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人が減れば、自然は豊かになる。そう考えたくなる場面は多いのですが、14世紀のヨーロッパではそうなりませんでした。黒死病で人口が3分の1減ったあと、植物の種類はむしろ減っていた。英ヨーク大学の Jonathan D. Gordon さんたちが、ヨーロッパ各地の湖や湿地に積もった花粉の記録を読んで、そう結論しています。論文は2026年3月4日に Ecology Letters に掲載され、10月に Live Science が取材記事を出しました。著者は6人で、全員がヨーク大学の Leverhulme Centre for Anthropocene Biodiversity に所属しています。
人がいなくなる「自然実験」
人間の活動が生物の多様性を減らしてきた、という見方は広く共有されています。ならば人間の活動が急に縮んだとき、多様性はどう動くのか。歴史の中でその条件がそろったのが、14世紀のヨーロッパです。1315年から1317年の大飢饉で寒くて湿った年が続き、農業が立ち行かなくなり、続いて1347年から1353年の黒死病でヨーロッパの人口の3分の1以上が亡くなりました。耕作地は広く放棄され、人口が元の水準に戻るのは16世紀に入ってからです。
研究者にとって、これは人の手が引いたあとの景観がどう変わるかを見られる、またとない「自然実験」でした。Gordon さんたちは、フランスの低地からイングランド南西部の高地、スイスのアルプスまで、ヨーロッパ各地の109か所から採られた花粉の記録を集めました。湖や湿地の底には、周囲の植物が毎年飛ばす花粉が泥とともに積もっていて、泥を柱状に抜いて放射性炭素で年代を決めれば、その土地にどんな植物がどれだけ生えていたかを時代ごとにたどれます。西暦0年から現代までの約4,600のサンプルが、分析の土台になりました。

穀物の花粉で土地を3つに分ける
工夫は、土地の分け方にあります。中世の農業の中心は小麦や大麦、ライ麦といった穀物で、その花粉がどれだけ出てくるかは、その土地でどれだけ耕作が行われていたかの目印になります。チームは花粉の記録を、14世紀に穀物の花粉が増えた場所、減った場所、穀物の花粉がそもそも出てこない場所の3つに分けて、それぞれで植物の多様性がどう変わったかを追いました。
すると、はっきりした流れが見えました。植物の多様性は、西暦0年ごろから1300年ごろまで、人口が増えるのと歩調を合わせて増え続けていました。そして大飢饉と黒死病の時期に急落し、人口が回復するにつれて多様性も戻っていきます。
Gordon さんは Live Science に、全体として多様性の低下が見られたが、その低下を引っ張っていたのは農業生産が落ちた土地だった、と話しています。耕作が放棄され、森が広がった場所ほど植物の種類が減っていた。耕作が続いた土地は、むしろ多様性を保っていました。人口が減る前の増加も、減ったあとの急落も、どちらも穀物を作っていた土地で起きていたことになります。
多様だったのは「まだら」の景観
なぜ耕作をやめると種類が減るのか。中世の農地は、今の広い単一作物の畑とは違いました。穀物の細長い耕区、休ませている畑、荒れ地、雑木林、粗い放牧地が隣り合って並ぶ、まだら模様の景観です。それぞれの区画に別の植物がつき、全体として種類が多くなる。人の手が入らなくなると、その区画の違いが消えて森に均されていき、種類は減っていきます。花粉の記録でいちばん多様性が高かったのは、人が作ったこのモザイク状の景観でした。木の覆いが4割ほどの土地は安定していて、森に覆われすぎた場所も、開けすぎた場所も、落ち込みが大きかったそうです。

再野生化への含み
この結果は、今の環境保全の議論にも関わります。人の手を引いて自然に任せる「再野生化」は、生物多様性を取り戻す手段として注目されていますが、Gordon さんたちは、人が長く手を入れてきた景観では、手を引くことが多様性を減らす方向に働きうる、と指摘しています。ヨーロッパで今も生物多様性が高い場所の多くは、低い強度の混合農業が続いてきた土地です。手を入れ続けることもまた保全の道具になる、というのが著者らの読みです。
もちろん、中世の農業と今の農業は別物です。単一作物の大規模な畑や過放牧は多様性を減らしますし、花粉の記録は植物の種類を直接数えたものではなく、間接的な手がかりにすぎません。この研究が示したのは、ヨーロッパという一つの地域で、人の活動の縮小が自然の回復とは逆の結果を生んだ、という一つの事実です。人が減れば自然は戻るという単純な図式は、少なくとも600年前のヨーロッパでは成り立っていませんでした。
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