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中国・雲南省の山あいにある使われなくなった採石場から、絶滅した人類「デニソワ人」の骨と歯、そして彼らが使った石器と食べ残しの動物の骨が、まとめて見つかりました。中国科学院の研究チームを中心とする2本の論文が2026年9月9日、科学誌ネイチャーに掲載されています。場所は蝙蝠洞(べんぷくどう、Bianfu Cave)という洞窟。骨は約16万7,000年前から13万4,000年前のもので、洞窟そのものは、さらに長いあいだ人の手で使われ続けていた形跡があります。
デニソワ人の化石が出ること自体、いまだにニュースになる話です。ただ今回は、化石が出た以上のことがあります。彼らが何を食べ、どんな道具を作り、どう暮らしていたのかが、ひとつの場所からまとめて読み取れるようになりました。
名前だけが先に知られていた人類
デニソワ人は、2010年にシベリアのデニソワ洞窟で見つかった小指の骨の断片から、DNAによって「発見」された人類です。骨の形ではなく遺伝情報が先に出てきたため、どんな姿で、どんな暮らしをしていたのかは長らく分からないままでした。その後、チベット高原の白石崖溶洞(はくせきがいようどう)で下あご、台湾沖の海底から引き揚げられた下あご、そして2025年には中国東北部・ハルビンの頭骨がデニソワ人だと確かめられ、ようやく顔つきが見えてきたところです。
それでも、手足の骨はほとんどありませんでした。分かっていたのは指の骨1本と肋骨1本だけ。ネアンデルタール人が何十体ぶんもの骨格で知られているのと比べると、あまりに少ない状態です。当然、彼らが何を狩り、どんな道具を使っていたのかも、まとまった証拠はありませんでした。
そこに加わったのが、雲南省の蝙蝠洞です。ここは中国の東側でも北側でもなく、南西の端。東南アジアへ抜ける通り道にあたり、現代人と交わったとされる地域に近い場所です。デニソワ人の分布図で、ちょうど空白になっていたところでもありました。
6万点の骨片から選び出された5点
蝙蝠洞の発掘は2019年、採石場跡の緑化工事で骨と石器が見つかったことをきっかけに始まりました。掘ってみると、石器が1,366点、哺乳類の骨が6万4,000点以上。人類の歯も4本出ました。ただ、歯の形だけでは「デニソワ人らしい」までしか言えません。しかも6万点を超える骨のほとんどは、何の動物か見た目では分からない細かな破片でした。

研究チームがとった方法は、いわば「ふるい分け」です。まず骨片を目で見て、大きさや骨の壁の厚み、表面の特徴から「人類の骨かもしれない」ものを22点まで絞りました。次に、骨に残ったコラーゲン(骨の主成分になるタンパク質)を質量分析にかけ、動物の種類ごとに違うパターンと照らし合わせます。ZooMS(ズームス)と呼ばれる手法で、DNAが壊れてしまった古い骨でも、タンパク質なら残っていることが多いのです。
ふるいに残ったのは3点でした。頭のてっぺん付近の頭骨(頭頂骨)の破片が2点と、前腕の骨(橈骨、とうこつ)の上のほうが1点。さらに詳しくタンパク質の配列を調べたところ、この3点と、先に見つかっていた歯のうち2本の計5点すべてに、これまでに知られているデニソワ人全員に共通するコラーゲンの変異が見つかりました。ネアンデルタール人や現代人に特有の変異はどれにも出ていません。5点はいずれもデニソワ人のものだった、という結論です。タンパク質の解析を率いた中国科学院古脊椎動物古人類研究所の付巧妹(フ・チャオメイ)氏は、頭骨の破片の1点は発掘時に人類の化石が見つかっていなかった深い層から出ており、たまたま1点あった、という話ではないと説明しています。
骨が出た層は2つあります。上の層が約14万8,000〜13万4,000年前、下の層が約16万7,000〜15万年前。デニソワ人が少なくとも3万年ほど、この洞窟のそばに出入りしていたことになります。
初めて手に入った腕の骨
5点のなかでいちばん重みがあるのは、橈骨です。デニソワ人の長い骨はこれが初めてで、手や腕の使い方を直接うかがえる材料がやっと出てきました。
残っているのはひじ側の約45ミリ。ひじの関節にあたる骨の頭の部分は大きく、この点はネアンデルタール人に似ています。一方で、骨全体の形と、首にあたる部分の断面は現代人に近い。力強さと器用さを兼ね備えたような組み合わせで、付氏はライブサイエンスの取材に対し、軽く正確に手を動かすうえで有利だった可能性があると答えています。ネアンデルタール人とも現代人とも違う体の使い方をしていたのかもしれない、というのが研究チームの見立てです。
頭骨の破片からは、骨の厚みも分かりました。7.6ミリと10ミリで、現代人より厚く、北京原人よりは薄い。東アジアの古い人類の頭骨とよく似た数字です。
洞窟の床に残っていた暮らしの記録
ここからが、この遺跡の本当の値打ちです。骨と歯が「誰がいたか」を教えてくれたことで、同じ地層から出た石器と動物の骨は「その人たちが何をしていたか」の記録として読めるようになりました。

6万4,000点の動物の骨のうち、種類が分かるものを数えると、シカとウシの仲間だけで100頭分を超えます。ほかにサイやハイエナも少し。花粉の記録によると、当時の周囲は針葉樹が多い森か、森と草原が混じった土地でした。氷期のさなかにしては温暖で、大きな草食動物が安定して手に入る環境だったようです。研究チームはこの一帯を、人類にとっての狩り場の「楽園」と表現しています。
そしてその動物の骨には、石器で切った傷と、たたき割った跡が残っていました。肉を切り取り、骨を割って中の骨髄を取り出す。骨を割るのは、脂肪の多い骨髄を食べるための、人類ならではの行動です。中型から大型の獲物をねらって狩り、洞窟に持ち帰って解体していた——研究チームはそう結論づけました。
骨は食べるだけでなく、道具にもなっていました。石器の刃を整えるときに骨を当て金のように使う「リタッチャー」と呼ばれる骨器や、何かに当てて打ち込む道具です。ネアンデルタール人が同じ種類の骨器を作っていたことは知られていましたが、デニソワ人でも同じものが確認されたのは初めてです。骨を道具にする習慣は、これまで考えられていたより広く、当時の人類のあいだに行き渡っていたのかもしれません。
手間をかけない道具づくり
ただし、石器のほうは事情が違います。1,366点の石器のうち、はっきり道具として仕上げたものは200点ほど。材料は洞窟の近くで拾える砂質の泥岩で、作りは手早く、あまり手を加えていません。同じ時代のネアンデルタール人が、石を計画的に割って形の整った道具を作っていたのと比べると、ずいぶんあっさりしています。
研究チームはこれを、技術が劣っていたのではなく、戦略の違いだと読んでいます。手間をかけて道具を作り込むより、目の前にある物の使える性質をそのまま生かす。加工していない骨をそのまま使った跡が多いのも、その表れです。つまり蝙蝠洞のデニソワ人は、道具づくりには凝らない一方で、狩りと解体の腕は確かで、それで長いあいだ暮らしを成り立たせていた人たちでした。
研究に関わっていないワシントン大学の考古学者ベン・マーウィック氏は、この遺跡を「全部そろっている」と評し、デニソワ人と確実に結びつく長い連続した記録を持つ最初の遺跡だと述べています。
「12万年」という数字の読み方
この発見を伝える記事では、デニソワ人が洞窟を「10万年」使った、と書かれることがあります。ここは少し注意が要る数字です。
デニソワ人の骨が直接出ている層は、約16万7,000〜13万4,000年前。ここは確かです。一方、石器や動物の骨が続く「文化層」全体は、約19万年前から7万年前までの12万年分あります。研究チームはこの12万年分の記録について、一番無理のない解釈としてデニソワ人のものと考えていますが、上のほうの層と下のほうの層から直接デニソワ人の骨が出たわけではありません。ネイチャー誌のニュース記事が「少なくとも3万年、長ければ12万年」と幅を持たせて書いているのは、この事情があるからです。
とはいえ、同じ洞窟に同じような暮らしの跡が12万年ぶん積み重なっていて、その真ん中からデニソワ人しか出てこない、という状況です。他の人類がいた証拠が出ない限り、この長い記録をデニソワ人のものとして読むのは自然な流れでしょう。
残された問い
今回の5点はどれもタンパク質での同定で、DNAの回収は試みられたものの成功していません。そのため、この人たちが東南アジアやオセアニアの現代人に遺伝子を残したデニソワ人の系統と、どうつながるのかは分かっていません。パプアニューギニアの人々のゲノムには、複数の異なるデニソワ人集団から受け継いだDNAが見つかっており、雲南のような東アジアと東南アジアの境目は、まさにその出会いの場所だった可能性があります。研究チームも、この地域の古いDNAが必要だと書いています。
雲南省には人類の化石が出た場所が15か所以上あるそうです。6万点の骨片から5点を拾い出したのと同じ方法を他の遺跡にも広げていけば、指の骨1本から始まった人類の輪郭は、もう少しはっきりしてくるはずです。
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出典
Huiyun Rao, Song Xing, Qijun Ruan et al., “Ancient proteins identify various Denisovan remains from Southwest China”, Nature, 2026年9月9日(オープンアクセス)
DOI: 10.1038/s41586-026-10976-9
Qijun Ruan, Hao Li, Song Xing et al., “Denisovans from southwestern China and their subsistence strategies”, Nature, 2026年9月9日
DOI: 10.1038/s41586-026-10997-4
Nature News(2026年9月9日、Dyani Lewis):Who were the Denisovans? Rich trove of fossils and tools paints new picture
Live Science(2026年9月9日、Kristina Killgrove):Enigmatic Denisovans lived by cave in what is now China for 100,000 years, rare fossils and handcrafted tools reveal


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