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オーストリアのウィーン大学のチームが、起きたままの飼い犬をMRIに入れて、人の顔写真を見せるという実験をおこないました。麻酔もなし、押さえつけもなし。犬は自分でスキャナーに入り、あご置きに頭をのせて、10分ほどじっと伏せています。その状態で脳の血流の変化を撮り、人の表情を見たときにどこが反応するかを調べました。
論文は2026年8月7日、Cell Press の学術誌 iScience に掲載されています(査読済み・オープンアクセス)。筆頭著者は Raúl Hernández-Pérez 氏、責任著者は Laura V. Cuaya 氏。どちらもウィーン大学の所属で、Cuaya 氏はメキシコ国立自治大学でこの研究を始め、ブダペストのエトヴェシュ・ロラーンド大学との共同研究を経て現在に至っています。
結論から言うと、犬の脳は人の表情を「良さそう」「悪そう」の二つに振り分けているだけではありませんでした。ただし、その仕分けの細かさには、はっきりした限界もありました。
これまでの実験が残していた空白
犬が人の表情に反応することは、行動を観察する研究で以前から示されてきました。ただ、その多くは「笑顔と怒り顔」のように、良い表情をひとつ、悪い表情をひとつ並べて見せる形でした。
この形だと、答えの出ないことがひとつ残ります。犬が見ているのは「機嫌が良さそうか、悪そうか」という大まかな向きだけなのか、それとも悪いほうの中身まで見分けているのか。二つを比べる実験からは、そこが区別できません。今回の研究が埋めようとしたのは、この空白でした。
笑顔で光った側頭部と尾状核
まず第1実験。8頭の飼い犬に、見知らぬ人の笑顔と無表情の写真を交互に見せました。写真は明るさなどの見た目の条件をそろえてあり、単に画像が派手だから反応した、という説明が成り立たないようにしてあります。
笑顔を見せたとき、右側の側頭部の皮質から、その奥にある尾状核(びじょうかく)にかけて、反応が強まりました。尾状核は、犬がおやつを期待しているときや、褒められたときにも活動が上がることが知られている部位です。Cuaya 氏は、ここが反応したことは、人の笑顔が犬にとって感情的な意味を持つ可能性を示していると説明しています。
ちなみに、この撮影を成立させている訓練のほうも、なかなかのものです。犬たちは正の強化(うまくできたら報酬)で少しずつ慣らされ、伏せの姿勢のまま静止する時間を数秒から10分まで伸ばしていきます。耳を守る保護具をつけ、模型のスキャナーで練習してから、あの大きな音のする本物に入る。第1実験の8頭のうち7頭は、以前のfMRI実験ですでにこの訓練を終えていた犬たちでした。

脳全体の解析が示した三つ目の仕分け
次が第2実験です。12頭の犬に、笑顔・怒り・恐れ・悲しみの4種類の表情を見せました。
チームはまず、第1実験で見つかったあの領域だけを取り出して、機械学習の分類器にかけました。脳の反応パターンから、犬がどの表情を見ていたかを当てられるかを試したわけです。結果、笑顔とそれぞれのネガティブな表情は、きれいに区別できました。ところが、ネガティブ同士は——怒りと恐れ、恐れと悲しみ、怒りと悲しみ——どの組み合わせも区別できませんでした。つまりこの領域は、笑顔を見分けるための場所であって、悪い表情の中身には無関心だったということです。
そこでチームは、範囲を脳全体に広げ、部位ごとに反応パターンの似かたを比べ直しました。すると、別の場所に差が出ます。怒りと恐れのあいだには、右の中外シルビウス回と左の脳梁膨大回で違うパターンが。悲しみと恐れのあいだには、右の吻側上シルビウス回で違うパターンが現れました。
そして、怒りと悲しみのあいだには、脳のどこにも差が出ませんでした。
つまり犬の脳は、人の表情を「良い・悪い」の二つに分けているのでもなければ、4種類を4通りに分けているのでもない。笑顔がひとつ、恐れがひとつ、そして怒りと悲しみはひとまとめ。少なくとも、静止した顔写真だけを手がかりにしたときは、そういう仕分けになっていました。

研究チームは、同じ向きの感情どうし(このケースでは、どれもネガティブな三つ)を犬の脳が区別できると示したのは今回が初めてだとしています。
家畜化がもたらした読み取り能力
怒りと悲しみが分かれなかった点について、論文は、顔の情報だけでは足りず、体の動きなど別の手がかりが必要なのかもしれない、という見方を示しています。実際、犬が普段わたしたちを読むときには、表情に加えて姿勢も声のトーンもにおいも同時に使っています。静止画1枚は、そこから一部を切り出したものにすぎません。
Cuaya 氏は、犬という動物の位置づけについてこう述べています。霊長類と人を比べるときは共通の祖先から受け継いだ能力を見ていることになるが、犬はまったく違う進化の道をたどりながら、家畜化を通じて人を理解し協力するための社会的な能力を身につけた、と。笑顔だけが専用の回路で扱われていたという今回の結果は、その筋書きに合います。
研究には関わっていないノッティンガム・トレント大学の心理学者 Bridget Waller 氏は、笑顔は人がもっともよく使う表情で社会的なやりとりに欠かせないものだから、犬がそれを他の顔の動きと区別する能力を発達させたのは理にかなっている、とガーディアン紙に話しています。同時に、他の表情まで区別できるかどうかははっきりしないとも述べており、こちらも人があまり頻繁には見せない表情だと考えれば納得がいく、と付け加えています。
解釈上の留意点
まず頭数です。第1実験が8頭、第2実験が12頭。両方に参加した犬が6頭いるので、実際に参加したのは14頭ということになります。fMRIの実験としては珍しい規模ではありませんが、決して多くはありません。
犬種の偏りも大きな留保です。第1実験の8頭のうち6頭、第2実験の12頭のうち8頭がボーダー・コリーでした。ボーダー・コリーは人の様子をよく見て、社会的な合図に従うことに長けた犬種として知られています。論文自身が、他の犬種が同じように表情を読み取れるかは今後の検討が必要だと書いています。
参加したのはすべて家庭で暮らす飼い犬でした。放し飼いの犬や路上で暮らす犬はまったく違う社会環境にいるため、人の合図の受け取り方も違う可能性がある、と研究チームは指摘しています。
そして、いちばん取り違えやすいところ。今回分かったのは「脳の反応パターンが表情ごとに違う」ということであって、「犬が人の気持ちを理解している」ことでも、「犬が人と同じように感情を感じている」ことでもありません。実験で使われた表情のラベル(笑顔・怒り・恐れ・悲しみ)も、人が見て判定してつけたものです。犬の側がその写真を何として受け取っていたのかは、この方法では分かりません。
チームは次の段階として、より犬の側に立った視点で、犬がこれらの信号をどう統合して人間の世界を渡っているのかを調べる計画だとしています。人と犬が同じ感情の手がかりをどう処理するかの比較も予定されています。
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出典
- Brain scans show that dogs can distinguish various emotions in human faces(ウィーン大学プレスリリース)
- Dog brain representations of human facial expressions: Encoding happiness and differentiating specific negative expressions(iScience・DOI: 10.1016/j.isci.2026.116900)
- Dogs can tell fear from sadness — and scientists saw it in their brains(ScienceDaily)
- Scientists Gave Dogs MRIs and Learned That They’re Surprisingly Good at Distinguishing Between Human Emotions(Smithsonian Magazine)
- Dogs distinguish fearful, angry and sad human faces, brain scans suggest(The Guardian)


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