2026年9月5日の深夜、ノルウェー北部のアンドーヤ宇宙センターから、ドイツの新興企業 Isar Aerospace(イザール・エアロスペース)のロケット「Spectrum(スペクトラム)」が打ち上げられ、軌道に到達しました。積んでいた5機の小型衛星も予定どおり分離されています。
民間企業が自前で開発したロケットが、ヨーロッパ大陸の地面から軌道に届いたのは、これが初めてです。しかもこの会社、前回の初号機は打ち上げから30秒で海に落ちています。その1年半後の2号機で、いきなり軌道に乗せてきました。
北極圏の発射台からの打ち上げ
打ち上げは現地時間の午後10時12分(日本時間では9月6日の午前5時12分)。アンドーヤは北緯69度、北極圏の中にある島で、発射台は海に面した崖の上にあります。会社側のネット中継では、打ち上げから10分ほどで機体が地上局の通信範囲を出て映像が途切れましたが、その後、会社は「軌道に入った」と発表しました。

Spectrumは全長28メートル、2段式のロケットです。1段目に9基のエンジンを積み、地球低軌道に約1,000kgを運べます。1,000kgは軽自動車1台分ほどの重さで、大型ロケットというより「小さめの衛星をまとめて運ぶ便」という立ち位置です。今回の便には、ドイツ・ノルウェー・スロベニア・ブルガリア・オーストリアの大学や新興企業が作った5機のキューブサット(10cm角を単位にした超小型衛星)と、機体から分離しない実験装置1件が載っていました。搭載機は、ドイツ宇宙機関の小型ロケット競争でIsarが選ばれた際に割り当てられたもので、ESA(欧州宇宙機関)の支援を受けています。
会社の発表によると、機体は最大動圧点を通過し、1段目の燃焼停止と分離、2段目の点火、フェアリング(衛星を覆う先端のカバー)の分離まで計画どおりに進みました。いったん楕円形の軌道に入ったあと、2段目を再点火して軌道を円に近づけ、そこで衛星を分離しています。衛星がそれぞれ正常に動いているかは、各衛星の持ち主と確認を進めている段階です。
ヨーロッパ本土に軌道用の発射場がなかった理由
「ヨーロッパから初めて」という言い方には、少し補足が要ります。ロシアのプレセツク射場はウラル山脈の西側、地理的にはヨーロッパにあり、ここからは1960年代から数え切れないほどのロケットが軌道に上がっています。今回の「初」は、ロシアを除いた西ヨーロッパ側で、しかも民間が開発したロケットとして、という範囲での話です。
それでも、この範囲での「初」がなぜ2026年まで残っていたのかは、それなりに理由があります。ヨーロッパの主力ロケットであるアリアンやヴェガは、フランスの海外県である南米のギアナから飛んでいます。赤道に近く、東に向けて打ち上げれば落下物を大西洋に落とせるので、大型ロケットにはこちらが都合がよいのです。ヨーロッパ大陸そのものは人口が密で、陸地の上を飛ばさずに軌道へ上がれる場所がほとんどありません。
アンドーヤはその数少ない例外です。北に向かって打ち上げれば、落下物はノルウェー海と北極海に落ちます。北へ飛ぶということは、地球を南北にぐるりと回る軌道(極軌道や太陽同期軌道)に入るということで、地球観測衛星が好む軌道と相性がよい。アンドーヤは2023年に軌道ロケット用の発射台が整い、その最初の使い手がIsarでした。
30秒で海に落ちた初号機
Isarの初号機「Going Full Spectrum」は、2025年3月30日に同じ発射台から飛びました。上昇を始めて25秒後、機体を軸のまわりに回す動作(ロール操作)を始めたところで、推進剤タンクのベントバルブ(余分なガスを抜くための弁)が意図せず開き、姿勢を保てなくなります。30秒の時点で9基のエンジンを止める飛行中断の指令が出て、機体は発射台のすぐそばの海に落ちて爆発しました。ペイロードは載せておらず、はじめから試験飛行でした。
会社は2か月で原因を特定したと発表し、ソフトウェアの修正と機体の改修を進めます。2号機「Onward and Upward」は当初、2026年1月の打ち上げを目指していました。ところが加圧系のバルブの不具合で3月に延び、3月には天候と、射場の海域に入ってきた船と、エンジンの燃料温度の上昇で何度も中止。4月9日は高圧ガスタンクの漏れで見送り、6月15日は流体系の異常で直前に中止。ようやく飛んだのが9月5日です。
飛ぶ前から3号機以降を作っていた会社
ここまでを読むと、「失敗して、直して、慎重に慎重を重ねて2度目で成功した」という筋に見えます。実際そのとおりなのですが、この会社の考え方はもう少し違うところにあります。
2号機がまだ発射台で足止めされていた時期に、Isarはすでに3号機から7号機までを製造ラインに載せていました。ミュンヘン近郊に4万平方メートルの新工場を建設中で、完成すれば年に最大40機のロケットを作れる体制になると発表しています。飛ぶかどうか分からない機体の後ろに、5機分の量産が並んでいたわけです。

つまり、この会社は「初号機はたぶん落ちる」という前提で事業を組んでいます。CEOのダニエル・メッツラー氏は初号機のときから「30秒飛べば成功」と言い、2号機の中止が続いても「中止はロケット業界の一部で、成功した会社はみんなここを通っている」と繰り返していました。1機に全てを賭けて成功か失敗かを問うのではなく、機体を次々に作って飛ばし、その中で当てる。SpaceXがファルコン1で3回落として4回目で軌道に乗せたのと同じ型です。ヨーロッパの民間ロケットが軌道に届いたこと以上に、ヨーロッパの会社がこの型で動いて実際に軌道に届いたことが、今回の本当のニュースだと思います。
ESAの宇宙輸送部門を率いるトニ・トルカー=ニールセン氏は、打ち上げ前に「結果がどうであれ、ヨーロッパの打ち上げ市場を多様で強いものにする一歩になる」と述べていました。成功か失敗かで評価が決まらないという言い方は、この型を前提にした言葉です。
ヨーロッパの打ち上げ事情への影響
ヨーロッパには長いあいだ、自前で衛星を上げる手段がアリアンとヴェガしかありませんでした。2023年にアリアン5が退役し、後継のアリアン6が飛ぶまでの1年ほどは、ヨーロッパの衛星をSpaceXのファルコン9で上げる状況が続いています。「自分たちの衛星を、自分たちのロケットで、自分たちの土地から上げられない」というのは、安全保障の観点からも長く問題視されてきました。
Isarは今回の成功を受けて、カナダのノバスコシア州にも発射台を建設中です。アンドーヤとあわせて、地球観測衛星や通信衛星がよく使う中〜高緯度の軌道をカバーする構えです。同じ時期に、イギリスのスコットランドでも別の会社が同国初の軌道打ち上げを準備していて、スペインやドイツの他社も小型ロケットの開発を進めています。ヨーロッパの小型ロケットは、今回のIsarが先頭を切った形になります。
ただ、軌道に届いたのは1回です。1回飛んだロケットと、定期的に飛ぶロケットの間には大きな距離があります。積んだ5機の衛星が全て正常かも、記事を書いている時点ではまだ確認中です。年40機という工場の能力も、それだけの注文が実際に集まるかどうかは別の問題で、小型ロケットの市場は世界中で新興企業がひしめいています。今回分かったのは、ヨーロッパの民間の小型ロケットが軌道に届く技術を持っていること、そして「落ちても次を作る」という体制でここまで来たこと。その次、つまり3号機がいつ、どう飛ぶかが、この会社の本当の試験になります。
出典
Private German rocket makes history, reaches orbit from European soil(Space.com・2026年9月5日)
Mission Updates: Onward and Upward(Isar Aerospace・公式ミッション更新)
Isar Aerospace attempts launch of Spectrum rocket after months of delays(NASASpaceflight・2026年9月5日)
Germany’s Isar rocket launches from arctic Norway and reaches orbit(ABC News・2026年9月6日)


コメント