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速く深い呼吸を途切れなく続けると、知覚が変わり、自分と周囲の境目が薄れるような体験が起きることがあります。ブレスワークと呼ばれる呼吸の実践の中でも「高換気ブレスワーク」と呼ばれるやり方で、心理療法の場でも使われ始めています。その体験のあいだ、脳の中では何が起きているのか。ドイツ・マンハイムの中央精神保健研究所(CIMH)の Christian N. Schmitz さんたちが、経験者30人に MRI の中で呼吸を続けてもらい、脳の血流が約45%落ちることと、その血流の低下だけでは体験の強さを説明できないことを示しました。論文は Progress in Neuro-Psychopharmacology and Biological Psychiatry の2026年8月号に掲載され、10月にミュンヘンで開かれた欧州神経精神薬理学会(ECNP)の大会で発表されました。著者は9人です。
MRI の中で「循環呼吸」をする
参加したのは、集中的なブレスワークの経験がある健康な成人30人で、平均年齢は45歳です。参加者は MRI 装置の中に横になり、「循環呼吸」を自分のペースで続けました。吐く息と吸う息の間にふだんある短い間を置かず、途切れなく呼吸を続けるやり方です。その間、研究者は脳の血流と、脳のネットワーク同士の結びつき(機能的結合)を測り、終わったあとに参加者が体験の強さや内容を質問紙で答えました。
対照群はありません。呼吸をしないまま同じ時間 MRI に入った人や、ブレスワークの経験がない人との比較は行われていないので、結果は「経験者30人がこの呼吸をしたときに何が起きたか」の記録として読む必要があります。

脳の血流が、半分近くまで落ちた
いちばん大きな変化は血流でした。呼吸がもっとも激しくなった時点で、脳の灰白質(神経細胞の本体が集まる部分)の血流は基準の値から約45.5%落ちていました。ECNP の発表資料の数字では、100グラムあたり毎分16.24ミリリットルから9.81ミリリットルへの低下です。同時に心拍数と呼吸数は上がっていました。
速い呼吸で血流が落ちるのは、血液中の二酸化炭素が吐き出されて減り、脳の血管が縮むためです。著者らは、この45.5%という低下を「自発的で薬を使わない介入としては相当に大きな血行の変化」と書き、脳の酸素供給が足りなくなると報告されている50〜60%の低下には届かないものの、それに近づく値で、臨床で使われる過呼吸の検査で見られる低下をはるかに超えている、と注意を添えています。
血流の低下は「土台」で、体験の強さは別のところに
では、この血流の低下が、知覚や自己感覚の変化をそのまま生んでいるのか。チームはそうは考えていません。
注目したのは、ぼんやりしているときに活動が高まり、自己についての思考に関わるとされる「デフォルトモード・ネットワーク」です。幻覚剤の LSD やシロシビンがこのネットワークの結びつきを乱すことが知られているので、ブレスワークでも同じことが起きるかが問われました。結果は、30人全体で見るとネットワークの結びつきに有意な変化はありませんでした。ただし、体験をより強く感じたと答えた人ほど、このネットワークの変化が大きい傾向がありました。この傾向はデータの処理のしかたによって出たり出なかったりしたので、著者らは予備的な結果だとしています。
そして、血流の低下の大きさは、ネットワークの変化とも、体験の強さの自己評価とも結びついていませんでした。血流が大きく落ちた人ほど強い体験をしたわけではない、ということです。著者らの読みはこうです。血流の低下は、変性意識が起きるための「許容条件」、つまり土台を用意する生理的な状態であって、体験がどれだけ深くなるかは、脳のネットワークの組み替えのほうがより近い相関を持つ。

参加者が報告した体験
参加者は体験の強さを4点満点で平均3.47と評価しました。質問紙の答えはばらつきましたが、全体としては一体感、知覚の変化、自己の感覚の薄まりが報告されています。ECNP の発表資料では、主な体験は宇宙や周囲とつながっているような「大洋的」な感覚で、その強さは中〜高用量の LSD やシロシビンに似ているが、視覚的な効果は弱かった、とまとめられています。
小さく、対照のない研究として
この研究の限界は、著者ら自身がはっきり書いています。参加者は30人で、全員が経験者で、対照群がありません。共著者の Hana Adolphi さんは発表の中で、比較的小さな研究で結果は予備的なものと考えるべきだと述べています。発表に意見を寄せたブライトン・サセックス医科大学の Guy Fincham さんは、対照がなく経験者だけの研究であることを挙げ、インペリアル・カレッジ・ロンドンの David Nutt さんは、ブレスワークを幻覚剤研究への「薬を使わない橋」と評しています。2人は研究には参加していません。論文の資金源は製薬会社のベーリンガーインゲルハイムです。
呼吸を速めて血流を半分近くまで落とすことは、体に小さくない負荷をかけることでもあります。この研究が示したのは、その状態で脳に何が起きていたかの記録であって、やり方の勧めでも、安全性の保証でもありません。それでも、薬を使わずに起きる変性意識の神経の仕組みを、血流とネットワークの2つの層に分けて測った点で、この分野の出発点になりそうな研究です。
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