火星の地殻から来た唯一の隕石、中性子で透かしたら水の痕跡が見えた

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火星から地球に落ちてきた隕石は、これまでに何十個も見つかっています。ところが、そのほとんどは地下のマグマが固まった火山岩で、火星の「地面そのもの」の話をしてくれません。例外はたった1個。NWA 7034、通称「ブラック・ビューティー」と呼ばれる黒い石です。火星の地殻——つまり惑星の表面を覆う岩盤——から来たと確認されている唯一の隕石で、最大で約44.8億年前という、火星が生まれて間もない頃の物質を含んでいます。

デンマーク工科大学を中心とする国際チームは、この貴重な石を一切壊さずに、中に潜む「水の痕跡」の分布を初めて立体地図にしました。使ったのは、X線と中性子という2種類の透視法の組み合わせです。研究成果は2026年8月13日付でGeophysical Research Lettersに掲載されました。

調べ尽くされたはずの石に残っていた宿題

はじめに整理しておくと、「初期の火星に水があった」こと自体は、今回の新発見ではありません。探査機の観測などから、かつての火星に液体の水が流れていたことはすでに強く示されており、その水は今、鉱物の中に化学的に取り込まれた水素という形で岩石に残っていると考えられています。

ブラック・ビューティー自体も、これまでさんざん調べられてきました。モロッコのサハラ砂漠で回収された約320グラムのこの石は、加熱して放出される水を測る方法で全体の水分量が見積もられ、髪の毛より薄く切り出した断片を顕微鏡で観察する研究も行われています。どの研究も結論は同じで、この石には水の痕跡がたっぷり残っている、というものでした。

ただし、これらの方法には共通の弱点がありました。加熱法では「全体でどれだけ水を含むか」という合計値しか分からず、薄片の観察では「切り出したごく狭い場所」しか見えません。水の痕跡が石の中のどこに、どんな塊で分布しているのか——その全体像は、誰も見たことがなかったのです。しかも相手は、火星の地殻から来た世界に1個しかない石。すり潰して調べるわけにはいきません。

X線で見えた「穴」の正体

そこでチームが持ち込んだのが、X線トモグラフィーと中性子トモグラフィーの合わせ技です。トモグラフィーは、対象を回転させながら透過画像を撮り、内部を3次元で再構成する技術で、病院のCTスキャンと同じ原理です。試料はブラック・ビューティーから切り出された12×8×2ミリの断片。コペンハーゲンからスイスのポール・シェラー研究所(PSI)へ、宅配便で送られてきたそうです。

まずX線で透かすと、鉄やケイ素といった重い元素の分布がくっきり写ります。ところがその画像には、緻密な岩石のあちこちに、大きな「穴」のような領域が写り込んでいました。X線には映らない、空っぽに見える場所です。

次に同じ断片を、PSIの中性子源SINQで中性子を使って透かしました。中性子はX線と逆の性質を持っていて、重い元素はあまり見えない代わりに、水素にきわめて敏感に反応します。すると、X線で穴に見えていた場所は空っぽではなく、水素を含む物質——水と岩石が反応してできた含水鉱物——で埋まっていることが分かりました。測定を担当したPSIのDavid Mannes氏によれば、2つの手法を組み合わせることで、微細な含水鉱物だけでなく、肉眼スケールの大きな水素の塊を可視化できたのは今回が初めてだといいます。

同じ石でも、X線と中性子では見える世界がまるで違う。この「見え方の違い」を逆手に取ったことが、今回の研究の核心です。

水素の塊は「古い破片」に集中していた

もうひとつ重要なのは、水素がどこにあったかです。ブラック・ビューティーは一枚岩ではなく、さまざまな時代の岩石の破片が天体衝突の熱と圧力で焼き固められた「角礫岩(かくれきがん)」と呼ばれるタイプの石です。いわば岩石のコンクリートで、中には時代の異なる破片が混ざり合っています。

解析の結果、水素の塊は石全体に均等に散らばっているのではなく、はっきり区切られたホットスポットとして偏在しており、その多くが特に古い時代の岩片に集まっていました。研究に参加したコペンハーゲン大学の火星地質学者Katrine Wulff Nikolajsen氏によると、これらのホットスポットだけで、調べた試料に含まれる水分全体の約11パーセントを占めるそうです。

古い破片に水の痕跡が濃く残っているということは、火星の歴史のかなり早い段階で、水がまだ若い地殻の岩石と反応していたことを意味します。火山活動や天体衝突のような高エネルギーの現象を通じて水が岩石に取り込まれ、含水鉱物として封じ込められた——同じようなプロセスは地球でも観察されており、この描像は、NASAの探査車パーサヴィアランスがジェゼロ・クレーターで見つけている含水鉱物の存在とも矛盾しないと研究チームは述べています。

火星の石を「割らずに調べる」時代へ

今回の対象は、あくまで1個の隕石から切り出した12×8×2ミリの断片です。この結果だけで火星全体の水の歴史を語れるわけではありません。それでも、貴重な試料を一切壊さずに水素の3次元分布を描き出せると示した意味は小さくないでしょう。

というのも、火星の石は当分、向こうから採ってこられそうにないからです。NASAとESAが進めてきた火星サンプルリターン計画は、費用の膨張を理由に2026年1月の予算で事実上中止となり、パーサヴィアランスが火星の地表に残してきたサンプル容器の回収は宙に浮いています。中国の天問3号が2028年の打ち上げ・2031年頃の帰還を目指しており、実現すれば人類初の火星サンプルリターンになりますが、それまでの間、火星の素性を直接調べる手がかりは、たまたま地球に落ちてきた隕石だけです。数が限られた石を壊さずに調べる技術の価値は、むしろ高まっています。

PSIのチームは、将来火星やほかの天体から試料が持ち帰られたときにも、同じ手法がそのまま使えると話しています。中性子で石を透かして水を探す——地味に聞こえるかもしれませんが、次にどこかの天体から石が届いたとき、最初に活躍する技術のひとつになるかもしれません。

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出典

E. B. Naver et al., “Direct detection of hydrogen reveals a new macroscopic crustal water reservoir on early Mars,” Geophysical Research Letters, 2026.(DOI: 10.1029/2026GL121841)

ポール・シェラー研究所 プレスリリース:What a dry meteorite tells us about water on Mars

Universe Today:Dry Martian Meteorite Reveals Early Water in Mars’s Crust

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