積み重ねが、50年後の食卓の違いとなって現れる。つまり、乳幼児期の砂糖は、体を作り替えると同時に、その後の一生で口にするものまで方向づけていた——それが著者らの見立てです。
解釈上の留意点
ここまで読むと「砂糖をやめればがんが防げる」と言いたくなりますが、そこは慎重に受け取る必要があります。
まず、これは観察研究です。自然実験という強い仕掛けがあるとはいえ、参加者をくじ引きで分けた試験ではありません。著者らは配給の廃止という明確な区切りを因果の根拠として挙げていますが、1951年生まれと1956年生まれでは、砂糖以外の環境も少しずつ違います。戦後の食糧事情、大気汚染、医療の水準。研究では統計的な調整が行われているものの、あらゆる違いを消し切れる保証はありません。
また、UK Biobankは志願して参加した人たちの集まりで、イギリスの平均よりも健康的な人に偏ることが知られています。ここで見られた数字が、社会全体にそのまま当てはまるとは限りません。テロメアの長さについても、あくまで老化の目安のひとつであって、「2.2年」を実年齢の話のように受け取るのは行きすぎです。
それから、この研究が語っているのは数万人規模の集団の傾向であって、個々の家庭の話ではありません。子どもに甘いものを与えたことがある親御さんが責められるような話ではないですし、乳幼児期を過ぎた人にとって手遅れだという話でもありません。研究が示しているのは「早い時期の砂糖環境は、思われていたより長く影響するかもしれない」という方向性です。
日本の砂糖統制との重なり
ところで、この話には日本版があります。日本でも1940年に砂糖の配給制が始まり、1952年まで続きました。イギリスの配給終了の、わずか1年前です。戦前のピークには一人あたり年間16〜17kgあった砂糖の消費が、終戦の1945年には0.6kgまで落ち込んでいたといいますから、制限の度合いはイギリス以上だったかもしれません。
つまり、1950年代前半に日本で生まれた世代にも、イギリスと同じような「線」が引かれていたことになります。日本にUK Biobankのような大規模データベースがあれば、同じ検証ができたはずの構図です。今回の研究の日本語での報道を見ながら、「日本で同じことを調べたらどうなるのだろう」と考えた研究者は、きっと少なくないはずです。
一本の行政の線が、70年後の体に残した跡。この自然実験からは、糖尿病、高血圧に続いて、今回がんと老化の結果が出ました。同じ線を使った検証は、これからも続いていきそうです。
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出典
著者による解説:Babies born under sugar rationing grew into adults with lower cancer risk(The Conversation)


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