木は強くて軽くて、そのうえ土に還る。建材としても家具の材料としても優等生なのですが、ひとつだけ苦手なことがあります。曲がらないことです。金属や樹脂なら押せば曲がるところを、木は同じようにやると繊維が裂けてしまいます。それでも曲線の木製品は昔からあって、その裏側では職人がかなり手間をかけてきました。
イタリア技術研究所(IIT)の研究チームが、この「木を曲げる」工程を、セルロース由来の溶媒ひとつでずいぶん楽にできることを示しました。論文はNature系のオープンアクセス誌Communications Materialsに2026年6月に掲載され、9月にIITがプレスリリースを出しています。
木を曲げる二つの方法と、それぞれの代償
木を曲げる方法は、大きく分けて二つしかありませんでした。
ひとつは蒸気曲げです。木を蒸気で蒸して熱と湿気で一時的にやわらかくし、型に沿わせて曲げ、冷まして固めます。トーネットの曲げ木椅子で知られる、百年以上続く技法です。ただし高温の蒸気を作り続けるのでエネルギーを食いますし、樹種によって向き不向きがあり、割れることもある。熱を通したぶん、木そのものの強さも落ちます。
もうひとつは積層曲げ(せきそうまげ)です。木を薄い板に挽き、接着剤を塗って重ね、曲面の型に押しつけて固めます。合板や集成材の作り方と同じで、どんな曲線でも作れる反面、手間と時間がかかります。そして接着剤は石油由来のものがほとんどなので、できあがった製品は「木」でありながら土に還らなくなります。捨てるときに困る木、ということです。
どちらも長く使われてきた、ちゃんとした技術です。ただ、エネルギーか、接着剤か、どちらかの代償を払うことになっていました。
セルロースから作る溶媒Cyrene
IITのスマート・マテリアル研究ユニット(Athanassia Athanassiou氏が率いるグループ)が持ち込んだのは、Cyreneという溶媒です。これは木や植物の主成分であるセルロースを原料にして作る液体で、石油由来の有害な溶媒の代わりになるものとして、ここ十年ほど化学の世界で注目されてきました。人への毒性が低く、生分解もします。
チームがやったことは、拍子抜けするほど単純です。このCyreneと水を混ぜた液に、無垢の薄い木の板を漬ける。それだけです。
木の内部では、硬いセルロースの繊維を、リグニンとヘミセルロースというやわらかい成分が接着剤のように固めています。水に浸けると、このやわらかい側がいくらかゆるみます。これが蒸気曲げの原理でもあるのですが、水だけではリグニンの奥まで入り込めず、効きが鈍い。Cyreneと水を混ぜた液は、リグニンとヘミセルロースの分子を水だけのときよりずっと動きやすくします。固めている側がほどけるので、木全体がやわらかくなる。板は小さな力で曲がり、丸めることもできます。
液に漬けたあとは、好きな形に曲げたまま乾かします。乾くと溶媒が抜けて、木はもとの硬さに戻り、曲げた形で固まります。接着剤を加えていないので、できあがった木はもとのまま生分解しますし、チームの測定では曲げる前と比べて強さの劣化も見られませんでした。
New Atlasの記事によると、実験で使った液の温度は65℃前後でした。蒸気曲げが100℃の蒸気を使い続けるのに比べると、かなり穏やかな条件です。

Cyreneだけでは逆に硬くなる
この研究で一番おもしろいのは、「Cyreneで木がやわらかくなった」という結果そのものより、その先の一点です。
チームはCyreneと水の割合をいろいろ変えて試しています。すると、いちばん木がやわらかくなったのは、ほぼ半々に混ぜたときでした。水だけで処理した木と比べて、主材料に使ったシナノキでは、木目に沿った方向で3.5%、木目と直角の方向で13.9%まで曲げ伸ばせるようになりました。水だけのときと比べて、それぞれ21%と23%の増加です。
ところがCyreneを水で薄めず、そのまま使うと、効果はほぼ逆になりました。濡れた木が、むしろ硬く、曲がりにくくなったのです。
つまり効いているのはCyreneという物質そのものではなく、Cyreneと水の組み合わせでした。片方だけでは入り込めない場所に、二つが混ざることで届いている、ということのようです。
どこまで届いているかも、チームは調べています。X線で木の内部を見ると、混合液は本来ならびくともしないはずのセルロースの結晶の中にまで入り込み、分子の並びを乱していました。リグニンやヘミセルロースだけでなく、木の芯の部分までいったんゆるんでいたわけです。それでいて乾かすと、結晶の乱れは元に戻り、リグニンが溶け出した形跡もない。木の中身を壊さずに、一時的にだけ全体を「ゆるめて戻す」ことができた、というのがこの研究の主張です。
そしてこの「戻る」性質には、もうひとつ使い道があります。IITのプレスリリースによれば、一度曲げて固めた木をもう一度処理すると、元の平らな形にも、別の形にも作り直せるとのことです。接着剤で固めた積層曲げでは、これはできません。
厚さ数ミリという、いまの限界
ここまで読むと万能に見えますが、実験に使われた木は厚さ1〜5mmの薄い板です。主にシナノキで、ほかにバルサ、バイアクルミ、オクメ、トネリコといった、模型や木工でよく使われる樹種を試しています。椅子の脚になるような厚みの材は、まだ扱っていません。
液を木の芯まで染み込ませる方法なので、厚くなるほど時間がかかるのは目に見えています。IITは、大きな材を扱うには産業規模の設備が要るだろうと見ています。また、研究室の工程には加熱・溶媒の置き換え・乾燥が含まれていて、本当に蒸気曲げや積層曲げより環境負荷が低いのかを数字で示すライフサイクル評価は、まだ行われていません。「低エネルギーで持続可能」という言葉は、いまのところ条件の穏やかさから来ている見立てで、工場全体で比べた結果ではない、ということは押さえておいたほうがよさそうです。
とはいえ、出口はすでにはっきりしています。曲線を使う家具とインテリア、楽器の胴、子ども向けの玩具。どれも薄い板を曲げて作る場面が多く、そして「土に還る木でできている」ことに価値が置かれる分野です。チームはこの方法で特許を出願中で、どの分野から実用化を狙うかを詰めている段階だといいます。
蒸気で蒸すか、接着剤で貼るか。二択だった曲げ木の技術に、「液に漬ける」という三つ目の選択肢が増えました。使っているのは木から作った溶媒と水だけ。木を木のまま曲げる、という当たり前のようで難しかったことが、ようやく手の届くところに来ています。
出典
論文:Li, S., Nardi, M., Marras, S., Ceseracciu, L., Marini, L. & Athanassiou, A. (2026). Uniform plasticization enabling large deformation of intact wood. Communications Materials. https://doi.org/10.1038/s43246-026-01248-0(オープンアクセス)
ニュース記事:Bio-based liquid bends wood like it’s thin, pliable metal(New Atlas)/Researchers Found a Greener Way to Bend Wood Into Almost Any Shape(ZME Science)


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