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海底の砂泥に管を立てて暮らし、管の口から細い触手を何本も伸ばして餌を集める「スパゲッティワーム」という海の虫がいます。英語の通称で、日本語ではフサゴカイ科と呼ばれるゴカイの仲間です。インド洋の海山から採られたこの仲間の中に、体の腹側に吸盤を並べた、これまで知られていなかった属(種の一つ上のまとまり)が見つかりました。オーストラリア博物館の Elena Kupriyanova さんたちが2026年7月8日に Records of the Australian Museum で発表し、10月14日に博物館と CSIRO(オーストラリア連邦科学産業研究機構)が公表した研究です。この新属の3番目の種は、少し前に日本の深海で見つかっていました。
海山の斜面から上がってきた、変わった2種
標本は、2021年と2022年にオーストラリアの調査船 Investigator が、クリスマス島とココス(キーリング)諸島のまわりの海山を調べた航海で採られたものです。海山は深い海底からそびえる海の中の山で、その斜面には、浅い海とは顔ぶれの違う生き物が暮らしています。この航海ではビームトロールという底びきの網で850匹を超えるゴカイ類が集まり、今回の論文はそのうち7つの新種を記載しました。
その中で目を引いたのが、水深467〜674メートルの海山から採られた2種のフサゴカイでした。管から取り出して腹側を見ると、体の前のほうの数節に、縁が盛り上がって中がくぼんだ、吸盤のような構造が並んでいます。フサゴカイ科のほかの属には見られない特徴です。形の違いに加えて DNA を読んで系統を調べたところ、既存のどの属にも収まらず、新しい属を立てることになりました。名前は Terebellosuctoria(テレベロスクトリア)。「吸盤のあるフサゴカイ」という意味です。2種はそれぞれ T. jimii と T. keelingensis と名づけられました。
Kupriyanova さんが最初に標本を見たとき、管のまわりに枝分かれした構造があって、オレンジ色の丸いものがついていたそうです。はじめはゴカイの卵に見えたその枝は、実は虫が作った管の精巧な延長で、中から出てきたオレンジ色の虫は長いもので75ミリほどありました。

3番目の種は、日本の深海にいた
この新属の話には、もう1種の登場が欠かせません。2025年11月、名古屋大学菅島臨海実験所の自見直人さんたちが Scientific Reports に、沖縄県の南大東島の北西沖、水深843メートルから採れたフサゴカイを新種として報告していました。海洋研究開発機構(JAMSTEC)の無人探査機が2024年5月に採ったもので、堆積物がまったくない岩の上に、木のように立つガラス海綿(スギノキカイメンの近縁)の下部に管を作って暮らしていました。管から取り出すと、体の2〜6節目の腹側にある深くくぼんだ吸盤状の板で、管の内側にぴたりと張りついていたそうです。
自見さんたちは、この虫を暫定的に Lanice(ラニケ)という属に入れて Lanice spongicola と名づけましたが、DNA の分析では Lanice や Loimia に近いというところまでしか分からず、どちらにも自信をもって置けませんでした。論文には、同じような吸盤を持つ虫がほかにも見つかれば、まったく新しい系統が明らかになるかもしれない、と書かれています。
その予想どおりの展開になりました。Kupriyanova さんたちはインド洋の2種と日本の種の形と DNA を比べ、3種がひとまとまりの系統を作ることを確かめて、日本の種を新属に移しました。今の名前は Terebellosuctoria spongicola です。そして新種の1つ T. jimii は、先に吸盤を見つけて記載していた自見さんへの献名です。
吸盤は何のためか
フサゴカイの仲間は、ふつう砂や泥の中に管を作って暮らします。ところが新属の3種が見つかったのは、海山の斜面や、堆積物のない岩の上に立つ海綿という、砂泥の乏しい場所ばかりでした。日本の種では、吸盤で管の内側にしがみついている様子が実際に観察されています。流れの強い岩場で、海綿の体という「足場」に管を固定して、流れてくる細かい有機物を触手で受け取る暮らしに切り替えたのではないか、と自見さんたちは考えていました。インド洋の2種が同じ使い方をしているかは、まだ確かめられていません。砂泥に頼れない場所で体を固定する道具、というのが今のところいちばん筋の通る見方です。

博物館の引き出しで続く発見
吸盤そのものは、魚やヒル、タコなど、系統の離れた生き物がそれぞれ別々に獲得してきた器官です。ゴカイの仲間でそれが見つかったこと、しかも太平洋とインド洋の離れた深海で同じ系統の虫が同じ器官を持っていたことは、砂泥を離れて新しい環境に入り込む鍵として吸盤が働いた例として興味を引きます。
今回の7新種は、2つの航海で採れた標本のごく一部です。Kupriyanova さんは、1回の遠征で数百から数千の標本が集まるが、それが何なのかを突き止めるには何年もかかると話しています。標本は博物館の研究コレクションに収められ、航海が終わったあとも分類の研究者が調べ続けます。2つの航海からは、すでに13の新種が別の論文で記載されていて、今回の7種はそれに続くものです。まだ名前のない虫が、引き出しの中で順番を待っています。
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出典
- Kupriyanova, E. K. et al. (2026) New species of Annelida of the Australian Indian Ocean Territory (Christmas Island and Cocos (Keeling) Islands) seamounts. Records of the Australian Museum 78(4): 139–186
- Jimi, N. et al. (2025) New deep sea terebellid polychaete with sucker like ventral pads adapted to a sediment free environment. Scientific Reports 15(オープンアクセス)
- CSIRO・オーストラリア博物館の発表(2026年10月14日)
- ScienceAlert の紹介記事(2026年10月18日)


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