水素が4つとも重水素に置き換わったメタノールを、生まれたての星で初めて検出。量は化学模型の100倍で、氷の中の化学に「知らない一手」がある

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メタノールは、炭素1個に水素4個と酸素1個が付いただけの、いちばん単純なアルコールです。地上では燃料や溶剤ですが、星が生まれる現場では、もっと大きな有機分子を組み上げる土台になる分子として、天文学者がいちばん頼りにする目印でもあります。マックス・プランク電波天文学研究所の Arnaud Belloche さんらは、ペルセウス座の分子雲 NGC 1333 にある生まれたての星 IRAS 4A2 で、メタノールの4つの水素がすべて重水素に置き換わった「完全重水素化メタノール」CD3OD を、星間空間で初めてはっきり検出したと Astronomy & Astrophysics に報告しました。4つの水素が全部置き換わった分子が星間空間で見つかったのも、これが初めてです。そしてその量は、いまある化学の模型のどれも説明できないほど多いものでした。

重水素は「いつできたか」を記録する

重水素は、ふつうの水素より中性子が1個多い重い水素です。宇宙全体では水素10万個に対して1〜2個しかありません。ところが、星が生まれる前の冷たく濃い分子雲の中では、分子に含まれる重水素の割合がこの何桁も上に跳ね上がります。極低温では、重水素を含む分子を作る反応が、エネルギー的に一方通行になるからです。しかもその効率は、雲が冷えて濃くなるほど、つまり時間がたつほど高くなります。

だから、ある分子にどれだけ重水素が入っているかを測ると、その分子が雲の歴史のどの段階で作られたかが読めます。メタノールは星が生まれる前の段階に、塵の粒の表面の氷の中で、一酸化炭素に水素が次々に付いて作られると考えられています。氷の中でできたメタノールは、星が生まれて周りが温まると気体になって飛び出し、ALMA(アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計)のような電波望遠鏡に見えるようになります。その重水素の入り方は、氷の時代の記録です。

11個の原始星を分光する COMPASS

今回のデータは、ALMA の大規模プログラム COMPASS(Complex Organic Molecules in Protostars with ALMA Spectral Surveys)のものです。太陽と似た質量の近い原始星11個について、電波の広い帯域をまとめて分光し、どんな分子がどれだけあるかを調べる計画です。その対象のひとつ IRAS 4A2 は、地球から約290パーセク(約950光年)にある若い星で、連星の片方にあたります。中心のすぐそばには、氷が蒸発して有機分子が気体になっている「ホット・コリノ」と呼ばれる約200K の領域があります。

この領域の電波スペクトルから、研究チームはメタノールと、炭素や酸素の同位体を含む仲間、そして水素のうち1個・2個・3個が重水素に置き換わった仲間を順に同定しました。そのうえで、4個全部が置き換わった CD3OD の線を、見間違いではない強さで見つけました。これまで別の原始星で「あるかもしれない」という弱い兆候は2件報告されていましたが、確かな検出はこれが初めてです。

模型の100倍

CD3OD の量は、ふつうのメタノールの約2,500分の1でした。小さな数字に見えますが、重水素が4か所すべてに入る確率として考えると、途方もなく大きい値です。もし水素と重水素の置き換わりがサイコロを振るように独立に起きるなら、1か所だけ置き換わった分子の割合から4か所の割合は計算できます。ところが IRAS 4A2 では、1か所置き換わったメタノールから見積もる重水素の割合は約1%なのに、置き換わりが多い分子ほど見積もりの割合が上がり、CD3OD では10%を超えます。重水素は「均等にばらまかれる」のではなく、すでに重水素を持っている分子に、さらに重水素が集まるように入っていました。

研究チームは、この10年に発表された、重水素の化学に重点を置いた分子雲と原始星の模型を4つ以上並べて比べました。どの模型も、1個だけ置き換わった分子の量はおおむね合わせられます。しかし2個・3個と置き換わりが増えた分子では1〜2桁、つまり10倍から100倍少なく予測し、CD3OD はさらに外れます。マックス・プランク研究所のリリースは「約100倍」とまとめています。Belloche さんは、重水素が何個も入ったメタノールを作る鍵になる過程が、どの模型からも抜け落ちているようだと述べています。

まだ名前のない線

IRAS 4A2 のスペクトルには、どの分子のものか分からない線がいくつか残っています。CD3OD が見つかった以上、その有力な候補は、水素と重水素の組み合わせが違うメタノールの残り2種類、CH2DOD と CHD2OD です。ただし、この2つは実験室で測った精密なスペクトルのデータがまだなく、宇宙の線と突き合わせることができません。共著者でマックス・プランク地球外物理学研究所の Silvia Spezzano さんの研究室では、こうした重水素入りの有機分子を実験室で系統的に測る計画を進めていて、データがそろえば IRAS 4A2 で簡単に見つかるだろうと論文は書いています。

もうひとつ、研究チーム自身が首をかしげている数字があります。メタノールと、炭素13を含むメタノールの比が約9と出たことです。太陽近傍の星間物質では炭素12と炭素13の比は約68なので、桁が合いません。酸素の同位体どうしの比は期待どおりなので、メタノールの量を少なく見積もっている可能性が高く、電波を出している領域が一様な塊ではなく、ALMA の分解能より細かいかたまりに分かれているのかもしれない、と論文は書いています。

同じ日に出た7本の論文

この論文は、COMPASS の最初の成果として同じ号に並んだ7本の1つです。ほかの論文では、11個の原始星の半数以上から、メタノールの「メーザー」(分子が電波を増幅して出す、レーザーの電波版のような現象)が見つかりました。メタノール・メーザーは、重く乱暴な大質量星の周りでは知られていましたが、太陽のような軽い星の周りで見つかったのは初めてで、軽い星の周りにも局所的には激しい衝撃波が走っていることを示します。COMPASS を率いるベルン大学の Maria Drozdovskaya さんは、集めたデータの解析にはまだ数年かかると話しています。

いちばん単純なアルコールの、いちばん重い形。それが見つかったことで、星が生まれる前の氷の中で起きていた化学に、まだ知られていない一手があることがはっきりしました。その一手を探す作業は、望遠鏡と実験室と計算機の三方から、これから始まります。

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