イタリア半島の背骨にあたるアペニン山脈の下で、地殻の底の部分がめくれて、マントルへ落ちていっている。フィレンツェ大学のステファノ・タヴァーニ氏を中心とするイタリアとスペインの研究チームが、2026年9月7日付で査読誌のCommunications Earth & Environmentにそう発表しました。
地殻が剥がれる現象そのものは、以前から理論やシミュレーションで予想されていたものです。今回の研究が違うのは、数十年ぶんのGPS、衛星レーダー、地震の記録を重ね合わせて、いま剥がれている最前線の位置と、その周りで地面がどう動いているかを実測データで示した点にあります。
伸びながら縮む山脈
アペニン山脈は、イタリア半島を北西から南東へおよそ1,200kmにわたって走る山脈です。地質の世界では、ここは昔から扱いに困る場所でした。
まず、山脈の内側では地面が横に引き伸ばされています。正断層(地面が引っ張られてずれる断層)が並び、地震も引っ張り型のものが起きる。ところが同じ山脈の外縁、アドリア海に面した側では、逆に地面が押し縮められていて、圧縮型の地震が起きています。ひとつの山脈の中で、片側は伸び、片側は縮んでいるわけです。
上下の動きも同じくちぐはぐで、山脈の中軸あたりは相対的に持ち上がり、外縁側は沈んでいます。山脈は普通、プレート同士が押し合って地殻がしわ寄せされてできるものなので、「押されているのに伸びている」というのは、それだけで説明を要する状態です。
200万年前まで通用していた説明
この矛盾には、長らく通用してきた説明がありました。
アペニン山脈の下には、アドリア海側から西へ沈み込んでいったプレートの板(スラブ)があります。この板が沈み込みながら少しずつ後退していくと、その後ろ側の地殻が引っ張られて薄くなる。これが「スラブの後退(ロールバック)」で、イタリア半島の西に広がるティレニア海は、この引っ張りで開いた海です。後ろで海が開き、前で山脈が押し縮められる。1000万年前から200万年前までの間、中部アペニンでおよそ100kmの縮みが起きた一方、ティレニア海ではほぼ同じ量の広がりが起きていて、収支は合っていました。
ところが約200万年前、ティレニア海の拡大は止まります。海底の断層はその後の堆積物に埋められ、いまは動いていません。それに合わせて、150万年前ごろにはアペニン前面の押し縮めも急に減速し、現在は年に数mm程度になっています。
それでも、伸びと縮みが同時に起きる変形そのものは止まっていません。後ろの海は開いていない。前を押す力も弱まった。なのに山脈はまだ伸び、まだ縮んでいる。この「エンジンが止まったのに動いている」状態が、今回の研究の出発点です。
押す力の出どころが見当たらない
ここで研究チームが強調するのが、方角の話です。
大きく見れば、イタリアはアフリカ・プレートとヨーロッパ・プレートが押し合う場所にあります。ただしその押し合いの方向は北西から南東で、アペニン山脈が縮んでいる方向(北東から南西)とはほぼ直角です。つまり、大陸同士の衝突は、この山脈を縮める向きには働いていません。
さらに、山脈をはさむ両側、西のサルデーニャ・コルシカ側と東のアドリア海側は、GPSで見るかぎり互いに年約2mmの速さでゆっくり離れつつあります。外側の枠は広がっているのに、その内側で押し縮めが起きている。外から押されていないのに縮むなら、縮ませる力は内側から出ているはずだ、というのが研究チームの読みです。
その「内側のエンジン」の正体を探るために、チームは4種類の地図を重ねました。1995年から2025年までのGPS(GNSS)観測、2019年から2023年までの衛星レーダー(Sentinel-1のInSAR)による地面の上下・東西の動き、1976年以降の地震の震源と揺れ方の記録、そしてモホ面の深さの地図です。
モホ面とは、地殻とマントルの境目のことです。地震波の伝わり方が変わる面として検出でき、イタリアではその深さの分布が以前から詳しく調べられていました。

二重になったモホ面と剥がれの最前線
重ね合わせて見えてきたのは、アペニン山脈に沿って500km以上にわたり、モホ面が二重になっている帯でした。ティレニア海側の浅いモホ面が、アドリア海側の深いモホ面の上にかぶさっている。地殻とマントルの境目が、同じ場所に2枚ある状態です。
この二重帯を、研究チームは「下部地殻が剥がれている最前線」と解釈しています。密度の高い下部地殻が、その下のマントル・リソスフェア(マントルの硬い上部)ごと上の地殻から剥がれ、沈み込むスラブに引きずられてマントルへ落ちていく。この現象はデラミネーションと呼ばれ、研究チームは特に、剥がれ目が横に移動していく様子をファスナーを開くことにたとえて「アンジッピング」と名づけています。
剥がれ目には「ヒンジ」と呼ばれる折れ目があり、そこを境に、剥がれた側と、まだくっついている側に分かれます。ヒンジはいま、アドリア海のほうへ向かって少しずつ移動しています。
地震の分布は、この最前線にぴったり重なっていました。ヒンジの南西側、つまり剥がれが済んだ側では引っ張り型の地震が、北東側のまだくっついている側では圧縮型の地震が起きています。深い地震は剥がれの最前線そのものに集まっていました。
GPSの数字も同じ形を描きます。山脈の内側では地面が年約4mmの速さで北東へ動き、これが伸びの領域にあたります。一方、外側の枠全体の広がりは年約2mmしかないので、差の約2mmぶんはどこかで吸収されなければならない。それが山脈前面の押し縮めで、年約2mmの縮みとして計測されました。内側で伸びたぶんを前面で縮めて帳尻を合わせる。研究チームはこれを「アコーディオンのような」動きと表現しています。
剥がれた側は浮き上がり、残った側は引きずられる
なぜ剥がれると伸びるのか。研究チームの説明はこうです。
ヒンジより先の、まだ下部地殻がスラブにくっついている側では、沈み込むスラブの重みが上の地殻を下へ引っ張ります。これが外縁側の沈み込みと圧縮を生みます。ところがヒンジが通り過ぎて下部地殻が剥がれると、その重しがなくなります。しかも剥がれた跡には、密度の低いマントルが下から入り込む。重いものが取れて軽いものに置き換わるので、上に残った地殻は曲がりが戻って浮き上がる。この持ち上がりと横方向へのずれが、内側の伸びとして現れる、という筋書きです。
研究チームは、この配置を単純な弾性の板の曲がりとして計算し、剥がれた側の地殻が、剥がれていない側に比べて曲がりに対する実効的な厚みが5分の1から15分の1程度にまで薄くなっている、という見積もりも出しています。板が急に薄くなる場所に伸びと持ち上がりが集中する、という計算結果は、観測された地震と地面の動きの分布とよく合っていました。
南部では縮みが見えない
ただし、この「アコーディオン」がきれいに見えるのは北部と中部です。
南部の断面では、前面の押し縮めがGPSで検出されず、圧縮型の地震も起きていません。研究チームは、南部では両側の枠が離れていく動きのぶんだけ単純に引き伸ばされている、と解釈しています。南部でスラブが途中でちぎれているのではないか、という別の説もあり、この点は決着していません。チーム自身、南部の圧縮地震の欠如は「ちぎれ説と矛盾しない観測」だと認めたうえで、山脈全体にわたって断層の向きや動きの方向がそろいすぎていることから、局所的な断裂ではなく剥がれの進行で説明するほうが自然だ、という立場をとっています。
モデルが意図的に単純化されている点も、論文で明記されています。実際の岩石は温度や深さで性質が変わりますし、マントルの流れも入っていません。研究チームは、より本格的なシミュレーションが別に必要だとしたうえで、今回の分析は「いまの地面の動きが、地殻の底の剥がれ方で第一近似として説明できる」ことを示すものだ、と位置づけています。
成熟した沈み込み帯の行き先
この研究の意味は、イタリアの地質の説明がつく、というだけにとどまりません。
スラブが後退して後ろに海が開き、やがて大陸同士がぶつかって沈み込みが行き詰まる。この流れは、地中海のほかの山脈や、世界の成熟した沈み込み帯でも起きてきたことです。今回の結果は、後ろの海の拡大が止まっても変形は終わらず、地殻の底が剥がれていく最前線に舞台を移して、地震と変形を維持し続ける、という一つの型を示しています。研究チームはこれを、同じ段階にある他の地域を読み解くためのひな形になる、と述べています。
山の下で地殻がめくれていく、というのはシミュレーションの中では何度も描かれてきた絵でした。それが実際の地面の動きとして、剥がれ目の位置ごと計測されたのが今回の報告です。イタリアで頻発する地震の背景にある力の出どころを考えるうえでも、参照される研究になりそうです。
出典
Tavani, S. et al., “Lower-crustal unzipping drives active orogenic deformation,” Communications Earth & Environment (2026). オープンアクセスで全文が読めます(記事執筆時点では受理原稿版のArticle in Pressで、最終版に差し替わる予定です)。
https://doi.org/10.1038/s43247-026-04021-w
ScienceAlert, “Earth’s Crust Is ‘Unzipping’ Under Italy” (2026年9月11日)
https://www.sciencealert.com/earths-crust-is-unzipping-under-italy


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