海の底にもきのこの仲間がいた——北極のフィヨルドで炭素をため込む菌類

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きのこやカビの仲間——菌類(きんるい)というと、森の落ち葉や朽ち木のそばにいる、陸の生き物を思い浮かべます。ところが、北極の海の底に積もった泥の中で、菌類が炭素を閉じ込める重要な働き手になっている。そんな研究結果を、ドイツ・ミュンヘン大学(LMU)のウィリアム・オルシ教授らの国際チームが学術誌PLOS Biologyに発表しました(2026年6月16日掲載)。舞台はノルウェー領スバールバル諸島の北極フィヨルド「コングスフィヨルデン」。氷河が海に流れ込む、地球でもっとも急速に変わりつつある場所のひとつです。

陸の分解者というイメージ

菌類は、陸の生態系では欠かせない存在です。落ち葉を分解し、木を朽ちさせ、土を作る。それだけでなく、近年の研究で「土の中に炭素をためる主役」でもあることが分かってきました。菌類は取り込んだ有機物を効率よく自分の体に変え、その体(菌糸)が土の中に残ることで、炭素が二酸化炭素として大気へ戻るのを防いでいるのです。

では、海ではどうか。実は海の中にも菌類はたくさんいます。世界の海にいる菌類の体をぜんぶ集めると、炭素にして推定3.2億トン。決して脇役と呼べる量ではありません。それなのに、海の菌類が炭素の流れの中で何をしているのかは、ほとんど分かっていませんでした。海の微生物の研究といえば細菌が中心で、菌類はずっと視界の外に置かれてきたのです。

今回の舞台であるフィヨルドは、この問いを調べるのにうってつけの場所です。氷河が削った深い入り江には、陸や氷河から流れ込んだ有機物がどんどん積もります。堆積(たいせき)のスピードが速いため、海底に届いた炭素は分解される前に埋まりやすい。世界のフィヨルドを合わせると、海底に埋まっていく有機炭素の1割以上を引き受けているという見積もりもあるほどで、フィヨルドは地球の「炭素の貯蔵庫」なのです。しかも北極は、世界平均の約4倍の速さで温暖化が進んでいます。この貯蔵庫がこれからも働き続けるのかを知るには、そこで何が炭素をためているのかを知る必要があります。

鍵を握るのは、水に溶けた有機物の運命です。海底の表面で、微生物が溶けた有機物を食べたとき、道は二つに分かれます。呼吸して二酸化炭素に変えてしまうか、それとも自分の体の材料として抱え込むか。前者なら炭素は環境へ戻り、後者なら微生物の体ごと泥に埋まって、海底に残ります。この分かれ道の効率が、フィヨルドの貯蔵庫としての性能を左右するわけです。

海底の泥で見つかった87種類の働き手

研究チームは2023年と2024年の夏、コングスフィヨルデンとその周辺で、氷河の上からフィヨルドの海底まで、64地点・240サンプルという徹底ぶりで試料を集めました。氷河、ツンドラの土、氷河から流れ出す川、海水、そして海底の泥。陸から海までの全部をつなげて調べたのがこの研究の強みです。

調べ方はこうです。炭素と窒素に目印(安定同位体)を付けたアミノ酸を試料に加え、1週間後、その目印がどの微生物のDNAに取り込まれたかを追跡する。アミノ酸は、水に溶けた有機物の中でも微生物がすぐ使える「ごちそう」にあたる成分で、これを誰がどれだけ食べて体にしたかを、菌類と細菌で分けて測りました。海の堆積物で菌類のアミノ酸の取り込みを定量したのは、これが初めてだといいます。

結果、フィヨルドの海底の泥では、87種類(DNAで区別した分類単位)もの菌類がアミノ酸を取り込んで、自分の体に変えていました。一方、すぐ隣の陸のツンドラの土で同じ実験をすると、アミノ酸を取り込んだ菌はわずか7種類。海底の菌の顔ぶれは、隣の陸の土とも、すぐ上の海水とも別物で、フィヨルドの泥には独自の菌類のコミュニティが根付いていたのです。

そして、87種類の内訳に意外な名前がありました。もっとも多かった34種類が、いずれもAlatospora(アラトスポラ)という属の仲間だったのです。この属が含まれる「水生不完全菌」と呼ばれるグループは、川に落ちた葉っぱを分解する菌として知られてきました。渓流の中でひらひらした胞子を飛ばし、落ち葉を食べて川の生き物たちに栄養を回す——教科書ではそういう役どころの菌です。つまり、川の落ち葉を分解するはずの仲間が、北極の海底で、炭素を体として抱え込む主役級の働き手になっていた——それがこの研究のいちばんの驚きでした。

菌類が多いほど二酸化炭素が少ないという関係

この菌たちの働きぶりには、もうひとつ注目すべき点があります。取り込んだアミノ酸の「使い方」です。

フィヨルド一帯の実験結果を並べると、細菌に対して菌類の取り込みが優勢な試料ほど、実験中に出てくる二酸化炭素が少ない、というはっきりした逆の関係が見られました。海水では細菌がアミノ酸をどんどん食べていましたが、その多くを呼吸で二酸化炭素に変えて吐き出してしまう。対して海底の泥の菌類は、食べたものを効率よく自分の体に変え、燃やす量が少なかったのです。同じ量の食事をしても、片方は使い切り、もう片方は蓄えに回す。この「燃費のよさ」こそが、炭素を海底にとどめる菌類の武器だとチームは見ています。

さらにしぶといことに、この菌たちは酸素の乏しい環境でも働いていました。フィヨルドの海底の泥は、表面からわずか数ミリ下でもう酸素がなくなります。実験でも泥の表面はすぐに無酸素状態になりましたが、Alatosporaの仲間はそれでも活動を続けていました。発酵のような酸素のいらない代謝を使っているのかもしれませんが、その仕組みはまだ分かっていません。いずれにせよ、酸素が届かない泥の中でも有機物を体に変えられるなら、炭素はますます分解を逃れて埋まりやすくなります。

オルシ教授は、北極海の菌類はその効率のよい代謝を通じて、堆積物への炭素の貯蔵に大きく貢献しうると述べています。関連する解説記事を書いたブレーメン大学のマーリス・ライヒ氏も、微生物の世界で菌類はただの競争相手ではなく、溶けた有機物の取り込みで細菌を上回ることさえある、と指摘しました。海の炭素の流れを考えるモデルは、これまで菌類をほぼ無視して組み立てられてきました。その空白を埋めるべきだという声が、この研究をきっかけに強まっています。

解釈上の留意点

ここまで読むと「菌類が温暖化を食い止めてくれるのでは」と思いたくなりますが、この研究が示したのはそこまでではありません。測定が行われたのは北極のひとつのフィヨルドで、菌の種類まで特定した詳しい実験は、そのうち1地点の泥に限られます。ほかの海、ほかのフィヨルドで同じことが起きているかは、これから確かめる段階です。

「菌類が優勢だと二酸化炭素が少ない」という結果も、あくまで両者が連動していたという観察で、菌類が原因だと証明されたわけではありません。また、菌の体として炭素が保持されることと、炭素が長期間隔離されることは同じではない、とライヒ氏は注意をうながしています。菌の体がその後どれだけ食物連鎖に入って呼吸で戻されるのか、ほかの微生物にどれだけ分解されるのかは、まだ数字がないのです。無酸素条件についても、実験容器は空気に開放されていたため、泥のすぐ上にわずかな酸素が届いていた可能性を著者ら自身が認めています。

そもそも海の菌類の生態系については、研究者自身が「まだ表面をかすった程度」と語る段階です。北極の環境は前例のない速さで変わりつつあり、この研究が捉えたのはその変化の途中のひとこまでもあります。それでも、きのこや発酵と長く付き合ってきた日本の私たちにとって、菌類の知られざる持ち場が海の底にもあった、という話はどこか親しみが湧きます。目に見えない生き物が、地球の炭素の行き先を静かに左右している。その地図は、まだ描かれ始めたばかりです。

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出典

論文(オープンアクセス):Trejos-Espeleta, J.C. et al. “Fungi enhance microbial carbon retention in high Arctic fjord sediment,” PLOS Biology 24(6): e3003783(2026年6月16日公開):journals.plos.org

関連解説(同誌):Reich, M. “The fungal blind spot: Why marine carbon models ignore a key player,” PLOS Biology(2026年6月17日公開):journals.plos.org

紹介記事:ScienceAlert “There Are Fungi in The Ocean, And They May Be Way More Important Than We Realized”(2026年8月23日):sciencealert.com

プレスリリース解説:Phys.org “Fungi help lock carbon into Arctic fjord sediments”(2026年6月17日):phys.org

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