紹興酒の瓶の中で2か月——沖縄で見つかったカニの胃袋が語った漂流生活

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2022年7月15日、沖縄・瀬底島(せそこじま)の沖合およそ500メートル。稚魚の調査をしていた研究チームのボートの近くに、紹興酒のプラスチック瓶がぷかぷかと浮かんでいました。拾い上げて中をのぞくと、生きたカニが1匹入っていました。ワタリガニの仲間、ジャノメガザミ(学名 Portunus sanguinolentus)のメスです。

ここで話が終わらないのがこの瓶の奇妙なところで、瓶の口の直径は24ミリしかないのに、中のカニは甲羅の幅が88ミリ、重さ42グラム。どうやっても口を通れない大きさでした。つまりこのカニは、瓶の中に「いる」のではなく、瓶の中に「閉じ込められて」いたのです。

このカニがどうやって瓶に入り、どれだけの間、何を食べて生きていたのか。広島大学のチームがそれを調べ上げた研究が、2026年4月3日付でアメリカ生態学会の学術誌 Ecosphere に掲載されました。発見から論文まで4年近くかかっていますが、その間に行われたのは、瓶とカニを「記録」として読み解く地道な作業でした。

口径24ミリの瓶と、甲幅88ミリのカニ

研究を行ったのは、当時広島大学の博士課程にいた佐藤初(さとう・はじめ)さん(現在は沖縄科学技術大学院大学の博士研究員)と、同大学院統合生命科学研究科の坂井陽一教授ら。論文には、魚の行動生態学で知られる中京大学の桑村哲生さん(故人)も共著者として名を連ねています。

拾われた瓶は高密度ポリエチレン(HDPE)製で、底の刻印から2021年11月17日に製造されたものと分かりました。ふたはなく、口は開いたまま。海水は自由に出入りできる状態でした。瓶の外側には藻とエボシガイ(岩や漂流物にくっつく、貝殻のような殻を持つ甲殻類)が付着し、周りには4種類の稚魚がまとわりついていました。漂流物の周りに小魚が集まるのは海ではよくある光景で、チームはもともとこうした稚魚を調べるための調査中でした。

海洋プラスチックと生き物をめぐる定番の構図

海のプラスチックごみが生き物に害を与える、という話自体は目新しいものではありません。ただ、思い浮かぶ絵はだいたい決まっています。漁網に絡まったアザラシや海鳥、レジ袋を飲み込むウミガメ。大きくて目立つ動物の、痛ましい写真です。カニのような小さな生き物が漂流ごみとどう関わっているのかは、それに比べるとずっと知られていません。

今回の瓶も、写真を撮って「プラごみに閉じ込められたカニ」として紹介すれば、それだけで十分に絵になります。実際、体より狭い口の瓶に生きたカニが入っている光景は、見た瞬間に事情が察せられる強さがあります。ただ、写真から分かるのはそこまでです。いつ入ったのか、どれだけ漂っていたのか、その間何を食べていたのか。見ただけでは何ひとつ確かめられません。

胃の中身とエボシガイが語った2か月

研究チームは、瓶を丸ごと持ち帰って読み解くことにしました。カニはいったん瓶から取り出されたあと解剖され、胃の中身がDNA分析にかけられました。すると出てきたのは、瓶の周りにいた稚魚と同じ種類の魚、アミモンガラとオヤビッチャでした。さらに緑藻と褐藻の断片も見つかりました。藻は瓶の内側で育っていたものと考えられます。つまりこのカニは、瓶に迷い込んでくる小魚を捕まえ、内側に生えた藻をかじって、閉じ込められたまま食いつないでいたことになります。

では、その暮らしはどれくらい続いていたのか。手がかりになったのは、瓶の外側にくっついていたエボシガイでした。エボシガイは成長の速さがおおよそ分かっているので、付着している個体の大きさから、その漂流物がいつごろから海面を漂っていたかを見積もれます。当時の水温での成長速度から逆算すると、瓶は少なくとも62日、およそ2か月は海面を漂っていた計算になりました。これはカニの成長の時間感覚とも矛盾しません。

これらを突き合わせてチームが描いた筋書きはこうです。カニはまだ幼く、口を通れるほど小さいうちに瓶へ入り込んだ。そして瓶に来る小魚と藻を食べ続けるうちに体が育ち、気づけば口より大きくなって、出られなくなった。海に浮かぶ一本のごみが、拾って写真を撮るだけでは分からない2か月の物語を抱えていたわけです。

一匹の事例が映す、その先の懸念

論文の著者たちは、このカニを井伏鱒二の短編「山椒魚」になぞらえています。岩屋の中で餌を食べ続けて大きくなり、外へ出られなくなった山椒魚の話です。小説ではどこかとぼけた味わいのある設定が、現実の海では、人間の捨てた瓶を舞台に起きていました。

チームが指摘しているのは、この瓶が特別ではないかもしれない、という点です。高密度ポリエチレンは海水に浮き、形を保ったまま28年以上も環境中に残りうる素材です。首の細い瓶という形状も変わりません。似たようにカニが容器に閉じ込められた事例は日本近海ですでに報告があり、著者たちは、同じことが漂流物に集まる他の甲殻類や魚にも起こりうると考えています。

一方で、これはあくまでカニ1匹の記録です。著者たち自身、漂流ごみがカニの個体群に直接の打撃を与えているという証拠はほとんどない、と論文の中で率直に述べています。海じゅうのカニが次々と瓶に捕まっている、という話ではありません。それでも、拾い上げた一本の瓶をここまで丁寧に読み解いたからこそ、「便利な容器が、海の小さな生き物にとっては出口のない部屋になりうる」ことが、具体的な食事の中身まで込みで示されました。閉じ込められたまま小魚を狩って2か月生き延びたこのカニのたくましさも含めて、記憶に残る一例です。

出典

Hajime Sato, Yoichi Sakai, Tetsuo Kuwamura, “Swimming crab in a bottle: A two-month drift on the ocean surface while entrapped,” Ecosphere, 2026年4月3日
https://doi.org/10.1002/ecs2.70609

広島大学プレスリリース(英語): Swimming crab trapped in plastic bottle survived two months on the ocean
https://www.hiroshima-u.ac.jp/en/news/98552

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